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【穂高神社】奥宮は絶景の上高地!アルプスの麓に海の神の謎

宿でのひととき:御宿 穂高城

小野神社・矢彦神社のお祭りの熱気を後にして、この日の宿に向かう。

前回の小野神社・矢彦神社の記事はこちら

宿泊先は「御宿 穂高城」。まさに穂高神社へ参拝するためにあるような名の温泉宿。
もともとは岡谷の製糸業の豪商の別荘だったそうで、のちにチノン創業者の小沢輝男氏の手を経て、現在の情緒溢れる温泉宿へと姿を変えたとのこと。

左 フロントのフロアにあるテーブル 右 部屋への廊下

チェックアウト時に鍵が開かなくなるというハプニングもあったが、それも旅の思い出。
美味しい料理と温泉に癒やされ、いざ穂高神社へ。車で10数分ほどの距離だ。

穂高ほたか神社

令和5年5月上旬

穂高神社 入口の鳥居
入口の鳥居 左側に手水舎が見える

入口の鳥居をくぐる。左手には手水舎。
信濃国「一宮」(諏訪大社)、「二宮」(小野神社・矢彦神社)に続く「三宮」として、安曇野の地に鎮座している。

興味深いのは、山の名前は「穂高(ほだか)岳」と濁るのに対し、神社や地名は「穂高(ほたか)」と濁らないこと。ここに安曇族のこだわりなのか、日本語の妙なのか、はたまた音を通じていにしえの大和やまと言葉の香りを感じる。

御祭神は
中殿 穂高見命ほたかのみこと……安曇あずみ族の祖神
左殿 綿津見命わたつみのみこと
……海の主宰神
右殿 瓊瓊杵命ににぎのみこと
別宮 天照大御命あまてらすおおみみこと
若宮 安曇連比羅夫命あづみのむらじひらふのみこと
……白村江の戦いで活躍した英雄
相殿 信濃中将しなのちゅうじょう(ものぐさ太郎)

相殿の「信濃中将」とは?
実はあのお伽話で有名な「ものぐさ太郎」のこと。
伝説では、安曇野(旧・竹折の里)の出身とされ、のちに都に上って出世し、最後は穂高神社の神様になったというユニークな後日談がある。
海の民の勇壮な歴史の横に、こうした親しみやすい伝説が並んでいるのも、この神社の奥深さ、引いては日本の奥深さ。

穂高神社 入口の鳥居
入口の鳥居

いつもは社号碑などチェックするのですがこの時は撮り忘れたものと。

穂高神社 神楽殿
神楽殿
穂高神社 拝殿
拝殿

安曇族あずみぞく1000キロの旅

なぜ、四方を山に囲まれたこの地に「海の神」が祀られているのか。
そのルーツは遥か1,000キロ彼方、現在の福岡県志賀島周辺にあった。彼らは海人あまの末裔であり、高度な航海術を持って大陸とも交流していた海上民族だった。

九州から瀬戸内、近畿、北陸を経て信州へ。
日本各地に残る「阿曇・安曇・厚見」という地名は、彼らが長い時間をかけて内陸へと旅した足跡といわれる。

毎年行われる御船祭みふねまつりで、山の中で巨大な船をぶつけ合う光景は、彼らが今もなお「自分たちは海の民である」という誇りを忘れていないことの象徴と言える。

穂高神社 若宮西の欅
若宮西の欅

樹齢500年。
境内には立派な御神木も多い。


奉納の酒樽

穂高神社 酒樽
安曇野の地酒が並ぶ

拝殿の横には、地域の誇りである銘酒が並ぶ。
「安曇野」という名は、行政区の安曇野市だけでなく、池田町、大町市、松川村を含む「安曇平(あづみだいら)」全体を指す広大なエリアだ。

北安大國ほくあんだいこく
 北安醸造(大町市)   大正121923年創業
金蘭黒部きんらんくろべ
 市野屋(大町市) 慶応元1865年創業
白馬錦はくばにしき
 白馬錦酒造(大町市) 明治391906年創業
「大雪渓」
 大雪渓酒造(池田町) 明治311898年創業
酔園すいえん
 EH酒造(安曇野市)文化71810年頃創業(亀屋酒造)
福源ふくげん」「北アルプス」
 福源酒造(池田町) 宝暦81758年創業

中でも「酔園」は神社に最も近く、EH酒造として世界的な評価も得ている。社名は新しくなったが、江戸時代から続く「亀屋酒造」の伝統を「酔園」という銘柄とともに守り続けている。
「伝統と科学の融合」を掲げ、全国新酒鑑評会で金賞を受賞するなど、安曇野の水の旨さを世界に証明しているお酒だ。
次回の参拝ではぜひ味わってみたい!

奥宮(上高地):信仰の最前線へ

上高地
バスからも素晴らしい眺めが楽しめた
上高地 梓川 河童橋
梓川 河童橋

沢渡駐車場からバスに揺られ、上高地へ。GWの賑わいを見せる河童橋から、徒歩で約50分。透明度の高い梓川のせせらぎに、空気の「エネルギー」が明らかに変わるのを感じた。

上高地 穂高神社奥宮 明神池
明神池の遥拝所
上高地 明神池
明神池

到着した「奥宮(明神池)」。
ここには、一般的な山岳信仰の神社とは異なる「信仰の三段構造」があった。

里宮: 穂高神社(安曇野市)
奥宮: 明神池(上高地:神域の入り口)
嶺宮: 奥穂高岳山頂(標高3,190m:神の住まう頂)

遥拝所から見えるのは、圧倒的な迫力で尖った山頂の明神岳。鏡のように写した明神池。
かつては明神岳そのものが「穂高岳」と信じられ、神様が降臨する場所とされていたのも頷ける。

近代になり測量が進み、最高峰が奥穂高岳であることがわかると、嶺宮はそちらへ移ったという説もあり。

明神岳は、まさに「神体山」と呼ぶにふさわしいと感じた。

九州の海から北アルプスの頂へ

安曇族が歩んだ1,000キロの旅路は、まるで日本民族のルーツを象徴するような旅路。
日本は現在も国土の約70%が山地であり、14,125もの島々からなる海に囲まれた国。
里に響く御船の音、奥宮の池に映る荒々しい岩肌。そのすべてが、海の記憶を山の頂へと繋ぎ続けている。

穂高神社を巡ることは、日本の「山」と「海」のルーツを辿る旅だった。そう、確信した。

御朱印

穂高神社御朱印、穂高神社奥宮御朱印
直書きで頂きました

ちなみにここで御朱印帳袋を買いました。
奥さんも気に入って、色違いでお揃いになってしまいました。かっこよくて今でも気に入ってます。

穂高神社 御朱印袋
穂高神社の御朱印帳袋

日本の屋根を統べる「日本アルプス総鎮守」。
いつか、標高3,190mの頂に鎮座する「嶺宮」へと登拝し、安曇族が感じたものを感じたい。
めざせ「嶺宮」へ!


基本情報

所在地:長野県安曇野市穂高6079
奥宮:長野県松本市安曇上高地4468
授与時間:9時頃~ 17時頃
※最新情報は公式HPをご確認ください
参拝所用時間:着いてからはそれぞれ30分くらい
Googleマップ

次回予告

最後までお読み頂きありがとうございました。
実はこの記事を書きながら、ある不思議な符合を思い出しました。
この穂高神社を訪ねるちょうど1ヶ月前、私は東京・西東京市にある「田無神社」を参拝していたのです。
五龍神を祀ることで知られるその社で、御朱印を頂くための交換札を受け取ると、そこにはなんと……
「穂高」の文字が。

御朱印の交換札

この時は気づきませんでしたが、今振り返れば、完全に穂高見命に呼ばれていたのだ。笑

というわけで、次回はそんな「呼ばれた旅」のプロローグ、「田無神社」です。
お楽しみに。


「甲信越」の神社の記事はこちら

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