緊張していることに、気づいていなかった
自分では氣づいていないことを、誰かに指摘されて、初めて氣づくことがある。
「いかり肩だね」
「肩、上がってるよ」
「何におびえてるの?」
セラピストに身体を触れてもらったとき、家族、他人にそんなことを言われた。
言われてみれば、確かに肩に力が入っている。
でも、それまでの私は、それが特別なことだとは思っていなかった。
肩に力が入っていること。
身体がこわばっていること。
それが、いつもの状態だったから。
もしかしたら私は、ずっと緊張していたのかもしれない。
身体が緊張していることが、私にとっての「通常モード」になっていて、それを緊張だと認識していなかった。
「もっと力を抜いて」
そう言われても、
力を抜くって、どういうことなんだろう。
そもそも、リラックスしている身体って、どんな感じなんだろう。
呼吸については、自分でも少し氣づいていた。
何かに集中すると、息をしていないことがある。
氣づいたときに、
「あ、呼吸してなかった」
と思う。
そして、眠っているときにも、突然目が覚めることがある。
まるで水の中にいて、溺れる寸前だったような感覚。
息が苦しくて、慌てて呼吸をしようとする。
でも、寝ぼけているせいなのか、
どうやって呼吸をしたらいいのか分からなくなる。
「息をしなきゃ」
そう思うほど、余計にパニックになる。
呼吸って、本来は何も考えなくてもできるものなのに。
私は、どうしてこんなに呼吸を意識しないといけないんだろう。
そんなことを考えるようになった。
そして今、一番思うのは、
リラックスしたい。
ということ。
でも、困ったことに、
自分がいつリラックスできているのかが、よく分からない。
人と一緒にいるときは、いつもどこかで気を遣っている。
相手の表情を見たり、
言葉を選んだり、
相手がどう思うかを考えたり。
だから、一人でいるときのほうが楽ではある。
誰にも氣を遣わなくていい。
好きなように過ごせる。
だからきっと、一人でいるときは少しリラックスしているのだと思う。
でも、
「今、リラックスしてる!」
という感覚はない。
リラックスって、もっと分かりやすいものだと思っていた。
身体の力が抜けて、
呼吸がゆっくりになって、
「ああ、楽だな」と感じる。
そんな状態。
でも、私にはその感覚がよく分からない。
もしかすると、
「緊張していない状態」を知らないのかもしれない。
緊張していることが当たり前になりすぎて、
力が入っていることにも氣づかない。
だから今は、
「どうしたらリラックスできるんだろう」
ということを探している。
まだ答えは見つかっていない。
深呼吸をすればいいのか。
身体を動かせばいいのか。
何もしない時間を作ればいいのか。
安心できる場所にいることなのか。
それとも、
「何かをしなきゃ」と思わなくなることなのか。
分からない。
でも、少なくとも今まで氣づかなかった
「私は緊張しているのかもしれない」
ということに気づけた。
それだけでも、ひとつの発見だったと思う。
いつか、
「今、私、ちゃんと力が抜けてる」
と自分で分かる日が来るのだろうか。
肩の力を抜いて、
ちゃんと息をして、
何にもおびえずに、
ただ「楽だな」と思える時間。
そんな時間を、
少しずつ見つけていきたい。
