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何もしなくても疲れる理由|私の中には24時間勤務の警備員さんがいた

何もしなくても疲れる。
私は不思議だった。

休日にゆっくりしているはずなのに落ち着かない。
テレビを見ていても、休んでいても、どこか心が休まらない。

「今日は何もできていない」
「また時間が過ぎてしまった」
「このままで大丈夫なのかな」

そんな思いが無意識にあった。

私は最近、その理由に気づいた。
疲れていたのは、何かを頑張っていたからではなかった。
私はずっと、自分自身を監視していたのだ。


休日の午後。

私はテレビを見ていた。

疲れていたから、
少し休みたかった。

テレビはちゃんと面白かった。

笑ったし、
楽しい時間だったと思う。

でも、なぜか落ち着かなかった。

ふと時計を見る。

「ああ、また時間が過ぎてしまった」

そんな言葉が頭をよぎった。

その瞬間だった。

あれ?

私は今、
何を気にしているんだろう。

テレビは楽しい。

なのに時間が気になる。

どうしてだろう。

その時、
ひとつの感覚が浮かんできた。

私はずっと、
自分を監視していたのかもしれない。


少し前に、
私は二階の騒音をずっと気にしていた。

音が鳴っていない時でさえ、
どこかで耳を澄ませていた。

その時教えてもらった。

「あ、監視しているんだな」

と気付くだけで、
少し距離ができることがあると。

そして今回。

気付いてしまった。

監視していたのは、
二階の騒音だけじゃなかった。

私自身だった。

今日は何をした?

ちゃんと進んでいる?

これでいいのかな?

将来は大丈夫?

そんな問いが、
静かに流れ続けていた。

生活を味わうより、管理していた

思い返してみる。

体重。

食事。

家事。

排便。

時間の使い方。

そして人生そのもの。

私は長い間、
生活を味わうというより、
管理していたのかもしれない。

ちゃんとできているか。

遅れていないか。

間違っていないか。

その確認を続けていた。

だから何もしなくても疲れた。

休んでいても休まらなかった。

本当に心配していたこと

最初は、

「また時間が過ぎてしまった」

と思っただけだった。

でもその奥には、
もっと大きなものがあった。

これから大丈夫かな。

私の人生は大丈夫かな。

その不安だった。

監視していたのは時間ではなかった。

未来だった。

安心だった。

私はずっと、
「これから大丈夫そう」
という安心を探していたのかもしれない。

警備員さんがお茶を飲み始めた日

今までは、

不安そのものになっていた。

警備員さんそのものになっていた。

だから苦しかった。

でも今日は少し違った。

「あ、監視している」

と気付いた。

その瞬間、

警備員さんと私の間に、
少し距離ができた。

まるで窓辺でお茶を飲みながら、

巡回している警備員さんを
眺めているようだった。

「今日は何が心配なの?」

そう聞いてみたくなった。

人生は管理するものではなく、味わうものだった

最近、
私は気付いていた。

人生を管理することに必死で、
味わうことを忘れていたことに。

今回の気付きは、
その続きだったのかもしれない。

空の色。

鳥の声。

お茶の湯気。

それらはずっとそこにあった。

ただ、
警備員さんが忙しすぎて
見えなくなっていただけだった。

今日も警備員さんは巡回していると思う。

でも前とは少し違う。

私は窓辺に座っている。

湯のみを持ちながら。

そして時々、

「ああ、今日はそれが心配なんだね」

と声をかけている。

そんな時間も、
悪くないのかもと思う。


最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

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