見出し画像

【ネタバレ無】スター・ウォーズ『アソーカ』――光でも暗黒でもなく、灰色に収束していく。(再掲)

『スター・ウォーズ』といえば、長い間とても分かりやすい物語だった。

光と闇。ジェダイとシス。
善と悪。ライトサイドとダークサイド。

ルーク・スカイウォーカーとダース・ベイダーの対決は、その象徴だったと思う。

しかし、近年のスター・ウォーズを見ていると、この単純な二元論が少しずつ崩れてきているように感じる。

そしてドラマ『アソーカ』を見て、私は改めて思った。

スター・ウォーズの世界そのものが、少しずつ「灰色」に収束しているのではないか。

その象徴が、アソーカ・タノ。
そして、ベイラン・スコール。

さらに、その弟子であるサビーヌ・レンとシン・ハティなのだと思う。


「私はジェダイではない」二人の元ジェダイ

アソーカは、もともとアナキン・スカイウォーカーのパダワンだった。

しかし、ジェダイ評議会との対立や自身への濡れ衣事件を経て、
最終的にジェダイ・オーダーを去る。

公式でも、彼女はジェダイから離れ、自分自身の道を歩む存在として描かれている。

『反乱者たち』ではダース・ベイダーを前にして、アソーカ自身がはっきりと「私はジェダイではない」という立場を示した。

だが、不思議なことに彼女はダークサイドへ落ちなかった。

ジェダイではない。
しかしシスでもない。

フォースを使い、ライトセーバーを持ち、人々を守る。
それでいて、かつてのジェダイ・オーダーに戻ろうとはしない。

つまりアソーカは、

「正義・ライトサイドに在るために、ジェダイである必要はない」

という存在になったのである。

これはスター・ウォーズにおいて、かなり重要な変化だったのではないだろうか。


そして現れた、もう一人の「元ジェダイ」

『アソーカ』で非常に興味深かった人物が、ベイラン・スコールである。

イケおじすぎ、格好良い

赤ともオレンジとも見えるライトセーバー。
黒い服。

ジェダイと敵対し、モーガン・エルズベスに雇われる傭兵。
外見だけを見れば、「新しいシスなのか?」と思ってしまう。
ところが、違う。

スター・ウォーズ公式Databankでも、ベイランはライトセーバーを使う傭兵であり、かつてアナキン・スカイウォーカーを知っていた人物だが、現在は明確に「ジェダイではない」と説明されている。

そしてシスでもない。ここが面白い。
ベイランは単純な悪役として描かれていないのである。


ベイランはジェダイを憎んでいるわけではない

ベイランを見ていて印象的なのは、ジェダイを馬鹿にしているわけでも、ジェダイを完全に否定しているわけでもないことだ。

むしろ彼には、失われたジェダイへの哀愁すら感じる。

だが同時に、
ジェダイ・オーダーが正しかったとも考えていない。

共和国が崩壊し、帝国が生まれ、帝国も崩壊し、
再び戦争が始まる。

公式設定でも、ベイランは「新たな戦争は避けられない」と考えている人物として紹介されている。

だから彼が求めているのは、単純に帝国を復活させることでも、
シスになることでもない。

もっと大きな、
この繰り返される歴史そのものから抜け出す方法
なのではないかと思う。


アソーカとベイランは、実はよく似ている

一見すると、

アソーカ=善。
ベイラン=悪。

そう見える。

しかし少し引いて見ると、驚くほど似ている。

二人ともジェダイとして育った。
二人ともジェダイ・オーダーを失った。
二人とも現在はジェダイではない。
二人ともフォースを使う。
二人とも弟子を持っている。

そして、

二人とも「ジェダイという制度の外」で、自分なりの答えを探している。

違うのは、その答えだ。

アソーカは、制度に失望しても、人を守ることを選んだ。
ベイランは、制度に失望した結果、世界そのものを変えようとしている。

光と闇というより、同じ地点から別方向へ歩き始めた二人なのかもしれない。


そして、その弟子たち

この構図をさらに面白くしているのが、

アソーカの弟子であるサビーヌ・レンと、
ベイランの弟子であるシン・ハティだ。

公式でもサビーヌはアソーカに学んだ人物として、
シンはベイランの弟子として位置づけられている。

つまり『アソーカ』では、

アソーカ → サビーヌ

ベイラン → シン

という二組の師弟が配置されている。

しかし、ここでも昔のスター・ウォーズとは少し違う。

「ジェダイ・マスターとパダワン」

「シス・マスターとシス・アプレンティス」
ではない。
どちらも、その伝統的な枠から少し外れている。

※ちなみにサビーヌは話題のマンダロリアンだ。(元と言うべきかもだが)

そういう意味では、サビーヌはマンダロリアンあがり、
グレイ・ジェダイ見習いと言うべき存在だ。


シン・ハティも、シスではない

憎めないし、なんか可愛い

シンは特に興味深い。

ライトセーバーの色。
戦い方。
敵側にいること。

どう見てもダークサイド側に見える。

しかし、シスではない。

公式Databankでも、彼女はベイランのapprentice(弟子)であり、
二人は傭兵として活動しているとされている。

作品中、よく見ていると心と行動に迷いが見て取れる。
完全なダークサイドとは言い切れないのは確かだ。


「グレイ・ジェダイ」という言葉

こうした人物を見ると、

グレイ・ジェダイという言葉を使いたくなる。

ライトサイドにもダークサイドにも完全には属さず、
ジェダイ評議会にもシスにも従わないフォースの使い手。

アソーカも、ベイランも、
ある意味では非常に「グレイ・ジェダイ的」だ。

ただし、ここは少し注意したい。
現在のスター・ウォーズ正史において、

「グレイ・ジェダイ」という明確な第三勢力や正式な階級が設定されているわけではない。

そもそもフォース自体も、ジェダイとシスだけの所有物ではない。
公式Databankも、フォースを扱う存在として
「ジェダイ、シス、そしてその他の者たち」と説明している。

だから私は、「アソーカやベイランはグレイ・ジェダイだ」
と断定するより、

「グレイ・ジェダイ的な存在」

と考える方が面白いと思っている。


光か、闇か――本当に二択なのか

初期スター・ウォーズでは、光か闇か、という選択が非常に重要だった。

ダークサイドへ堕ちれば悪。
ライトサイドへ戻れば救済。

だが現実の人間は、それほど単純ではない。
正義の側にいる人間が間違えることもある。
悪い組織にいる人間が、完全な悪人とも限らない。

そして、

正しい理念を持った組織が、制度として腐敗することもある。

『クローン・ウォーズ』のジェダイ・オーダーは、まさにそれを描いていたのではないだろうか。

平和を守るはずだったジェダイが戦争の将軍となり、政治に組み込まれ、やがて自分たち自身が何を守っているのか分からなくなっていく。

アソーカがジェダイを去った理由にも、そうした組織への失望があった。


アナキンもまた「灰色」だったのではないか

考えてみれば、アソーカの師であるアナキン・スカイウォーカー自身も人物像として見れば極めて灰色だった。

愛する人を守りたい。
仲間を守りたい。

しかし、それゆえにルールを破る。
恐怖から力を求め、その力によってダークサイドへ落ちていく。

そして最後には、

息子ルークを救うために皇帝へ反旗を翻す。
善人が悪人になり、悪人が最後に善を選ぶ。

スター・ウォーズ最大の物語そのものが、

実は最初から、人間は完全な白にも黒にもならないという話だったのかもしれない。


灰色とは「善と悪の中間」ではない

ここで重要なのは、灰色とは、

「善50%、悪50%」という意味ではないことだと思う。

何をしてもいい。善悪なんて存在しない。
そういう話でもない。

むしろ、

光も闇も知ったうえで、それでも自分で考え続ける。

それが「灰色」なのではないだろうか。

アソーカはジェダイを離れた。
しかし、人を守ることまで捨てなかった。

ベイランはジェダイを離れた。
そして、ジェダイとシスが繰り返してきた歴史そのものに疑問を持った。

二人の選択が同じということではない。

むしろベイランの方法には危険な部分も多い。

それでも、既存の二択に納得しない
という一点では、二人は非常によく似ている。


スター・ウォーズは「灰色の時代」へ向かうのか

ジェダイか、シスか。
共和国か、帝国か。
反乱軍か、帝国軍か。

かつては分かりやすかった。
しかし『アソーカ』には、アソーカ、ベイラン、サビーヌ、シンという、
既存の分類では説明しきれない人物たちが登場する。

そして私は、そこにスター・ウォーズの次の可能性を感じる。

光と闇の戦いの先に何があるのか。

ジェダイが勝てば本当に平和になるのか。
シスを倒せば争いは終わるのか。

正義と悪という二つの箱に、世界のすべてを入れることができるのか。

ベイランが疑っているのは、もしかするとそこなのだろう。


光でもなく、暗黒でもなく


アソーカは光を選びながら、ジェダイという名前を捨てた。
ベイランは闇に近づきながら、シスにはならなかった。

そして二人は、それぞれサビーヌとシンという次の世代へ何かを伝えようとしている。

だから『アソーカ』を見ていると、スター・ウォーズという巨大な物語が、単なる「光 VS 闇」から、少しずつ次の段階へ進んでいるように感じる。

白だけでは世界を説明できない。
黒だけでも世界を説明できない。

ジェダイがすべて正しいわけでもない。
シスだからすべてが間違っている、というだけでもない。

その間に無数の選択肢がある。

そして人間は、迷い、失敗し、矛盾しながら、
その中から自分の道を選んでいく。

光でもない。暗黒でもない。

それでも、自分なりの答えを探して歩き続ける。

スター・ウォーズのフォース観もまた、
そんな「灰色」へと収束していくのかもしれない。


『スター・ウォーズ:アソーカ』シーズン2
2027年1月20日(水) ディズニープラスで独占配信 予告映像


☕ チップ・ご支援・メンバーシップも歓迎しています。
「これからも読みたい」と思っていただけたら、無理のない範囲で応援していただけるとうれしいです。
そのお気持ちが、永野の活動を続ける力になります。

いいなと思ったら応援しよう!