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尊厳は等しい。でも居心地は違う。ーー人を嫌いになったのではなく、居場所が見えてきただけだった

Perhaps growing older is simply learning where we breathe best.


🌿 最近、会話の居心地が気になるようになった


最近、自分でも少し意外な変化に気づいた。

話していて楽しい人と、
話していて疲れる人が、
以前よりもはっきりわかるようになったのだ。

もちろん、それは善悪の話ではない。

相手が悪い人だから疲れるわけでもない。

誠実ではないから距離を置きたくなるわけでもない。

大体みんな優しくて、人の役に立ちたいと思っている。

人生の中でたくさん苦労をしてきた人もいる。

尊厳に優劣があるとも思わない。

人にはそれぞれ事情があるし、
それぞれの人生がある。

だから私は、誰かを否定する意図は全くない。

でも、それでもなお、
居心地は違うのだと思うようになった。

これまで私は、そこをあまり区別していなかった。

人はみんな違う。
人にはそれぞれ持ち場がある。

そう思ってきたし、今でもそう思っている。

だから、多少疲れても、
違和感があっても、
それは自分の器の問題なのかもしれないと考えていた。

けれど最近になって、
どうやらそうではないらしいと気づいた。

ただ単純に、
私は居心地の良い場所と、
そうではない場所を
以前より敏感に感じ取れるようになっただけなのかもしれない。

そして、その感覚は案外、
これから誰と仕事をするのか。
誰と遊ぶのか。
誰と歳を重ねていくのか。

そんなことを決めるうえで、
とても大切な感覚なのではないかと思い始めている。


🪞 私は普通を普通だと思っていた


自分の中でひとつ腑に落ちたことがある。

私はずっと、自分の感覚を「普通のこと」だと思って生きてきた。

私は音大のピアノ科を卒業している。

子どもの頃から練習を積み重ね、
受験をして、
卒業するまで続けてきた。

もちろん、大変なこともあった。

でも、それを特別なことだとは思っていなかった。

学校へ通うこと。
最後まで続けること。
約束を守ること。
なるべく早く的確な返事を返すこと。
必要な情報を確認すること。
仕事を前へ進めること。
責任を引き受けた上で発言すること。

そういうことは、私にとっては努力というより、自然なことだった。

だから長い間、
私にできる程度のことは、
誰にでもできるのだと思っていた。

もう何年も、「そんなことはない」と周りからは言われていた。

でも最近になって、
自分でもやっと、そうかもしれないと、
考え方を変えざるを得ないと思うようになった。

人によって前提としている感覚は違う。
物事を進める速度も違う。
重視することも違う。
人との関わり方も違う。

そして、その違いは、
優れているとか劣っているとか、
そういう話ではない。

誰にでも得意なことがあり、
苦手なことがある。

人にはそれぞれ持ち場がある。

だから、違いがあること自体は悪いことではない。

ただ、感覚は違うのだ。

そして最近の私は、
その違いを無理に埋めようとするのではなく、
「違うのだな」と受け取れるようになってきた。

私は、
人を変えたいわけではなく、
自分が自然に呼吸できる場所を見つけたいだけなのかもしれない。

それを、そのままで良いと腑に落ちた、ということなのだろう。


🌸 心地よい人たちの共通点


心地よいと感じる人たちには、
もうひとつ共通点があることに気づいた。

会話の中心に、自分自身を置かないのだ。

もちろん、自分の話をしないわけではない。

仕事の話もする。
家族の話もする。
困っていることがあれば相談することもある。

でも、不思議と会話はそこに留まらない。

気づけば、
最近読んだ本の話になっている。
面白かった研究の話になっている。
制度や仕組みの話になっている。
旅先の景色の話になっている。
美しいものの話になっている。

あるいは、
「こういうことを考えているんだけど、どう思う?」
そんな問いが投げかけられる。

私はそういう会話が好きだ。

誰かの承認欲求を満たすための会話ではない。
誰かの傷を癒すための会話でもない。
誰かの人生を背負うための会話でもない。

お互いが、自分の世界を持っていて、
その世界を少し見せ合う。

そして、
「それおもしろいね」
「そういう見方もあるのか」
「じゃあ次はこんなことをやってみたい」
そんなふうに話が広がっていく。

すると、気づけば心地よく楽しい時間を過ごしている。

会話を終えたあとも疲れていない。

さらに、自分の中の何かが少し動き出している。

新しいアイデアが浮かんだり、
作りたいものが増えたり、
誰かに会いたくなったりする。

私は、人に影響を受けることが嫌いなのではない。

ただ、
相手の未整理な感情を受け取り続ける関係よりも、
お互いの好奇心や創造性が刺激される関係の方が好きなのだ。

そして最近になって、
そういう関係の中にいる時の自分が、
一番自然に呼吸できていることに気づいたのだった。


🕊 私は、創造することが好きなのかもしれない


ここまで考えてみて、ひとつ気づいたことがある。

私は、人を救いたいわけではない。
人を支えたいわけでもない。

もちろん、困っている人がいれば力になりたいと思う。

変わりたいと願う人がいるなら、自分が知っていることを差し出したいとも思う。

でも、それが私の中心にある欲求ではなかった。

私が好きなのは、創ることそのものなのかもしれない。

美しいと思うもの。
おもしろいと思うもの。
自分が見つけてしまった構造。
長い時間をかけて腑に落ちてきたこと。

それらを言葉にしたり、
形にしたり、
誰かと共有できるものへ育てたりすること。

そして不思議なことに、
そういう人たちと一緒にいると、
自然と会話も創造的なものになる。

最近考えていること。
作りたいもの。
仕事の工夫。
旅先で見つけた景色。
美しいもの。
これから行きたい場所。
好きな動物の話。

そんなことを話しているうちに、
また新しいアイデアが生まれる。

誰かを変えようとしなくても、
誰かを導こうとしなくても、
人は互いに刺激を受け合うことができる。

私はたぶん、
そういう関係が好きなのだ。

そして最近になって、
私は変容の人というより、
創造の人なのだろうと思い始めている。


🌅 居場所は、自分で選んでいい


尊厳は誰も皆等しい。

でも、居心地は違う。

私は長い間、そのことを認めるのが苦手だった。

だから、合う人とだけ付き合うというのも、イマイチ好きになれない考え方だと思っていた。

人にはそれぞれ事情がある。

人生には持ち場がある。

そう思うからこそ、

違和感があっても、

疲れても、

もう少し理解できるかもしれない。

もう少し寄り添えるかもしれない。

そんなふうに考えていたのだと思う。

でも最近は、

無理をして誰かを嫌いになる必要もないし、

無理をして誰かを助ける必要もないのだと思うようになった。

ただ、自分が自然に呼吸できる場所へ行けばいい。

つまり、どっちでもいいのだ。

話していて時間を忘れる人たち。

新しいアイデアが生まれる人たち。

お互いの自由を侵食しない人たち。

そういう人たちと過ごす時間を増やしていけばいい。

人にはそれぞれ持ち場がある。

そして私にも、私の持ち場がある。

最近ようやく、

私は誰と一緒にいたいのか。

どんな空気の中で生きていたいのか。

それが少しずつ見えてきた。

そして、見えてきたと同時に、
現実もまたそちらへと動き始めているのだから、人生というのはおもしろい。




美しいと思うものを創る。
面白いと思うことを探究する。
見つけてしまったものを形にする。
私はたぶん、
これからもそんなふうに生きていきます。
もし、その途中で何か響くものがあったなら。
また、どこかでお会いしましょう。

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