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「褒める前の前裁き」の先があった。「後裁き」で学級と家庭がつながる循環

(※ 読者の方から、さらにいただいたこちらのコメント がきっかけで、今回の記事を書きました。)

🤝 「褒める前の前裁き」の先にあるもの

「削った鉛筆を5本持ってくる」というシンプルな決まり。

何度も注意して、できた子には「すごいね!」「えらいね!」と声をかける。だけど、どこか自分の言葉が空々しく聞こえる瞬間がありました。まるで会話の接続詞みたいに、とりあえず挟み込んでいるだけの褒め言葉。言っている自分もどこか冷めていて、子どもたちにもその不自然さはすぐに見抜かれているような気がしていたんです。

そんなときに教えてもらったのが「前裁き(まえさばき)」という考え方でした。

言葉で追いかけるのをやめて、朝の会で「筆箱オープン」の時間を1分だけ作ってみる。お隣同士で確認し合って、予備の鉛筆も用意しておく。授業中に芯が折れても無言で貸し出し、帰りに戻させる。

そうやって失敗しようのない環境(仕組み)を静かに置いておくだけで、大げさな褒め言葉も冷ややかな注意もいらなくなる。ただ起きた事実を「よし、準備完了」と認めるだけでいいんだと、すーっと肩の荷が下りる感覚がありました。

これで自分の中の指導のモヤモヤはすっきり整理できた……そう思って前裁きの話を記事に書いたところ、読者の方からハッとさせられるコメントをいただいたんです。

「前裁き書いてもらってますね。子どもの良い姿を指導者が演出することですよね。後裁きもありますよ。それは褒めた子どもの姿を教職員や保護者で共有することです」

「後裁き」という言葉を目にしたとき、頭の中でバラバラだったピースが一気にガチャンと繋がる感覚がありました。

🔄 担任ひとりで「褒める」を完結させない仕組み

学校から保護者への連絡って、どうしても「トラブルが起きたとき」や「何か良くないことがあったとき」になりがちですよね。

受話器を取る手も少し重くなるし、電話を受ける保護者の方もどこか身構えてしまう雰囲気がある。本当は良いこともたくさん伝えたいと思っているのに、日々の忙しさに流されて、気がつけば後回しになってしまう。そんな後ろめさのようなものを、ずっとどこかに抱えていました。

でも、この「後裁き」という視点をもらって、自分の認識がガラリと変わりました。

家庭や他の先生に子どもの良い姿を伝えるのは、単なる「配慮」や「心構え」ではなく、前裁きとセットで回す大切な「仕組み」なんだと腑に落ちたからです。

たとえば、前裁きによって「朝の準備がスムーズにできた」という事実が生まれたとします。

それを担任がその場で「OK」と認める(前裁きの完了)。ここまでは一対一の点でのやりとりです。

でも、その事実を学年ミーティングで「今日〇〇さん、朝の準備が完璧だったんですよ」と一言シェアしておく。すると、休み時間に廊下ですれ違った別の先生が「〇〇さん、朝の準備バッチリなんだって?」と声をかけてくれる。

さらに夕方、別の用事で連絡するついでに「そういえば今日、朝の準備がとてもスムーズで素敵でしたよ」と保護者に一言添える。

子どもからすれば、担任に認められ、別の先生にも声をかけられ、家に帰れば親からも「先生から聞いちゃった」と笑顔で迎えられる。

大げさに褒めちぎらなくても、事実を淡々と「共有」していくだけで、子どもの周りに承認の多重構造が勝手に出来上がっていくんですよね。

💡 心構えではなく、日常にそっと置く動線

私自身、これまで「良いことも伝えなきゃ」と頭では分かりつつも、どうしても気合や感情に頼ろうとしていました。だから長続きしなかったり、余裕がない日は忘れてしまったりしていたんです。

前裁きと同じで、後裁きも「気合」ではなく「動線」として置いておくだけでいいのかもしれません。

わざわざ時間を取って電話をかけるとなるとハードルが上がりますが、ネガティブな連絡をする際に必ず「プラス1」で良い姿を1言添えて終えるルールにしてみる。

連絡帳やメモ用紙の定位置に、サッと一筆書ける短文メモを置いておく。

学年の終礼の最後に、1分だけ「今日見つけた子どものナイスな姿」を言い合って終わる。

大げさなイベントにするのではなく、日常の隙間にスッと挟み込めるような小さな仕掛けにしておく。それだけで、担任一人で子どもを抱え込まずに、学校全体やご家庭と一緒に子どもを包み込んでいくような温かい循環が回り始める気がします。

🌿 言葉で縛らず、仕組みで包み込む

振り返ってみると、私がずっと苦しかったのは「自分の言葉だけで子どもを導こう、コントロールしよう」としていたからなんだと思います。

言葉で追いつめようとするから、注意が増える。 言葉で動かそうとするから、白々しい褒め言葉が増える。

でも、本当に必要なのは言葉を尽くすことではなくて、失敗しない「前裁き」を静かに置いておくこと。そして、そこで生まれた小さな芽を、他の先生やご家庭と一緒に「後裁き」で育てていくことでした。

言葉で無理にコントロールしようとするのを手放すと、教師も子どももすごく楽になります。

命に関わることや、人として譲れない数点だけを軸として残し、あとは静かに仕組みを置いて淡々と回していく。起きている事実をただ承認し、周りの大人と「良かったね」と共有する。

夏休みが明けたら、まずは朝の小さな「前裁き」から挑戦してみようと思います。

朝の筆箱チェックを1分間、仕組みとして静かに置いてみる。そして、そこで生まれた小さな「できた」を、連絡帳や短い会話に乗せてご家庭や校内の先生方へ届けていく「後裁き」の仕掛けを試してみたい。

こうして発信をしながら、読者の方とのやり取りの中で自分の知識がさらに深まり、思考がクリアになっていく感覚が本当にありがたく、心地よい充実感で満たされています。一人で考えていたら届かなかったこの「後裁き」という温かい循環を学べたことが、今から楽しみでなりません。

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