ちゃんとやることに必死で、人生を味わえていなかった|生きづらさの原因に気づいた日
昨日、素揚げと豚肉の炒め物を作った。
料理をしながら何を考えていたんだろう。
ふと思って思い出してみた。
失敗したくないな。
火加減は大丈夫かな。
味付けはこれでいいかな。
どうすれば効率よくできるかな。
次は何をやろう。
思い出せたのは、そんなことばかりだった。
油の音は聞いていた。でも味わってはいなかった
料理中、私は油の音を聞いていた。
でも、
「いい音だな」
ではなかった。
「温度は大丈夫かな」
だった。
匂いも感じていた。
でも、
「おいしそう」
ではなかった。
「味付けはこれでいいかな」
だった。
私は感覚を使っていなかったわけじゃない。
感覚を全部、
判断や管理のために使っていたんだ。
料理を管理していた理由
その時ふと思った。
私はなぜこんなに管理しているんだろう。
料理を失敗したくないから?
効率よく終わらせたいから?
もちろんそれもある。
でも、それだけではない気がした。
もしかしたら私は、
管理することで安心を得ようとしていたのかもしれない。
先のことが分かれば安心。
失敗しなければ安心。
予想通りに進めば安心。
そんなふうに生きてきた気がする。
「大丈夫」でいるための活動だった
さらに気づいたことがある。
私は料理そのものを管理したかったわけじゃないのかもしれない。
本当に欲しかったのは、
「安心」だった。
だから、
次の段取りを考える。
失敗しないように気を張る。
先回りして動く。
料理は、
夕飯を作る作業ではなく、
「大丈夫」でいるための活動になっていたのかもしれない。
そう考えると、
今ひとり暮らしなのに、
料理で疲れる理由も少し分かる気がした。
誰かに何かを言われるわけではない。
それでも頭はずっと働き続けている。
管理は安心をくれるようで、
実はたくさんのエネルギーを使う。
子どもとの時間も同じだった
そういえば、
子どもたちを遊びに連れて行っていた頃もそうだった。
危なくないかな。
時間は大丈夫かな。
楽しめているかな。
私はいつも考えていた。
もちろん必要なことだったと思う。
でも、
風が気持ちいいね。
空がきれいだね。
そんな言葉を、私はあまり口にしていなかった気がする。
私は子どもたちと出かけていた。
でも、
一緒に味わってはいなかったのかもしれない。
最近、少しずつ変わってきた
最近になって、
温泉が気持ちいいと思う。
風が心地いいと思う。
ラーメンがおいしいと思う。
以前と同じ世界なのに、
少し違って感じる。
もしかしたら私は今、
「管理すること」で安心を得ようとしていた世界から、
「味わうこと」を知る世界へ移動している途中なのかもしれない。
長い間、
私は人生を管理していた。
これからは少しずつ、
人生を味わってみたいと思う。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
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