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トヨトミランド山(豊国廟の修行)

細々と石田三成の聖地巡礼をしている者のひとりごとである。

京都東山七条トヨトミランドへ再びやって来ました。

【トヨトミランド】
三十三間堂・方広寺・祥雲寺(智積院)・豊国廟などあの辺一帯の当時のエンタメ施設。知らんけど(笑)

今回の目的はトヨトミランド山の豊国廟。

聖地巡礼では外せないところなので色々と調べましたが…
どこの情報をみても絶望感が漂ってまして…
行く前から震えておりました。
そして無事に絶望してきました😇

秀吉公の遺命により、
秀吉公の遺体は阿弥陀ヶ峰の中腹に埋葬されました。
それが豊国廟のある阿弥陀ヶ峰です。

西は千本通から西本願寺。
西本願寺から方広寺へと繋がる正面通。
そしてさらに、
方広寺から豊国廟へ。
西から東へと繋がっていたそうです。

豊臣の滅亡後は、
家康によって東本願寺がおかれて道をぶった斬られたのだとか。

それでも今も、
正面通が残っているのは感慨深い。


さて、先ずは豊国廟の参道へ。
東山七条の交差点から東へ向かう道です。

豊国廟参道の碑

はい。
坂です。
なかなかの坂でした。
東山ですものね。
歩きを選んだ自分を恨みたい。
京都女子大に通う子達が涼しい顔をして歩いているなか、
息を切らすわたくし…。

この道沿いには豊臣家臣の屋敷があって、
三成様の屋敷もあった(かもしれない)というのをネットで見かけたのですが。
本当ですかね?

感動したいのに息切れでそれどころではなく……笑

歩きには自信ある私ですが…
この日は寝不足もあって不調(笑)

やっと鳥居が見えて来ました。

豊国廟鳥居

鳥居からの眺めがこちら💁‍♀️

先ほどまでいた町が低いっ!!
登りましたっ!!

太閤担(たいこうだいら)の拝殿

かつてこの太閤担には、
後陽成天皇から正一位・豊国大明神の神階と神号を賜った秀吉公が祀られた豊国神社がありまして、
とても立派な本殿や舞殿などの社殿が建っていたそうです。

いまは水の枯れた手水舎と拝殿と小さな社務所?などがひっそりと佇んでいました。

そして隅には、
豊臣秀頼の息子である国松と、
秀吉妾の京極竜子(松の丸殿)の供養塔。

供養塔

何故こんなに寂れてしまったのか。
簡単に言うと、家康(と秀忠)がぶっ壊したから。

豊臣滅亡後。
家康は秀吉公の神号を剥奪して、
秀吉の霊は方広寺裏の五輪塔へ。
豊国神社も廃絶。
けれど高台院(寧々さん)の嘆願により社殿は残されました。
が、
修理する事は禁止されたので社殿は朽ち果てていきました。
そして豊国廟への参道も塞がれてしまい人々の記憶から消し去りました。

拝殿の奥に(恐怖の)石段が見えます。

江戸幕府終焉後、
明治天皇に命により豊国神社は復興。
1897年(明治30年)、
秀吉公300回忌に阿弥陀ヶ峰の山頂に五輪塔が建てられる。

その五輪塔への石段がこちら💁‍♀️

中腹までの石段

知識として知っていたものの。
目の前に広がるこの光景は絶望ですね。

頂上までは、下段・中腹・上段という構成になっているようです…

563段あるとも498段あるとも言われるこの豊国廟の石段。
74段の差は一体どこで?
怪奇現象ですか?笑
どのみち一直線の石段がほぼ500段あるという事実ですよ。
しかも急。
手摺なし。

下段はまだマシなんです。
途中に踊り場があるので、
安心して息を整える事ができます。

ちなみに秀吉公没年の62段?ごとに踊り場があるとか?

とはいえきついっ!!!
かなり登ったはずなのに終わりが見えない気がする…ループしてませんか!?笑

下段の途中から上をみる
登っても登ってもこの景色(笑)

登り切ったところで振り返ってみる。
あな恐ろしやぁぁぁ。

下段

帰りはここを下りるんですよねっ!? 
こ、怖すぎるっ!!

ここまでで約300段登りました。
息切れやばい…


さて中腹です。
秀吉公の遺命により阿弥陀ヶ峰の中腹に埋葬された中腹ってここですか?

中腹

もうここでいいじゃないですかっ!?
誰ですか!?
山頂に五輪塔を建てたのはっっ!!!!
憤慨したものの、
当時も埋葬は中腹で山頂には祠廟が建てられたのだとか。
やはり頂上へ登るしかないのか(T . T)

いざっ!!!!
て、
なんだあの奥に見える石段はっ!!!!

豊国廟唐門
頂上への石段

『中腹からさらに絶望が』と色々なところでの情報通り絶望オブ絶望っ!!!

上段は約200段なので
下段と比べると100段も少ないんですよ。
だがしかし!!!

下段より、
急・石幅が狭い・踊り場ない!!!

絶望への門
まさに関門
恐怖の石段

登り始めたら止まるのも怖いこの石段。
手すりがあればまだよかったのに…

最後の方は恐怖と息切れとの戦い。
後ろも振り返れないし、
上をみる余裕もない。
傾斜が急なので目に映るのは常に石段である。
なんの修行なのか…。

実はわたくし、
一直線に登るというのが怖くてですね。
長いエスカレーターも苦手。
最終的には怖すぎて石段に手をついて這い登りました😇

もう一生来ないと思うので(笑)
恐怖と闘いながら登り途中に撮った写真

恐怖と闘ってまで登って来たというのに…
息切れが酷すぎて…

秀吉公の五輪塔の写真がほぼ撮れてなかったことに後から気付く(笑)
なんたる失態😇

正面からの写真はこれ1枚(笑)

そして…
恐怖と息切れの闘いを制した者にだけ許される景色がこちら💁‍♀️

清水寺ーーーっ!!!!

清水寺

世界的観光名所を見下ろすという優越感っ!!!!!!!

見ろっ!!!
人が◯ミのようだっ!!!
(by ムスカ)

清水の舞台
本日も凄い人

そしてふと、
数ヶ月前の清水参詣を思い出す。
清水の舞台からこの山を眺めていた事をっ!!! 
頂上に一部木がないあの山はなんなのか?
と思っていたのがまさかのここだった件っ!!

清水からみた阿弥陀ヶ峰

写真を撮っていて良かった(笑)

絶景スポットとして整備されているとAIが言ってます。
が、
とある方のブログでは。

高台寺の寧々さんが眠る霊屋から阿弥陀ヶ峰が見えるようにしているらしい。

というのがあって、
その方が浪漫だなぁと思ったり。

と、のんびり物思いに耽りたいし息も整えたいのですが。
ちょっと立ち止まると蚊が寄ってきます😇

せっかく登って来たけど数分の滞在で退散ですっ😇
蚊のせいです🦟

横からの五輪塔

本当は五輪塔のまわりを一周したかったのですが…

もはや足が生まれたての子鹿のようにプルプルしているのであきらめました(笑)

さあ…下ります……

上段

怖いと思ったら負けですよ…
無の境地でひたすら下りました(´ー`)

下段

絶望との闘いを乗り越えて。
無事に修行を終えましたっ!!!

太閤担まで下りてひと安心しましたが。
まだ女坂もありました。
地味につらい。
バスを使えばいいのですがここまで来たら意地です(笑)

豊国廟参道の女坂



この日は早朝と帰りにも、
豊国神社へ立ち寄りました。

早朝の豊国神社

朝早い時間だったので人がほぼいません。
厳かな雰囲気です。

そして、
伏見城から移築されたとする唐門が撮り放題っっ!!!

秀吉像と唐門

前回撮れなかった扉の下の彫刻も撮れましたっ!!!

彫刻
美しい扉

方広寺は前回に参詣したので今回は豊国神社の境内から鐘を📸

方広寺の鐘

前回の記事はこちらです💁‍♀️


そして帰りの豊国神社。
門の扉が閉まっていましたっ!!
彫刻がさらに美しいっ✨

唐門

眼福ですねっ✨✨

境内から正面通をみる


そしてこの日は、
三成様の家臣である島左近の屋敷跡に建てられたと伝わるお店も見て来ました。

この豊国神社からすぐです。

道楽

正面通沿いに建っていたということですよね?
どんな邸だったのだろうか。
なんとなくあまり派手好きではなさそうだなと思ったりしますが。
どうなんでしょね?笑


豊国廟。
とてもとても疲れたけど。
行って良かったです。

豊国神社だった頃の、
壮麗な社殿があって参詣者で賑わっていたとは思えない寂しいところになってしまっていたけれど。
これも歴史の流れの一つなので…。

参詣者は少なくて寂れてはいるけど、
きちんと管理されているところでした。

華やかな観光地ではないのに、
あの恐怖の石段を五輪塔のために登ろうと思うなんて。
たしかに、
余程の思い入れのある人か物好きか(笑)

何組かとすれ違いましたが、
勝手に親近感がわきました。
あの修行を終えた方々とは語り合えそうだなと(笑)
実際、
頂上で出会った方と労い合いました😆

東山七条トヨトミランドはまだまだ回り切れていないのでまた来園?したいです🎡

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