豊かさの迂回、という隠れブロックーー豊かさを拒んでいたのではない。まっすぐ受け取れなかった理由
I wasn’t rejecting abundance.
I had simply learned to receive it through detours.
この記事は、
直近で行った私自身のワークから見えてきたことを書いている。
だから、
人によっては少し突拍子もなく感じる部分があるかもしれない。
なぜ、豊かさの話から、
人を育てることや、
循環しない世界の話につながるのか。
一見すると、
関係のないことのようにも見えると思う。
でも、
人の深いところには、
理屈だけでは説明できない前提や、
自分でも気づかないまま持ち続けている思い込みがある。
それは、
「お金が怖い」
「成功したくない」
というような、
分かりやすい形をしているとは限らない。
むしろ、
一見すると善意や協調性や責任感に見えるものの奥に、
とても個人的で、
少し不思議な設計が隠れていることもある。
今回私の中から出てきたものも、
まさにそうだった。
豊かさを拒んでいたわけではない。
受け取れなかったわけでもない。
それでも、
私の創造と、
私が直接受け取る価値だけが、
なぜかまっすぐにつながっていなかった。
その理由をたどっていくと、
思いがけない場所へ行き着いた。
ここから数回に分けて、
その過程を書いてみようと思う。
これは、
すべての人に当てはまる答えではない。
ただ、
自分でも説明できない停滞や、
何度選択を変えても残り続ける違和感の奥には、
こうした独自の前提が隠れていることがある。
しかもそれが、案外日々の生活からすると、
規格外のスケールだったりすることもある。
その一例として、
読んでもらえたらと思う。
🌿 豊かではあるのに、どこか引っかかっていた
私には長い間、
「お金のブロック」という感覚がなよくわからなかった。
なぜなら、
振り返れば、
私の人生はそこそこには豊かだったから。
必要なものに困ることは少なかった。
行ってみたい場所へ行き、
会いたい人に会い、
学びたいことを学び、
経験したい世界にも、少しずつ触れてきた。
人との縁にも恵まれ、
今思えば、
実力以上とも思える機会を受け取ってきたことも、一度や二度ではない。
だから私は、
自分はどちらかといえば豊かさを受け取れている人間なのだと思っていた。
実際、
それは間違いというわけでもない。
けれど、
事業を本格的に育て始め、
経済圏というものを意識するようになった頃から、
一つの違和感が見え始めた。
豊かさは、
確かにある。
ちゃんと流れてきている。
それなのに、
私自身が生み出した価値と、
私自身が受け取る経済的な価値だけが、
どこか一本の線で結ばれていない。
誰かを通して届く。
別の出来事を経由して返ってくる。
回り道をするように、
豊かさはいつも私のところへやってくる。
もちろん、
それが悪いわけではない。
そのおかげで救われたことも、
支えられたことも数え切れないほどあった。
でも、
ある時ふと思った。
なぜ私は、
そこそこ豊かさには恵まれているのに、
「自分が生み出した価値が、そのまま自分へ返ってくる」
という流れだけは、
こんなにもまっすぐ育ってこなかったのだろう。
足りないわけではない。
受け取れていないわけでもない。
だからこそ、
その違和感は長い間、
違和感として認識されなかった。
私が見ていたのは、
豊かさの量だった。
けれど本当に見つめるべきだったのは、
豊かさがどんな経路を通って、
私のもとへ届いているのかだった。
その違いに気づいたとき、
私は初めて、
もっと深いところにある前提へ目を向け始めたのである。
豊かさの有無ではなく、豊かさがどの経路を通っているかに、深層の前提は現れる。
💰 私は、豊かさを拒んでいたのではなかった
ここで一つ、
思い込みが外れた。
私は長い間、
自分には「受け取り拒否」はないと思っていた。
実際、
人からの愛情も、
環境から与えられる機会も、
人生そのものが運んできてくれる豊かさも、
私は受け取ってきた。
けれど、
よく観察してみると、
細くなっていた場所が一つだけあった。
それは、
私自身が価値の発生源として立ち、
その価値がそのまま私へ返ってくる流れだった。
誰かの活動を支えること。
誰かの可能性を引き出すこと。
誰かと一緒に現実をつくること。
関係性や暮らし全体を通して豊かになること。
私は、
そういう豊かさを何度も経験してきた。
そして、
それらはどれも本当に美しい。
だから、
その在り方が間違っているとは思わない。
でも、
もしそれを介さなければ豊かさが成立しないのだとしたら、
そこには別の前提がある。
私は、
自分一人が大きくなるよりも、
誰かと一緒に育っていく方を、
ずっと無意識に選んできた。
自分だけが前へ出るより、
周りとともに進む方が安心だった。
それは、
協調性という言葉だけでは説明できない感覚だった。
むしろ、
自分が価値の中心に立ち、
そこへ豊かさがまっすぐ集まってくる状態に、
どこか無意識のためらいがあったのかもしれない。
豊かさそのものではない。
豊かさの流れ方にだけ、
私は静かにブレーキをかけていたのだった。
豊かさを受け取れないのではない。
自分が直接その源になることだけを、無意識に避けていた。
🌀 恐れていたのは、孤独ではなく循環しない巨大化だった
ここまで見えてきたとき、
私は一つの誤解に気づいた。
私は、
成功したら一人になることを恐れていたわけではなかった。
自分が大きくなった未来を思い浮かべても、
そこには人がいる。
仲間もいる。
応援してくれる人もいる。
喜んでくれる人もいる。
だから、
孤独になる未来を想像していたわけではない。
それでも、
どこか身体が前へ進もうとしなかった。
なぜなのだろう。
そう問い続けたとき、
見えてきた景色があった。
そこでは、
私が価値を生み出し続けている。
私が考え、
私が動き、
私が与える。
たくさんの人が受け取っている。
感謝もされる。
愛されてもいる。
でも、
私が注いだものが、
次の創造として返ってこない。
循環が生まれていない。
受け取る人は増えていく。
けれど、
一緒に価値を育てる人は増えていかない。
その構造だけは、
規模が大きくなっても変わらない。
もちろんそれはただの思い込みなのだけれど、
私は自分でも気づかないまま、
長い間そのイメージをどこかで持ち続けていたのだ。
その未来を恐れていたのだと思う。
豊かさが増えることではない。
成功することでもない。
一人だけが供給源となり、
周りは受け取り続ける。
その一方向の構造が、
さらに大きくなっていくことだった。
だから身体は、
前へ進むことを止めていた。
能力が足りなかったからではない。
豊かさを拒否していたからでもない。
これ以上、
循環しない世界を大きくしたくなかったのである。
そう思えたとき、
私の中で長年つながらなかった感覚が、
初めて一本の線になった。
私が拒んでいたのは成功ではない。
私一人を供給源とする世界が、そのまま拡大していく未来だった。
🕊️ 「誰かを育てること」が、前へ進む条件になっていた
振り返ると、
私はいつも、
自分だけが先へ行こうとはしてこなかった。
誰かを育てる。
役割を渡す。
一緒に考える。
同じ景色が見えるようになるまで待つ。
そんなことを、
ごく自然に繰り返してきた。
当時の私は、
それを人を育てることだと思っていた。
共同創造だと思っていた。
誰かが育ち、
新しい役割を担い、
一緒に世界をつくっていけることは、
今でも本当に楽しいし、美しいと思っている。
けれど、
今回見えてきたのは、
そのもっと深いところだった。
私はもしかすると、
循環しない世界そのものを、
自分の力で循環する世界へ変えようとしていたのかもしれない。
誰かが育てば、
今度こそ一緒に進める。
誰かが理解できるようになれば、
私だけが全体を抱えなくて済む。
そう信じて、
私は多くの時間を使ってきた。
でも、
一つだけ、
変えられないものがあった。
それは、
相手側の循環したいという衝動そのものだった。
知識は渡せる。
経験も共有できる。
能力も育てられる。
仕組みを整えることもできる。
けれど、
受け取ったものを、
今度は自分も誰かへ返したい。
世界をもっと良くしたい。
その内側から湧き上がる衝動だけは、
私が与えられるものではないのだ。
当たり前のことだけど。
だから私は、
ようやく理解した。
私が修復しようとしていたのは、
一人ひとりではない。
循環しない世界そのものだったのだと。
人を育てることで、私は循環しない世界そのものを修復しようとしていた。
👑 豊かさを迂回させる必要は、もうない
ここまで見えてきたとき、
私は、
豊かさを迂回させてきた自分を、
責める気にはならなかった。
そこには、
十分な理由があったから。
私が大きくなるほど、
受け取る人だけが増え、
私だけが注ぎ続ける世界まで拡大してしまう。
もし身体がそんな未来を予測していたのなら、
まっすぐ進まなかったことは、
弱さではなかった。
むしろ、
自分の生命を守るための、
とても精密な設計だったのだと思う。
誰かを育てること。
誰かと一緒に進むこと。
周囲に役割を渡し、
循環できる世界をつくろうとすること。
それらは、
私が安心して大きくなるために必要な条件だった。
だから、
豊かさはいつも、
誰かや何かを経由する形で届いていたのかもしれない。
けれど、
これから経済圏を本格的に拡大していくなら、
その設計は見直す必要がある。
誰かが育つことを、
私が大きくなるための条件にしない。
誰かが循環するかどうかを、
私の価値の証明にしない。
誰かがまだ準備できていないからといって、
私まで速度を落とさない。
私は、
私が生み出した価値の源として、
正面に立っていい。
そこから誰が参加するのか。
何を受け取るのか。
受け取ったものを、
どのように次へ循環させるのか。
それは、
その人自身が選んでいく物語なのだから。
私の役割は、
誰もが循環するようになるまで待つことではない。
自分の創造を、
自分の手で止めないことなのだと思う。
豊かさを迂回させてきた過去には、
確かな意味があった。
だからこそ今、
その古い設計を否定するのではなく、
もう必要のないものとして、
更新していけばいいのだ。
豊かさは、誰かを経由しなければ受け取れないものではない。
私の創造と、私が受け取る価値は、まっすぐにつながっていい。
私たちが繰り返している選択の奥には、
自分でも気づいていない前提や、
長い時間をかけてつくられた設計が隠れていることがあります。
それは、
単純に「思い込みを手放せばいい」という話ではありません。
その設計が、
これまで自分を守り、
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