季節の変わり目に
はじめましての人も、前から知ってる方も、ごきげんよう。
岡埜 由木古です。
洗濯物を干しながらの母の鼻歌は、歌詞がうろ覚えだったもので、
高田みづえ『秋冬』
だった事を約30年後に知りました。
2026年8月7日
丙午水無月二十五日
(文字数:約1300文字)
いや。もちろん暑いよ。
暑いが根底にあっての大前提だよ。
涼しくなった、なんて事は無いよ。
それでもね。
年中毎週お掃除おばちゃんとして働いていればだよ。
ほんのちょっとだけれども、
本当にささやかな差分でしかないけれども、
大暑の週を過ぎたならわずかながらマシに感じる。
マシ、程度ではあるけれども確実にマシ。
露命を繋げる感覚がほんのちょっとずつだけれど増す。
風とも気温とも言い難い、ほんのわずかな息のしやすさ。
そこを感じ取れるかどうかが、絶望し切らずに済む別れ道。
大暑辺りの頃は、
「これがまだ八月まで続くの?」
なんて嘆きを、人に会うごとに耳にしたものだけれど、私は内心、
「ここがピークだ」
とほくそ笑んでいたわけだ。
まぁ年中毎週アパートとアパート前の街路掃除やってなきゃ感じ取る必要も無いとは思うけどな?
とは言え我が家の菩提寺である和歌山県、地蔵寺の御住職は、関西お盆は8月なもので、8月になると1日から16日までの毎日お忙しいので、お会いしようものなら自然と頭を垂れますわ。
そうです。お盆なんですよね。
おやおや。この記事冒頭の旧暦をご覧ください。
まだ水無月(六月)ですよ。
そうなんです。
旧暦の7月13日から15日、という事は、
本当の本来を言えば今年は、8月25日から27日なんです。
ついでに申し上げますと皆さん、
本当の本来の七夕は、今年は8月19日です。
何も容赦無くクソ暑い中を、80歳を超えた御住職に、紗(シースルー)とは言え黒衣着させて、集落中の家々回らせんでもええやろと思うのです。
伝統なんざまだまだ発展途上です。
ところで毎年8月1日に行われる行事、施餓鬼供養に、ワタクシ今年は夫婦で行って参りました。
日時が決まっておるので都合によっては行けない年もございますので。
菩提寺が「地蔵寺」という事で、もちろん御本尊もお地蔵様なもので、
お地蔵様はこの世のありとあらゆる場所、なんと地獄にまで赴いて、衆生をお救いくださるということで、
先祖や故人はもちろん、地域をさまよう身寄りの無い全ての魂にもお集まり頂いて、ごはん食べてもらうという、幼少期に家が貧しかったわけでもなく単純に「忘れてた」という理由で、ちょいちょいごはんを食わせてもらえなかった私には、涙せずにいられないイベント。
食い物の恨みは本気で恐ろしいから。
生涯どころかおそらく没後も忘れないから侮るな。
帰り道にちょうど紀の川市で行われていた、花火大会後の渋滞に巻き込まれて、それは往生しましたけども。
8月5日早朝4寺頃:
近所では今年初めて秋の虫の音を聞きました。
以上です。
ここまでを読んで下さり有難うございます。
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