「コキーユ」に導かれる時間旅行|神戸屋のレストランで立ち上った、古き良き洋食店の原風景
◾️神戸屋のレストランで始まった時間旅行
歴史と文化をこよなく愛する
ちゃんとしてない系教養ママのharukaです。
昨日は製パン会社「神戸屋」が手掛ける
ベーカリーレストランで
晩御飯をいただいてきたんですが

洋食屋さんって感じの盛り付けが嬉しい
そこで夫が食べていた
ハンバーグのセットで……

「ハンバーグステーキ&海老グラタン」
2枚目の写真の右側にある
貝殻の形をしたお皿――
コキーユ皿を目にした瞬間
記憶と歴史の電流が
体の中を駆け巡りました。
(大袈裟や)

熱海の老舗西洋料理店
「レストラン・スコット」。
そこで出会った
「コキュール」なる「西洋料理」。
さらに、そこから連なる
洋食の歴史の物語と
他のメニューに比べて
どこか光が当たりにくい
「コキーユ」の控えめな哀愁まで……
夫と4歳娘が
神戸屋自慢の食べ放題のパンに
がっついている間に
私の脳内は明治・大正期の
洋食のロマンに思いを馳せていました。

10種類以上あった気がする
◾️「コキーユ」とは? 「貝殻」「器」そして「料理」
「コキーユ」はフランス語で
「貝殻」(coquille)を意味します。
そこから転じて、貝殻型の器を指し

オンライン食器店の販売ページより
さらにはその手の器や、本物の貝殻に
ソースを絡めて供される
温かい料理までも含めて
呼ばれるようになりました。

フランス語版『マリー・クレール』のレシピ記事より
本物の貝殻
また貝殻型の食器というだけで
小洒落た雰囲気が漂います。
それまでもなんとなく
見かけたり食べたりした気が
あるような気はするんですが
先述の熱海の西洋料理店で
「コキュール」という名で
供されているのを見て以来
私はこの料理のファンになりました。
なのに、なかなかお目にかかれません。
というか昨夕、夫が
「これ食べへん?」と差し出してくれた
この貝殻の皿を見るまで
「コキーユ」の存在自体
忘れていました。
(忘れてたんかい!)
それくらい
コキーユってなんだか
日常生活であまり見なくないですか。
なんでこんなに
存在感が薄いんでしょうか。
◾️私が初めて出会った「コキーユ」〜熱海の「レストラン・スコット」〜
▶︎「レストラン・スコット」と、保養地・熱海の歴史
私が初めて
「コキーユ」という料理に出会ったのは
静岡県熱海市の老舗レストラン
「レストラン・スコット」でした。

レストラン・スコット

老舗ならではの店内の雰囲気
戦後間もない1946年(昭和21年)に
創業した老舗の西洋料理店。
志賀直哉や谷崎潤一郎などの
文豪に愛された店としても知られています。

Wikipediaより

(1886-1965)
Wikipediaより
熱海という街もまた
独特の歴史を持つ土地柄。
温暖な気候と温泉に
小説『金色夜叉』の舞台。
皇族が過ごした御用邸。
(大正天皇の保養のため建てられました)
鉄道開通や新幹線開通を機に
一般人もアクセスしやすくなり
熱海は「東京の奥座敷」として
昭和の初期には
旅館や別荘が急増した
人気リゾートとなりました。

入水自殺前の太宰も立ち寄りました


志賀直哉や谷崎潤一郎が
熱海で執筆活動を行っていたのも
そうした背景があってのことでしょう。
自然と、熱海には
都会の洗練された文化と
繊細な舌を持つ人々が集い
その土壌の中で
「レストラン・スコット」は産声をあげます。
▶︎「レストラン・スコット」の歴史
「レストラン・スコット」は
昭和21年(1946年)に創業しました。
当時はまだ洋食自体が珍しく
さらに戦後の混乱期で
食材の安定供給も難しかったと
言われています。
それでも「レストラン・スコット」は
その日手に入る材料を見極めて
せっせと西洋料理を拵えたといいます。
当時の店長は博識で
洋食屋という珍しさとも相まって
「レストラン・スコット」は
文豪たちに愛され、育てられたといいます。
現在の「レストラン・スコット」の店長は
初代から数えて3代目にあたり
今も厨房に立っているそうです。

デミグラスソースがかかったタンシチュー(3,850円)
志賀直哉のお気に入りはビーフシチューだったらしい

▶︎「レストラン・スコット」の「コキュール」
と、前置きが長くなりましたが
「レストラン・スコット」では
コキーユは「コキュール」として
メニュー表に存在します。

たまたま研究者時代に
フランスの芸術に触れていたことから
「coquille」(コキーユ)という単語を
知っていた私。
「いったいどんな料理だろう?」
と気になって、追加注文して
出てきた一品がこちらでした。
現在「レストラン・スコット」では
「アワビのコキュール」と
「小海老のコキュール」と
2種類の「コキュール」が
アラカルトで提供されています。
そういえば「レストラン・スコット」で
いただいて以来
「コキュール」も「コキーユ」も
「コキール」も
しばらく料理名としては
見ていない気がします。
それくらいコキーユは
どうにも忘れ去られているような
そんなポジションにある気がします。
◾️コキーユ、コキュール、コキール…いつから日本にあったのか? 現在の認知度は?
▶︎コキーユはいつから日本にあったのか
「コキーユ」「コキール」「コキュール」
――呼び名すら揺れるこの料理。
「オムレツ」「ハンバーグ」「シチュー」
といった「洋食の定番」に比べると
どうにも影が薄い。
(私も忘れてたくらいだしな!)
コキーユ自体は
フランスのビストロの定番料理だそうですが
日本にいつ頃から
存在していたのでしょうか?
軽くリサーチしてみたところ
最も古い記録は
昭和3年(1928年)
雑誌『主婦之友』12月号に
「コキール」という料理名が
調理法とともに紹介されていたことが
阿部典子の論文(1999, p20)から伺えます。
(ただし和洋折衷レシピで鶏肉料理として)
昭和11年(1936年)には
名古屋のアラスカという店で
古川ロッパが白身魚の「コキール」を
食べた記録が日記に残っています。
また、戦後の昭和27年(1952年)の
『主婦の友』の付録のレシピにも
今度は貝料理のレシピとして
「平貝のコキール」が登場。
こうしてみると
大正後期〜昭和初期くらいには
「コキール」という名前の
料理の存在していたんじゃないかと
推測されます。
この今にも消え入りそうな
「コキーユ」「コキール」
「コキュール」という料理名を
老舗の西洋料理店が
令和になってもメニュー表に
使い続けている、という事実。
日本に洋食が定着し始めた頃の
「憧れのオシャレな料理」の
名残を感じさせて
感じ入るものがあります
▶︎現在の「コキーユ」の認知度は?
さて、現代において
実際のところ「コキーユ」は
どの程度の存在感を放っているのか?
一般人の感覚からすると
やはり大半が「なにそれ?」
ではないでしょうか🥹
検索してみると
「コキーユ・サン・ジャック」という
より本場に近い、本格的な名前で見つかったり
あるいは「ホタテ貝のグラタン」という
一般に馴染みやすい説明に
置き換えられていたりします。
見栄えのよさから
「クリスマスの一皿に!」
と紹介されることもありますし
フランスやカナダに滞在経験のある方が
懐かしさを込めて
レシピに残している例も見かけます。
それでも「コキーユ」「コキール」
「コキュール」という
言葉そのものの知名度は低く
どこか表舞台に立ちにくい。
「本格派」「昔ながらの」
といったプライドを背負った洋食屋さんで
あるいは「洋食の歴史」の片隅で
静かに息を潜めているような
そんな哀愁を
勝手に感じてしまいます。
◾️それでも生き残っていてほしい「コキーユ」
だからこそ昨夜、豊中の神戸屋で
「西洋料理店」という現場で
あの貝殻の皿が使われていたことに
思わずキュンとしてしまったのでした。
おそらく、「貝殻のお皿」
みたいなネーミングで
「コキーユ皿」「コキール皿」は
いろんな家庭でひっそりと
眠っているかもしれません。
「コキーユ」「コキール」
「コキュール」という料理が
日本のいつの時代に
どれほどもてはやされ
どんな場で「ごちそう」として
扱われてきたのか。
流石にネットの情報だけでは
知る由もありませんが
「西洋料理店」に「貝殻の器」が
ちんと座しているだけで
私はコキーユにまつわる
ちょっぴり歴史の哀愁を
勝手に感じてしまうのでした。
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元・研究者ならではの視点から
ライトな教養エッセイや
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