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65で実社会に再ログインしてみて感じたこと。

定年後、まさか自分が再び職場に立つとは思っていませんでした。いわば「社会に再ログイン」です。

二段階認証もパスワードもなし。
体力だけで「生体認証」されてしまった。


■ スマホはもはや“外付けボディパーツ”



久しぶりの現場でまず再認識させられたのは、若い人たちにとってスマホが「体の一部」どころか、標準装備のようなものだということです。

第二の手。いや、もしかすると分身かもしれませんね。

休憩中も、連絡も、調べ物も、すべてがその中で完結している。

私たちの頃は、わからないことがあれば人に聞き、時には間違え、ついでに怒られて覚えたものですが、今は検索すれば一瞬で正解が出ます。

便利。ものすごく便利なのだけど..。


■ デジタル世代の、もう一つの顔



一方で、デジタル世代のはずの彼らの「ある姿」に少し違和感を感じました。

スマホのフリック入力は目にも止まらぬ速さでこなす彼らが、いざPCの前に座ると、指が急に慎重になる。

どうやら彼らにとって、スマホとPCは「似て非なる生き物」のようです。

パネル(スマホ)は叩くものであっても、ボタン(キーボード)は押すものではないのか?。


■ 白紙の前で止まる時間


さらに意外だったのは、文章や資料を「白紙から作る」時に急に静かになることです。

AIに条件を打ち込めば一瞬で答えが出てくる時代。その便利さに慣れすぎたせいか、真っ白な画面を前に自分の言葉を紡ぐのに苦労しているように見えます。

料理に例えるなら、出来合いのレトルトを上手に盛り付けるのは得意。けれど、素材を吟味して出汁を取るところから始めるとなると、途端に包丁が止まってしまう――そんなもどかしさを感じてしまう。


■ 頼もしさと、少しの寂しさ



もちろん、吸収が早くて頼もしい若者もたくさんいます。

こちらが説明している途中で理解してしまう。
ありがたい反面、ちょっとだけ寂しい。こちらの「語り」が不要になってしまうので。


■ 失敗から学んできた世代として



また、失敗を避けることに慣れているのか、最初の一歩を慎重に選びすぎる人も見かけます。
問いには簡素に応えるのに、自分から話しかけるのは少し苦手そうで、チャットには強いが雑談には慎重。

私たちの世代は、とりあえずやってみて、だいたい失敗して、そこから覚えるという、ずいぶん乱暴な学習方法でした。これも時代の育ち方の違いなのでしょうね。


■ OSが違うだけの話かもしれない



効率を重んじる彼らと、遠回りや失敗の中で泥臭く積み上げてきた私たち。
どちらが正しいというわけではなく、ただ「OSのバージョン」が違うだけなのでしょう。


■ 発酵済みの経験を、職場のスパイスに



私のなかで時間をかけて積み上げてきた経験や、自分の頭でひねり出す言葉が、このデジタルな職場のスパイスになれたらいい。

スピードの時代に、少し時間のかかる人間が混ざって働く。案外、こういうバランスも悪くないのかもしれません。

そんなことを考えながら、今日も強制終了せず、現場という名のフィールドに立ち続けています。




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