「ただ在る。一人。そして完全。」という場所ーー役割も関係性も外した先に残った、欠けることのない存在
Before every role, I was already whole.
🌿 小さな女王の、さらに奥へ降りていった
前回のワークでは、小さな女王が、
「人の可能性を閉じさせたくない」
という愛から、自分の大きさを調整するようになっていたことが見えてきた。
そして、自分を小さくしなくても、人の光を信じることはできる。
相手がどう反応するかまで、自分が引き受けなくていい。
そこまでは、かなり腑に落ちていた。
でも、ワークはそこで終わらなかった。
さらに深く掘っていくと、
「女王」という存在すら、ひとつの役割なのではないか
という感覚が出てきた。
女王は、世界を愛している。
生命を見ている。
人との関係の中で、自分の力をどう使うかを考えている。
つまりそこには、すでに「世界との関係」がある。
では、その関係すら外していったら、何が残るのだろう。
妻ではない。
仕事をする私でもない。
誰かを愛する私でもない。
女王ですらない。
何かを成し遂げる必要もない。
誰かの役に立つ必要もない。
何かを証明する必要もない。
そうやって、一つずつ役割を外していった。
すると、その奥にまったく別の感覚が現れた。
それを私は、
「静謐」
と呼ぶことにした。
とても静かだった。
でも、弱くはない。
何も主張していない。
でも、消えているわけでもない。
何かを求めているわけでもない。
誰かを待っているわけでもない。
空っぽのようでいて、欠けていない。
そこにはただ、
在る。
という感覚だけがあった。
そのとき初めて、
自分というものは、役割の集合ではないのかもしれないと思った。
誰かとの関係によって存在する私。
何かをしているから存在する私。
誰かに必要とされているから存在する私。
そういうものより、もっと前に。
何も持たなくても、何もしていなくても、すでに在る主体がいた。
女王よりさらに奥にいたのは、世界との関係によって定義される私ではなかった。
何の役割も持たず、ただ在る主体だった。
✨ そこには、何も「足りない」ものがなかった
静謐の中にいる自分を、もう少しよく見てみた。
そこにいた存在は、傷ついていなかった。
誰かに愛してほしいとも思っていない。
認めてほしいとも思っていない。
迎えに来てほしいとも思っていない。
何かを手に入れれば、ようやく完成できるとも思っていなかった。
だからといって、
愛もいらない。
人もいらない。
仕事も、豊かさも、何も必要ない。
ということではない。
それらを拒絶しているわけではなかった。
誰かを愛してもいい。
一緒に生きてもいい。
仕事をしてもいい。
美しいものを手に入れてもいい。
豊かさを受け取ってもいい。
ただ、それらがなければ自分が成立しないわけではない。
何かを足すことで、自分が「存在できる状態」になるのではない。
その前から、もう在る。
そこを感じていたときに、
「一人」
という言葉が出てきた。
でも、この「一人」は孤独とはまったく違っていた。
孤独は、誰かがいないことによって感じるものでもある。
本当はいてほしい人がいない。
つながりたいのにつながれない。
そこには、誰かとの関係が前提としてある。
でも静謐の中の「一人」は、誰かがいないという意味ではなかった。
誰かがいても、一人。
誰かがいなくても、一人。
愛されていても、一人。
愛されていなくても、一人。
何かを持っていても、持っていなくても。
存在している主体そのものは、誰かとの関係によって二人になるわけではない。
私は、私として在る。
そして、その一人には何かが欠けている感じがなかった。
だから次に出てきた言葉が、
「完全」だった。
ここでいう完全は、
何でもできるということでもない。
欠点がないことでもない。
もう変化する必要がない完成品になることでもない。
存在するために、外側から何かを足してもらう必要がない。
その意味で、完全だった。
人と関わることもできる。
愛することも、愛されることもできる。
何かを望み、創り、変化していくこともできる。
でも、それらは欠けた自分を完成させるためではない。
「一人」は孤独ではなかった。
誰かとの関係がなくても存在できるということであり、「完全」とは、存在するために外側から何かを足す必要がないということだった。
🤍 「私はここにいていいのか」という問いそのものが消えた
ワークの中で、もう一つ大きかったのが、
「私は、ここにいていいのか」
という問いだった。
自分の深いところに、もしかしたらこの感覚が残っているのではないかと思っていた。
存在していいのか。
ここにいていいのか。
誰かに受け入れてもらえるのか。
自分の居場所はあるのか。
そんな、存在許可や所属に関わるテーマがあるのかもしれない、と考えていた。
でも、身体へ問いかけていったときに返ってきたものは、少し予想と違っていた。
「私は、ここにいていいですか」
という問いに対して出てきたのは、
許可でも否定でもなかった。
ただ、
ここにいる。
それだけだった。
さらに深く見ていくと、
最初からいた。
という感覚があった。
誰かに認められたから存在しているわけではない。
夫がいるからでもない。
家族がいるからでもない。
仕事があるからでもない。
役割があるからでもない。
誰かに必要とされているからでもない。
世界から「あなたはここにいていい」と許可されたから、存在できているわけではなかった。
「いていい」と誰かが判定するより前に、もう存在している。
その事実の方が先だった。
だから、存在については、
「私はここにいていいのか」
という問いそのものが、どこか成立しなくなっていった。
もちろん、これは、
「私は何をしてもいい」
という話ではない。
何をするかには選択がある。
人と関われば責任も生まれる。
どんな場所で、誰と、何をするのかは、その都度選んでいくことになる。
でも、
存在していることそのものは、審査を通過して成立するものではない。
そこが分かれた。
何をするか。
誰と生きるか。
何を創るか。
どこへ行くか。
それらは、これからいくらでも変わる。
でも、そのすべての選択より前にいる「私」は、すでにここにいる。
許可を待っているのでもなく、
存在する理由を証明しているのでもなく、
ただ、在る。
私は「ここにいていい」と許可されたから存在しているのではなかった。
許可という問いより先に、私はここにいる。
最初から、ここにいた。
🌸 完全だから、世界を必要としないのではなかった
静謐に触れたとき、一つだけ不思議に思ったことがあった。
もし私は、一人で完全なのだとしたら。
世界へ関わる必要はないのではないか。
誰かと生きなくてもいい。
仕事も、創造も、挑戦もいらない。
何かを求める必要さえ、なくなるのではないか。
でも、実際に自分の中で起きた感覚は、むしろ逆だった。
静謐は、世界から撤退する場所ではなかった。
何も足りないから、何もしなくていい。
そういう無関心でもなかった。
むしろ、欠けているものを埋めるためではなく、世界へ関われる。
自分の価値を証明するためではなく、創ることができる。
誰かに存在を認めてもらうためではなく、人を愛することができる。
何かを手に入れて完成するためではなく、
すでに在る自分が、そのまま世界へ出ていって体験することができる。
ここで、「完全」と「創造」は対立しないのだと分かった。
何かが足りないから創るのではない。
欠けているから人を求めるのでもない。
不足しているから世界へ出ていくのでもない。
一人で完全であることは、世界を必要としないということではなかった。
むしろ、世界に何かを埋めてもらわなくていいからこそ、
「では、この世界で何をしよう」
と自由に動き始めることができる。
そして、この先をさらに探っていったとき、もう一つ面白い感覚が現れた。
この世界は、私を完成させるためにあるわけでもない。
何かを克服し続けるための修行場でもない。
救済されるためだけの場所でもない。
むしろ、
ここに参加して、さまざまなものを体験し、その素材から何かを創る場所なのではないか。
そんな感覚だった。
静謐は、世界から離れるために現れたのではなかった。
反対に、世界に呑み込まれずに、自由に参加するための最も深い足場だった。
次の記事では、ここからさらに、
「私はこの世界を救うためではなく、遊ぶために来た」
というところまで降りていく。
私は、足りないから世界へ向かうのではない。
すでに一人で完全な主体として在り、その上で、この世界に触れ、愛し、創造することを選べるのだ。
人は、何かに抵抗し続けなくても、
困難によって追い込まれなくても、
自分の生命力から現実を創っていくことができる。
Harmoniousが扱っているのは、
誰かに救ってもらうための方法ではなく、
自分の正位置へ戻り、
自分という素材を使って、この世界をどう生き、何を創るかということ。
身体も、欲も、感情も、才能も、これまでの経験も。
すべてを生命の素材として、自分の人生へ通していく。
抵抗するためではなく、創造するために生きたい人へ。
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Harmoniousは、
誰かになるためではなく、
自分自身の生命に、
もう一度、あるいは人生で初めて還っていくための場所です。
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