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奥飛騨 福地温泉 郷士・豪農を偲ぶ山里の庵 その2 ~「草円」 歴泊記 2026.4.27-28 ~「文化財に泊まりたい。」ファイルNo.20

 奥飛騨の歴宿(文化財の宿)を巡る二泊三日の一人旅。一泊目の歴宿は「草円」。文化財棟の「煙香庵(えんこうあん)」には式台があり、一般の古民家とは一線を画するお屋敷。チェックインして貸切風呂を満喫したところまでが前話⇩。今回はその続き。 

 この宿の風呂は大きく分けて3つ。「大浴場(男女別)」と「森の湯(釜湯と岩湯の二つの湯屋を時間で男女入れ替え)」。そしてさっき入った「貸切風呂(二室)」だ。

 もちろん完湯目指してる。ってことで次は「森の湯」に入ろうかな。「森の湯」は宿を通り抜けた先にあるようだ。宿周辺の探索を兼ねパシャリしながら向かう。

貸切風呂側から宿の方をパシャリ
左の小屋は喫煙所になっている 
右は土蔵   
小屋(喫煙所)の入り口 
 中はこんな感じ 
 小屋を出て駐車場側へ坂をちょっと下る
(道脇から煙香庵を撮ったけど何が何だか)   
ここは駐車場から宿へ向かうアプローチ
この先は石段になっている
建物は「草庵」 2階が客室
 アプローチの石段を上りながら
「煙香庵」をパシャリ
まだ判別不能
ここまで来れば建物だと分かる
   玄関前に到着
「いちい」の部屋側   
反対側を向くとこんな感じ 
 玄関から入って右側にフロント 
 その先の左右に囲炉裏の部屋がある 
こちらは右側(フロント横)の囲炉裏部屋  
玄関から正面奥へ進み
突き当りを右に折れると「木庵」に続く 
右側の囲炉裏の部屋を回り込む感じ
(左側の囲炉裏部屋は後ほど)
 ここから先が「木庵」   
竈がある 
ここで炊いたご飯を食べられるのかも

 木庵の建物は新潟から元豪農の古民家を移築したのだそう。1階が食事場所になっている。あとのお楽しみ。

   この先を左へ 
 ガラス戸を抜けると「森の湯」と
「大浴場」の案内が出ている 
さらにガラス戸
ここの戸は自動開閉
写真ないけど、この先にガラス戸(手動)がもう一つ
最後の手動の戸を開けると屋外へ

 まっすぐ階段を上って渡り廊下を行くと「大浴場」。
 案内に従い「森の湯」(右の小径)へ向かう。

見えているのは「大浴場」。
こっちからも行けるみたいだ。 
 「森の湯」へは左に旋回して渡り廊下の下をくぐる。
この先は屋根がなく、道も舗装されていない。
荒天の時は利用不可になることもあるらしい
   結構離れている   
ズンズン、ズンズン 
 分かれ道

 「森の湯」は「釜湯」と「岩湯」、二つある。時間帯で男女別。今入れるのは殿様の絵の「釜湯」(右)だ。 

  雰囲気ある小屋 

 親子っぽい先客が2人いたけど、ちょうど出るところだった。ヤッターっ!独泉‼

 ちなみに、気さくな方で、問わずとも湯加減などを説明してくれた。我も貸切風呂の温熱相互浴のスバラシさを説明して情報をギブ&テイク 。

なるほど、確かに釜だ。
小さいのを想像してたけど 結構デカイ!
 4,5人入れそう 

  川の流れを眺めながらノンビリ浸かれる。雨上がりで増水してるから、清流ではなかったけどね。っていうか、むしろ轟音&濁流の大自然を感じるシチュエーション。負けじと大声で歌ってもかき消されるくらいだ。 

 一応、濁流&轟音の釜湯動画撮ってみた⇩。    

以上、「森の湯 釜湯」

 自然の中で咆哮したおかげで、変にテンションが上がって絶好チョー。釜湯を出て小径を戻る。部屋に戻る前に「大浴場」を覗いてみる。

あれっ! 狭ッ‼ 浴槽ってコレ⁉  
そんなわけはなく、隣に広い浴槽 
しかも イイ感じの露天(半露天)

  今なら独泉できるみたいだけど、今日はもう十分な気分。明日の朝「森の湯 岩湯」とこの「大浴場」へ入れば完湯できるからね。 

  とりあえず「煙香庵」に戻る。折角ポカポカなので玄関から表に出て屋外を散策(探索)することにする。

 この写真⇧は煙香庵の奥から玄関側を臨む
玄関から公道まで出て、
正面の門を振り返る。
右は喫煙所の小屋 
 門をくぐって玄関前へ戻る
右手の土蔵脇から「木庵」を臨む 
外観は古民家って感じはしない
こっちは 「煙香庵」 
   奥にある戸は窓というより出入口っぽい
っていうことは、あの板が「式台」なのかな⁉
近くで見たほうがいいな
 躙り口みたいな玄関
入ってすぐを左に進む
 「いちい」の部屋の前
右にチラリと見えてるのは
フロント向かいの囲炉裏部屋 
フロント側から見るとこんな感じ
お土産コーナーもある
   では「いちい」の部屋に入る  
まず玄関

 ここにもいわゆる式台(畳の前の板の間)があるけど、これは今風(屋内)の式台。

 文化財の要素になっている「式台」は屋外に設えられているハズ。 ということで、さっき玄関先から見た戸を開けてみる。

 雪駄に履き替えて外に出てジックリ観察。

 幅がちょっと狭いけど、やっぱコレなのかな。手前に籠を乗せるための踏石もあるし、正に式台の体裁をしている。夕食の時、教えてもらえるのが楽しみだ 。

 ちなみに外の台(式台⁉)と今の玄関の式台⇧を比べると高さはほぼ同じ。畳敷きは一段上になっている。 

玄関を上がって踏込み(2畳)へ

 なしくずし的に部屋の鑑賞会に突入。

 踏込みから次の間、その奥が本間 
まずは次の間をジックリ
次の間から踏込み側 
左の襖はクローゼット 
次の間から見た欄間 
透かし彫り 
意匠は松と旅人(多分) 
次の間の広縁・障子 
次の間と踏込み 
次の間の棚
テレビが存在を主張しなくてイイ 
  今度は本間から見た欄間
次の間の裏側ってことだけどね
本間の座敷飾り 
床の間の照明しか点けてないのでちょっと暗いけど
かなり「真」に近い格式
付け書院が「床の間」の手前になってるけどね
照明落としてるゆえに障子がキレイ 
  細い竹と蔓の組み合わせの装飾
何ていうのかは知らない
  広縁 本間側から見るとこんな感じ 
奥に洗面とトイレがある
次の間側から
ロッキングチェアと丸いお座布   

 広縁の床が温かく感じたので、後から「床暖房?」って聞いてみたけど違うそう。とにかく床が何故か温かいので、このお座布を枕にして寝そべると気持ちイイ(嬉)

  トイレ  よし!
洗面 よし!

 これで一通り「いちい」の間の鑑賞完了。移築前の造作からは手が入っているのだろうけど、さすが普通の古民家に比べると格の違いがでている。思わず顔もほころぶ。

 満足してニヤケながら部屋全体の雰囲気をもう一度。

 

     なるほど、イイ座敷。ということで、今日の二本目。

やっぱりヤッホー YonaYona
 この広縁で、この天井眺めてのビールはサイコー 
 窓を開けるとこんな感じ
ちょっと外に出たいけど履物がない。
玄関の雪駄を取りに行く  
    ついでに玄関の窓も開けてみる 
窓のすぐそばに大きな木
これが「いちいの木」
「いちい」の部屋はこれに因んだってことだね

 ちょっと脱線するけど、「いちいの木」は名前が「一位」ってこともあるけど、いろいろ縁起のイイ木なのだそう。

 我もよく知らないので note のAIアシスタントに「いちいの木について書きだして」ってお願いしたら、こんな⇩文章にしてくれた。

 ものの数秒でこの文章ってやっぱスゴイねー(驚)。我の書く「なんちゃって文章」とちがって正統派だ(笑)。


「いちいの木」に関する記述を整理し、その特徴や縁起、部屋の名前の由来についてまとめた文章を作成しました。

 「いちいの間」から外へ出ると、すぐそばに大きな木が立っています。これが部屋の名前の由来にもなっている「いちいの木」です。

 この木は、その名が「一位」に通じることから、古来より非常に縁起の良い木として尊ばれてきました。かつて天皇即位の際に、この木で作られた「笏(しゃく)」を献上したことから、正一位の位を授かったという言い伝えもあり、勝負事や出世を願う人にとっても縁起物とされています。

 また、飛騨地方の伝統工芸である「一位一刀彫」の材料としても有名です。厳しい寒さを耐え抜いて育つため、木目が非常に細かく、年月を経るごとに美しい飴色へと変化していくのが特徴です。

 窓を開けると目の前に現れるその堂々とした佇まいは、まさにこの宿の歴史と格式を見守っているかのようです。

以上 note  AIアシスタント

  話を戻す。玄関の雪駄をもって広縁へ引き返す。

 外へ出てみたけど  歩き回れる感じではない  
軒下を往復して終わり(笑)

 ビールを飲みつつ、ちょっと口寂しく感じる。そういえば女将さんが「この中⇩にお茶うけが入ってますのでどうぞ」と言っていた。

   どれどれと引き寄せる
お箸を上に抜くと小鉢が引き出せる
   オーっ!  甘いのとショッパイのが出てきた(嬉) 

 しばしボケー 。夕食は18時回ったら「木庵」に来てくださいって言われている。念のためアラーム設定。

 ウトウトしていたようでアラームかけておいてよかった。布団はご飯食べている間に敷いてくれるそう。

出掛けに踏込みからパシャリ
 部屋を出てフロント前へ  夜の雰囲気   
フロント横の囲炉裏の部屋
こっちはフロントの向かいの囲炉裏の部屋
何故かステンドガラスもある
この時間が一番キレイと説明されたような記憶
  黒光りの天井
格子もキレイ
   ちょっとだけ外へ出てみる
   中は薄暗いけど、外はまだ明るい 
  さすがにすぐに中に戻る
  これはフロント横の囲炉裏部屋を反対側からみた図
まさに「コレっ!」っていう感じ
お座布はクマかな 
雰囲気あるねー
木庵の食事処に到着 

  仲居さんに案内されてボッチ席へ。囲炉裏端で食べられると聞いてはいたがこういう囲炉裏なんだね。初めてかも(嬉)。 

        お酒たくさんあって迷う   
一杯目は「氷室」 

  囲炉裏で焼いたアユの食べ散らかしもパシャリしたけど、とても見せられる代物ではないので削除(笑)。
 我の「歴泊記」では撮った写真はほぼ全部掲載してるけど、さすがにネ。

その後は お待ちしてました お肉    
でも二切れ⁉ 
もうちょっとほしいけど、ほかにもあるからね 
これは囲炉裏の櫛の味噌のヤツ
 ちょっとポッチャリの 五平餅 
二杯目は「山車(さんしゃ)」 
囲炉裏の鉄板は二口で終わってしまった
これは天ぷら 完食の図 
  焼酎ロック
終盤 竈炊きごはん登場
お品書きには「羽釜炊き」って書いてある
羽釜っていうのは竈専用の釜のことらしい

 ところで夕食の時にご主人から話を聞くのはどうなったのか。もちろん話を聞けたのだが、どの料理のタイミングだったか分からなくなったので、ここで挿入、ご披露する次第。

 実は食事の途中に宿の主人が各テーブルにあいさつ回りをしているのだ。次第に我のテーブルに近づいてくる。この宿の簡単な紹介など会話の内容も聞こえてくる。
 
 いよいよ我のテーブルへ。まずは今回のワガママ予約を受けてくれた謝辞と我の文化財行脚の趣味のこと。そして主題の「煙香庵」の移築の経緯や旧二村家と式台について質疑応答だ。
 
 ご主人はオタクで酔っ払いのメンドクサイ質問に気さくに答えてくれた。話をまとめると次のような感じだ。
 
 今から20数年前、旧清見村大原(現高山市清見町)に格式ある古民家(二村家)があるのを知り、家を訪ねた。

 家には年配のご婦人が一人で、建物の管理に難儀している様子。話を伺ったところ、相続する者もおらず、由緒ある建物ゆえ、いずれ村に寄付したいが、村に受け取ってもらえなければ取り壊さざるを得ないことを憂えていた。
 
 そこで、ご主人から、旅館の建物として移築して再利用させてくれないか提案したんだそう。

 ご婦人は、このまま朽ちていくのではなく、旅館として多くの方に利用してもらえるなら、願ったり叶ったりということで、譲り受ける話がまとまったということだ。
 
 ちなみに二村家というのは武士(郷士)の身分だったそう。そんな家柄であるなら、ご婦人にとっては猶のこと昔が偲ばれる、さぞや思い入れのあるお屋敷なのであろう。

 式台については、我の見込み通り「いちいの間」の玄関窓外の台がソレだった。あの外の式台からの入口(今の「いちい」の間の玄関タタキ)は移築前は全面が畳敷だったそうだ。

 なるほどね。当時の式台から「取次の間(今の踏込み)」、その奥の座敷(今の「次の間」と「本間」)へ続くイメージが掴めてきた。

 そうだったのか。文化財DBによるとこの「煙香庵」は天保9年(1838)の築。今から200年近く前の建築。内外ともそれなりにお化粧直ししてるのは分かっていたけど、床もかなり改装したってことなんだね。分かりにくいハズだ。

 古いものを使い続けるには傷んだところを補強・改修するは必須。でも、あの外の式台と踏石は放置状態になっちゃてるのは実にモッタイナイ。もっと見せた方がイイ気がするけど、まぁ、外野のジジイの戯言だ。

 仕上げの デザート 
完食 満腹 

 ご主人から貴重な話を伺い、疑問も解消して大満足の夕食だった。「ごちそうさまでした」

 腹ごなしに夜の散策に行こうと思ったけど、今回はなぜかここ⇩で踵を返した。ご主人の話に満足しすぎたのかも(笑)。

なんと夜景のパシャリはコレッキリ
部屋に戻ったら布団が敷いてくれてあった
紺の掛布がこの部屋の格式にマッチ
我の身分もちょっと高くなった⁉
    布団 激写してしまった
  ついでに目についた襖の手掛けも連写
  意匠 いろいろ 
色も
いろいろ

     早いけど、眠くなってきたので今日はここまで
「おやすみなさい」 

その3につづく

 ※画像の引用は本文に記載の通り
その他の画像は滞在時に撮影


 
 

 
 


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