「手を握って 友よ強く」
我が家が今シーズンからどっぷりと神戸ストークス沼にはまっているのは、最初のnoteに書いたとおり。
順調にグッズは増え続け、気付けば緑色のものを手にしている。
(もともとグリーンが一番好きな色なので最高)
グッズやサインが増えるのはもちろんだけれど、何よりうれしいのは、ストークスを一緒に応援できる仲間や顔見知りが増えたこと。
幼なじみのような新しい友だち
2025-2026シーズンがはじまって、第一節をはじめて現地観戦。とにかく、最高の観戦体験だった。これを分かち合いたくて、夫の幼なじみであるBくんとCちゃんにその興奮を伝え、次の観戦に誘った。
話はそれるけれど、夫とわたしは同じ年に神戸で生まれ神戸で育っていて、きっと途中で何度かのニアミスがあって、40を過ぎた頃に出会った。
夫たちは小学校の同級生(なんと当時の先生も含む)と今もきちんとつながっていて、時折集っている。それは核になるAくんという存在(これもまたすごくいい人)が大きいのだと思う。それにしてもとにかく、みんなやさしいのだ。
そんな中でも、BくんとCちゃんと(そして今は関東にいる保健室の先生と)なんだかウマが合い、4人でLINEグループを作って、結構な頻度で会っていた。
夫はもちろん(?)そのグループにはおらず、自分抜きで勝手に仲良くなっている私たちを見守ってくれている。
いつしか夫の幼なじみは、わたしの新しい友だちになり、今では、わたしも同じ小学校で幼なじみだったような気さえしている。
気配りと楽しむ力
わたしの思惑どおり、Bくん(元バスケ部やし)もCちゃん(会社がGアリの近くやし)も、あっという間にストークスを応援する仲間に。
夫と観るのももちろん楽しいが、この二人と観るのもすごく楽しい。
受け入れて、認めて、気配りして、楽しむ(もっといえば、楽しめるように自分を持ってゆける)。
そんな控えめで繊細でオープンマインドな友のことを、わたしは心から信頼している。
過ごした時間の長さよりも、その深さで。
わたしたちはGアリでビールばっかり飲んでるもんだから、すみませんごめんなさい!と座っている人の前を通ることも多々あるのだけれど、ある日のハーフタイム中にユーハイムのバームクーヘンを買って、ひとりでいらしてた隣のおじさまに「甘いものお嫌いでなければ!何回も前通ってすみません!」とお渡ししたら、おじさまが「いやあ、そんな。でも遠慮なくいただきます!」とか言ってくれて、みんなでニコニコして、思い思いに楽しんでいたりする幸せ。
ちなみにCちゃんいたっては、今となればひとり観戦もばっちり攻略。
わたしでさえ、ひとり観戦できていないのに…!と悔しい気持ちにもなっている。
名前も知らない好きな人
この二人だけではない。
Gアリで、SNSで、出会った人たち。
わたしはひとり旅が好きで、ひとりで飲みに行くのも好きで、ひとりでライブに行くのが好きで、なんでもひとりでも平気でひとりの豊かさも大事に思っていて、その先でいろんな人と会えることを楽しいと思うし、かといってだれとも話さなくてずっとひとりでもすごく満足しているタイプで。
うちの父は、若い頃からひとりであちこち飛び回る娘のことをコミュ力が高く社交的と思っていたらしいが、それを上回る人と結婚して「そんな人がいるのか!」と驚いたらしい。
(もしGアリで前後左右に座った濃いめのヒゲの人に話しかけられたら、それはうちの夫かもしれませんが、面倒なら無視しても大丈夫です。それを気にかけない程度には大人ですし、なにより怖い人ではないので!)
夫やBくんCちゃんとストークスを応援して、また絆を深めている気がする。
そして、今シーズン、新参者の私たちと出会ってくれた人たち…!
初めて観戦した日、となりに小さな女の子とパパママがいた。
ストークスチアのスクールに通っているという5才の女の子、その日はパパかママのお膝の上に。わたしや夫が席を外したときは、ここに座っていいねんで!といいながら、彼女のかわいい声援に随分と癒され、選手たちの笑顔のお裾分けをたくさんもらった。
それからはアリーナにいけば彼女とパパママの姿を探したり、夫のヒゲのおかげで見つけてもらったり。
先日、パフォーマンスすると聞いたときは、めずらしくとても早めにアリーナに向かった。もはや勝手に祖父母の気持ち。
名前や本名も知らない人。
でも、好きな人たち。
Gアリにいく度に、覚えてくださっているなあとわかる度に、感動と感謝でいっぱいになる。
SNSもしかり。こんな感じだったのか、SNSって。
表現者たち
わたしのSNSアカウントはすべて、昔、写真撮りとして活動していた頃に作ったもの。
若く必死だったあの頃は「どっち側に立つのか」みたいなことを考えていた気がする。表現する側にいつづけるのか、それを受け取る側でいるのか。
ただ、今になって思う。どっちもこっちもない。
コートに立つ人と支える人。全力で応援する人や楽しむ人。
みんな心から尊いと思う。
来ているユニフォームのナンバーを見て、追いかけてステッカーとかカードとか「もらってください!」とか言ってくれる人。
誰かに渡せば、誰かからいただく、その愛すべきサークル。
必死に選手の名前を呼ぶかわいいこどもたちに、溶けそうな笑顔で手を振りかえしてくれる選手の姿、そのお裾分けをもらう。
夢があるなあと思う。愛があるなあと思う。
やさしさの、熱量の、生きる力の循環。
誰もが思い思いにその場所にいられることを安心していてほしいし、居心地がいいなと思っていてほしい。
居場所であってほしい。
声を出しても、出さなくても。ひとりでも、誰かとでも。
嫌なことがあった日も、うまくいかない日も。もちろん、喜びの日も。
ストークスというチームがそこにいる。
そして、応援するわたしたちもいる。
それぞれ表現者として。
このnoteのタイトルは、小沢健二さんの「アルペジオ」の一節、『この頃の僕は弱いから 手を握って 友よ強く』より。弱くなったとき、この曲がそばにある。
