好きな人のことばかり考えて、何も手につかないとき|ときめきの下で失われているもの
好きな人ができると、その人のことばかり考えてしまうことがあります。
返信は来たかな。
昨日のあの言葉は、どういう意味だったんだろう。
次に会ったら何を話そう。
どうしたら、もう少し好きになってもらえるだろう。
気づけば、頭の中のかなり大きな場所を、その人が占めている。
本当は、ほかにもやることがあります。
学生なら、勉強やレポート、就活の準備。
社会人なら、仕事や資格の勉強、これからのためにやっておきたいこと。
睡眠もある。
趣味もある。
友人との時間もある。
ひとりでゆっくり過ごしたかった日もある。
でも、恋をしていると、そういうものが少し遠くに見えることがあります。
好きな人のことだけが、特別に大きく見える。
もちろん、恋愛が自分にとって本当に大切だから、ということもあると思います。
ただ、もう一つ。
恋愛がいちばん重要だから最優先に見えているのではなく、感情がいちばん大きいから最優先に見えている。
そんなこともあるのではないでしょうか。
今回は、そこから考えてみたいと思います。
「恋愛を大切にする」と「恋愛について考え続ける」は、少し違う
好きな人との関係を大切にしたい。
相手のことをもっと知りたい。
会える時間を大切にしたい。
そう思うこと自体は、何もおかしくありません。
ただ、
恋愛を大切にすることと、恋愛について考え続けることは、同じではありません。
たとえば、好きな人から返信が来ない。
その理由を考える。
「忙しいのかな」
「何か変なことを言った?」
「気持ちが冷めた?」
送った文章を読み返す。
相手のSNSを見る。
過去のやり取りを思い返す。
「脈あり」「返信が遅い」といった言葉で検索する。
気づけば、一時間たっている。
でも、その一時間は、本当に恋愛を大切にするための時間だったのでしょうか。
もしかすると、
恋愛について考えていたというより、不安をどうにかしようとしていた時間
だったのかもしれません。
恋愛そのものを大切にすることと、
恋愛から生まれた不安を延々と処理し続けること。
ここを一緒にしてしまうと、時間はいくらあっても足りなくなります。
恋愛も、一度だけ「物差し」に乗せてみる

前の記事では、何を優先すればいいかわからなくなったときに、
影響の大きさ
影響の長さ
自分で変えられる度合い
自分にとっての大切さ
行動したときの期待効果
という5つの「物差し」で見てみる方法を書きました。
恋愛にも、これを使ってみます。
たとえば、今夜一時間あるとします。
その一時間を、
「好きな人から返信が来ない理由を考える」
ことに使う。
感情の大きさだけで見れば、かなり上位かもしれません。
気になる。
不安。
早く答えがほしい。
だから、今いちばんやるべきことのように感じる。
でも、物差しに乗せてみます。
一時間考えたら、相手が返信していない理由はわかるでしょうか。
相手の気持ちを変えられるでしょうか。
関係がよくなる可能性は高いでしょうか。
明日の自分に、何か大きなものが残るでしょうか。
もちろん、考えることで気づくこともあります。
送った文章を一度読み返して、
「これは少し言い方が強かったかも」
と気づくこともある。
必要なら、あとで対応すればいい。
でも、
「ものすごく気になる」からといって、
「ものすごく時間を使う価値がある」とは限りません。
そこは分けて考えてもいいと思います。
ときめきの下で、何が後ろに押しやられている?
好きな人のことを考えているあいだ、
別のものが少しずつ後ろに下がることがあります。
寝る時間。
勉強する時間。
仕事に集中する時間。
将来のために使いたかった時間。
趣味。
友人との時間。
ひとりでぼんやりする時間。
そして、
「今日は本当は何をしたかったんだろう」
という、自分自身の気持ち。
一つの感情が画面いっぱいに広がると、
ほかのものが消えたわけではないのに、見えにくくなります。
だから一度、恋愛もほかのものと同じテーブルに置いてみる。
恋愛を小さく扱うためではありません。
恋愛しか見えなくなっているときに、ほかにも大切なものがあったことを思い出すためです。
でも、「恋愛より自分の時間を大切にしましょう」と言いたいわけではない
ここまで読むと、
「恋愛にのめり込まず、自分を律して、勉強や仕事を優先しましょう」
という話に見えるかもしれません。
でも、私はそこまで言いたいわけではありません。
私自身、人を好きになって、眠れなかった夜が何度もあります。
相手のことばかり考えて、
本当はやるはずだったことが、ほとんど手につかなかったこともあります。
もう少し違うことに時間を使えていたらな。
と思うことはあります。
失敗したな、と思うこともあります。
それでも、
あの時間を全部なかったことにしたいとは思いません。
誰かに恋焦がれて、
会えるかもしれないだけで胸が高鳴ったり、
眠れないまま何度も同じことを考えたり。
そして、気持ちを受け止めてもらって、
大切な人に抱きしめられたときの、
どうしていいかわからないくらいの嬉しさや恥ずかしさ。
そういうものは、時間がたったからといって、全部色あせてしまうわけではありません。
「あの時間に勉強していたほうが効率がよかった」
だけでは測れないものもあります。
だから、
恋愛に夢中になる人はダメ。
自分を律して生活を守れる人のほうが偉い。
という話ではありません。
反対に、
すべてを投げ出すほど恋をした人のほうが、人生を深く生きている。
という話でもない。
行動の選び方には、得られやすい結果の違いがあります。
でも、その違いが、そのまま人としての価値の違いではない。
と私は考えています。
それでも「物差し」を使うのは、恋が強すぎるから
では、恋愛を否定したいわけでもないのに、どうしてわざわざ物差しに乗せるのでしょうか。
理由は、
恋愛感情が大きいと、そもそも比べること自体が難しくなるからです。
好きな人のことが気になる。
それだけで、ほかの選択肢が見えにくくなる。
勉強しようと思っていたことも。
今日は早く寝ようと思っていたことも。
友人から連絡が来ていたことも。
全部、背景に下がっていく。
そんなときに、一度だけ、
「恋愛以外には何があった?」
と戻ってみる。
物差しを使った結果、
「今日は勉強をしよう」
と思うこともある。
「それでも今日は会いに行きたい」
と思うこともある。
それでいいと思います。
大事なのは、恋愛しか見えなくなった状態で自動的に選ぶのではなく、ほかの選択肢も見えたうえで選ぶことです。
合理的な人になるためではありません。
一歩引いてみると、
さっきまで見えていなかった景色が戻ってくることがあります。
その人に、何を求めているんだろう
少し距離を取って恋愛を眺められるようになると、
別のことが気になることがあります。
私は、この人に何を求めているんだろう。
会いたい。
付き合いたい。
一緒にいたい。
愛してほしい。
抱きしめてほしい。
それなら、そのままでいい。
好きなのだから、そう思うのは自然なことだと思います。
恋愛に夢中だからといって、
必ずしも自分の大切なものを犠牲にしているわけではありません。
ただ好きだから、頭から離れないこともあります。
会いたいから、ずっと考えてしまうこともある。
答えがわからないから、何度も考えることもあります。
でも、その中にもう一つ、
別のものが重なっていることがあります。
「この人に選ばれたら、自分は価値のある人間だと思えそう」
そんな気持ちです。
どうして、こんなに自分を差し出したくなるんだろう
もっと好きになってほしい。
もっと魅力的にならなきゃ。
相手の好みに合わせたほうがいいかな。
嫌われないようにしよう。
もっと尽くしたほうがいい。
もっと理解のある人になろう。
もっとかわいく。
もっと格好よく。
もっと面白く。
もっと優しく。
そうやって、
少しずつ自分を差し出していくことがあります。
もちろん、好きな人のために何かしたいと思うこと自体は、悪いことではありません。
ただ、
どこまで差し出せば終わるのでしょうか。
相手に好かれるまで?
付き合えるまで?
愛してもらえるまで?
ずっと選び続けてもらえるまで?
もしそこに、
「選ばれたら、やっと自分には価値があると思える」
というものまで重なっているのなら、
どれだけ差し出しても、なかなか終わらないかもしれません。
ここでも、一度だけ物差しを使ってみます。
私は今、
何を手に入れようとしているんだろう。
恋人でしょうか。
愛情でしょうか。
安心でしょうか。
それとも、
「私は愛される価値のある人間だ」という証明でしょうか。
でも、それを相手からもらおうとするのは、少し不思議かもしれない
もし、
「この人に選ばれたら、自分には価値がある」
と思っているなら、
自分の価値が、好きな人の向こう側にあるように見えます。
だから、そこまで走っていく。
もっと魅力的になれば。
もっと愛されれば。
もっと必要とされれば。
いつか相手から、
「あなたには価値があります」
と渡してもらえるような気がする。
でも、考えてみると、少し不思議な構図です。
好きな人は、
恋人にはなってくれるかもしれません。
愛してくれるかもしれません。
抱きしめてくれるかもしれません。
一緒に人生を歩いてくれるかもしれません。
でも、
その人が、
あなたという人間そのものの価値を作る人になるわけではありません。
私は、
人の価値は、誰かに選ばれたときに初めて生まれるものではない
と考えています。
付き合えたかどうかは、恋愛の結果
好きな人と付き合えた。
それは、とても嬉しいことだと思います。
大切に思っている人から、
自分も大切に思ってもらえた。
そんなことが起きたら、思いきり喜んでいい。
反対に、
振られたら悲しい。
悔しい。
しばらく何もしたくなくなることだってある。
そこまで無理に平気なふりをする必要はないと思います。
でも、
付き合えたから、人としての価値が上がったわけではありません。
振られたから、価値が下がったわけでもありません。
恋愛には、
好み。
相性。
タイミング。
そのときの状況。
どんな関係を求めているか。
いろいろなものが関わります。
だから、
恋愛の結果は、恋愛の結果。
人間としての総合点ではありません。
選ばれたら嬉しい。
選ばれなかったら悲しい。
それはそのままでいい。
ただ、
そこから、
「だから自分には価値がある」
「だから自分には価値がない」
まで広げなくていいと思います。
この「相手の反応を、自分の価値の採点にしない」という話は、以前の記事でも書きました。
ときめきの下で、本当に見えなくなっていたもの
この記事の最初では、
恋愛に夢中になると、
睡眠。
勉強。
仕事。
趣味。
友人との時間。
自分のための時間。
そういうものが後ろに押しやられる、という話をしました。
もちろん、それもあります。
でも、
ときめきの下で見えにくくなるものは、
それだけではないのかもしれません。
好きな人ばかり見ているうちに、
自分の価値まで、相手のところにあるように見えてしまうことがあります。
恋心が奪ったわけではありません。
相手が持っていったわけでもない。
ただ、
ずっと相手のほうばかり見ていたから、
自分が見えにくくなっていた。
それだけなのかもしれません。
欲しいものは、もう手に握っているのかもしれない
誰かを好きになるのは、素敵なことだと思います。
会いたいと思っていい。
振り向いてほしいと思っていい。
愛してほしいと思っていい。
大切な人に抱きしめられて、
どうしていいかわからないくらい嬉しくなってもいい。
恋を追いかけてもいい。
でも、
好きな人を追いかけることと、
自分の価値を追いかけることは違います。
もし、
「愛されたら、自分の価値が手に入る」
と思っているのなら、
一度だけ立ち止まってみてもいいかもしれません。
遠くにあると思っていた。
好きな人の向こう側にあると思っていた。
相手に選ばれたとき、
ようやく手に入るものだと思っていた。
でも、
よく見てみる。
もしかすると、
欲しかったものは、
もう自分の手の中にあるのかもしれません。
追いかけて手に入れるものではなく、
ずっと握っていたことに気づくもの。
「ああ、ここにあったんだ」
と、
あとから見つけるようなものなのかもしれません。
恋は追いかけてもいい。価値は追いかけなくていい
好きな人ができると、
恋愛が特別に大きく見えることがあります。
そのとき、
本当に最優先だから大きく見えているのか。
それとも、
感情がいちばん強いから大きく見えているのか。
一度だけ、物差しで見てみる。
恋愛を切り捨てるためではありません。
自分の人生の中に、
恋愛以外のものももう一度戻すためです。
仕事。
勉強。
睡眠。
趣味。
友人。
将来。
そして、自分自身。
全部を見たうえで、
それでも今日は恋愛を選びたいなら、
それも一つの選択です。
そのうえで、
もう一つだけ。
私はこの人に、
何を求めているんだろう。
愛情なら、その恋を追いかけてもいい。
一緒にいたいなら、そう願っていい。
でも、
「この人に選ばれれば、自分の価値が手に入る」
というものまで重なっていたなら、
そこだけは分けてみる。
恋は追いかけてもいい。
でも、自分の価値は追いかけなくていい。
誰かの向こう側にあると思っていたものは、
もしかすると、
握りしめていた手をそっとひらけば見つけられるのかもしれません。
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