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第101話|「動けない時間」に一番鍛えられていたもの

入院してからしばらく、やっていることは限られていた。

歩けない。
自由に運動できない。
選べる行動も少ない。

外から見れば、完全に「止まっている時間」だったと思う。


ただ、自分の中では少し違っていた。

何をやるか。
どこまでやるか。
何をやらないか。

その判断だけは、ずっと続いていた。


リハビリでも同じだった。

痛みの中でどこまで動かすか。
むくみの状態で何を優先するか。
できることとできないことをどう分けるか。

やっていることはシンプルでも、判断の回数は多かった。


振り返ると、この時間で鍛えられていたのは筋力ではなかった。

判断力と設計力だった。

限られた条件の中で、どうすれば前に進める形を作れるか。

その構造を考え続けていた。


ただ、もう一つ大きな前提があった。

それは、この状態を支えていた“土台”の存在だった。


単身赴任になってから始めた、朝の自分の時間。

毎日のnoteやトレーニング。

継続することを前提にした設計。

強度が高い日は緩めてもいいという理解。

それでも続けていれば、前には進むという感覚。


その積み重ねがあったからこそ、入院という状況でも崩れなかった。

むしろここで初めて、「継続が力になる」という言葉の意味が実感として繋がった。


動けない時間に支えられていたのは、意志ではなかった。

仕組みとしての継続だった。


そしてこの時間は、新しく何かを身につけたというよりも、

すでに作っていた仕組みが間違っていなかったことの確認だった。




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