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この世界は、学ぶためではなく「遊ぶため」にあったーー人生を課題として解くのではなく、すべてを創造の素材として使う

Life is not a lesson to master, but a world to explore.

🌏 静謐から世界を見ると、「舞台」のように見えた


役割を一つずつ外していった先にあったのは、
ただ在る。一人。そして完全。
という静謐だった。

そこから改めて世界を見たとき、少し不思議な感覚があった。

目の前の現実は、もちろんそのまま存在している。

仕事がある。
人との関係がある。
お金がある。
身体がある。
嬉しいこともあれば、痛みを感じることもある。
何かを得ることもあれば、失うこともある。

でも、それらが「私そのもの」ではなくなった。

どこか、舞台のように見えた。
映し絵のようでもあった。

自分がその中に入り、さまざまなものを体験するために広がっているフィールドのように感じられた。

もちろん、
「この世界は幻想だから、現実には意味がない」
ということではない。

少なくとも私の体感として起きたのは、もっと単純な視点の移動だった。

それまでは、世界の中で起きることに自分も丸ごと飲み込まれていた。

でも静謐に触れたあとには、
世界の中にいる私
から、
この世界を体験している私
へ、少し視点が移っていた。

すると、現実で何かが起きたときの見え方も変わってくる。

これは私が成功している証拠。
これは私が間違っている証拠。
これは幸せな人生。
これは不幸な出来事。

そんなふうに、出来事そのものが自分を定義するものではなくなっていった。

代わりに、
今、こういう素材が目の前にある
と見られる余地が生まれた。

嬉しいことが起きた。
予定外のことが起きた。
思い通りになった。
ならなかった。

まず、現実がある。

その次に、
私はこれにどう関わるのか。
ここから何を見るのか。
何を選ぶのか。
何を創るのか。

そこにはまだ、たくさんの余白が残っている。

静謐から世界を見ると、現実は私を定義するものではなくなった。

私は世界そのものではなく、この世界に参加し、体験している主体なのだと感じた。


🎠 「修行するために来た」という感覚ではなかった


そこで次に浮かんだのが、
では、私はなぜこの世界に参加しているのだろう。
という問い。

魂を成長させるため。
課題を克服するため。
未熟な部分を修正するため。
何かを学び終えて、ここから卒業するため。
誰かを救うため。
使命を果たすため。

そういう説明を、一つずつ置いてみた。

どれも、まったく違うとは思わなかった。

困難から学ぶこともある。
何かを経験したことで、自分の見方が変わることもある。
誰かとの出会いによって、それまで知らなかった自分を知ることもある。

でも、それらを全部含めても、
「だから私はここにいる」
という感じにはならなかった。

もっと根本のところにあったのは、ずっと単純な感覚だった。

楽しそうだったから。

この世界を体験してみたかった。

身体を持つこと。

人を愛すること。

愛されること。

美しいものを見ること。

欲すること。

つくること。

笑うこと。

失うこと。

驚くこと。

思い通りにならないこと。

誰かと出会うこと。

何かに夢中になること。

そういうものが全部ある世界に、
自分から参加しているような感じがした。

だからといって、
人生は修行ではない、と決めつけたいわけでもない。

困難からしか見えないものもあるし、
痛みを通ったからこそ理解できることもある。

ただ、困難そのものが人生の目的ではないのだと思った。

苦しんだ分だけ価値が増えるわけでもない。

何かを乗り越え続けなければ、人生が進まないわけでもない。

私にとってこの世界は、
克服するために次々と課題を渡される場所というより、
体験できる素材が、あまりにもたくさん置かれているフィールド
のように見えた。

そして、その中に自分から選んで入ってきた。

そんな感覚の方が、ずっと自然だった。

私は、この世界を克服するために参加したのではないのかもしれない。

さまざまなものを体験できるこの世界が面白そうだから、ここへ参加している。

その感覚の方が、私にはずっと自然だった。


✨ 「あなたなら、この素材から何を創る?」


世界が「体験する場所」なのだとしたら、そこで起きる出来事の見え方も変わってくる。

喜び。
恋愛。
性愛。
仕事。
お金。
身体。
美しさ。
成功。
失敗。
欲。
喪失。
違和感。
怒り。
偶然。
トラブル。

どれか一つだけが、人生にとって正しい素材なのではない。

ポジティブなものだけを集めればいいわけでもないし、ネガティブに見えるものを急いで消せばいいわけでもない。

起きたものは、まずそこにある。

一つの体験として。
一つの素材として。

そう見るようになると、出来事に対して最初に浮かぶ問いも変わった。

「なぜ、こんなことが起きたんだろう」
「これは私に何を教えようとしているんだろう」

もちろん、そう問いかけることにも意味はある。
でも、それだけではなかった。

もっと自由で、もっと創造的な問いが出てきた。

「あなたなら、この素材から何を創る?」

振り返ってみれば、私はこれまでも、かなりそうやって生きてきたのだと思う。

思い通りにならないことが起きれば、そのまま終わらせず、別の仕組みを考える。

違和感があれば、その奥にどんな構造があるのかを見る。

誰かとの出会いによって新しいものが見えれば、それを次の創造へつなげる。

美しいものに触れれば、その感覚をまた別の形で世界へ返したくなる。

大事なのは、出来事そのものだけではない。

それを受け取った自分が、その先に何を生み出すか。

そこに、人生の面白さがある。

そしてこれは、少し前に見つけた「抵抗起動型」の創造ともつながっていた。

創造の素材は、抵抗だけでなくていい。

喜びも、美しさも、好奇心も、欲も、愛も。

何かに抗わなくても、生命が動いたところから創造は始められる。

世界で起きることは、私を裁く判定ではなく、創造に使える素材なのかもしれない。

問いは「なぜ起きたのか」だけではなく、「私はここから何を創るのか」へ変わっていった。


🎨 私にとって、「遊ぶこと」と「生きること」は同じだった


ここでいう「遊ぶ」は、適当に気楽にやるという意味ではない。

責任を持たないことでもない。
嫌になったらやめることでもない。
真剣ではない、ということでもない。

むしろ、私が感じていた「遊ぶ」は、その逆に近かった。

子どもが時間を忘れて何かをつくるように、
自分の能力も、身体も、知性も、感性も、欲も、これまでの経験も使って、
この世界で何ができるのかを、本気で試すこと。

それが、私にとっての遊びだった。

だから、仕事も遊びになる。
事業も遊びになる。
愛も、身体も、美も、冒険も遊びになる。

遊びだから軽く扱うのではない。

面白いからこそ、本気になる。

もっと上手くなりたいと思う。
もっと精度を上げたくなる。
もっと面白いものをつくりたくなる。

そして、自分一人でつくることもできるし、
同じように何かを本気で面白がっている人と出会えば、一緒につくることもできる。

ここまで来たとき、今自分がつくろうとしているものとも、かなり自然につながった。

Harmoniousも、T Jewelryも、その先につくろうとしている文化圏も、
救われたい人を集める場所ではない。

誰か一人が答えを持ち、他の人がそこへ従う世界でもない。

それぞれが自分の正位置に立つ。
自分が持っている素材を使う。
自分なりのものを創る。

その創造が、また別の誰かの刺激や素材になり、そこから新しいものが生まれていく。

そうやって、創造が連鎖していく。

私がつくりたいのは、たぶんそういう世界なのだ。

だから私にとって、
生きることと、遊ぶことは同義だった。

静謐のところまで戻れば、どんな出来事も、
この世界で起きた一つの体験として受け取ることができる。

でも、現実の私は、誰とでも一緒に何かをつくるわけではない。
どんな人でも、自分の近くに置くわけではない。

すべてを一つの体験として受け取ることと、
誰と何をつくるのかを選ぶこと。

この二つは、矛盾するのだろうか。

次に見えてきたのは、
静謐はすべてを受け入れる。

でも、女王は選ぶ。
という、二つの視点だった。

私にとって遊ぶとは、人生を軽く扱うことではなかった。

自分という素材を全部使って、この世界から何を創れるのかを本気で試すことだった。

だから、生きることと遊ぶことは、私の中では同じものだった。


人は、何かに抵抗し続けなくても、
困難によって追い込まれなくても、
自分の生命力から現実を創っていくことができる。

Harmoniousが扱っているのは、
誰かに救ってもらうための方法ではなく、
自分の正位置へ戻り、
自分という素材を使って、この世界をどう生き、何を創るかということ。

身体も、欲も、感情も、才能も、これまでの経験も。
すべてを生命の素材として、自分の人生へ通していく。

抵抗するためではなく、創造するために生きたい人へ。

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そして、
「美しさ」や「心地よさ」もまた、
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一つずつ丁寧に見立てています。

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Harmoniousは、
誰かになるためではなく、
自分自身の生命に、
もう一度、あるいは人生で初めて還っていくための場所です。

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