大阪 天見温泉 その1 ~「迷い道クネクネ♬ 往路の寄り道 富田林寺内町散策」 ~ 辰野金吾設計の宿「南天苑」歴泊記 2026.2.19-20 ~「文化財に泊まりたい。」ファイルNo.16
今回の旅は歴宿(歴史的建造物・文化財の宿)の2連泊を決行。一泊目は大阪の天見温泉「南天苑」。二泊目は岐阜養老の「千歳楼」。


昨年は高野山に行った時も2連泊したが、やはりそれなりの長距離遠征だと連泊するのが何かと合理的だ。一泊だと労力も交通費も勿体ないからね。
加えて歴宿は全国に沢山あって、新しく登録されるところもある。月1で一つの歴宿ペースだと制覇はいつになるか分からない。終わらないかも。よって、今後は連泊する機会を増やす予定。
そんなわけで、連泊した場合は歴宿ごとに日記を分けることにする。歴宿の数のカウントとか、その方がわかりやすいしね。
今回(ファイルNo.16)の歴泊記では「南天苑」。「千歳楼」については No.17 で記すことにする。
では、まず「南天苑」から。

文化財データベースによると設計は辰野片岡事務所になっている。そう、建築オタクには垂涎の東京駅や日銀本店などを設計した、あの辰野金吾が設計した建物なのだ。
この「南天苑」はもともとこの天見温泉の地にあったのではなく、移築されたものであるが、その経緯が興味深い。この話は後ほど(その2で)詳しく記したい。
さて、静岡から南天苑まではグーグルマップによると、距離340km、所要時間は5時間弱。昼休憩などを含めて6時間強といったところ。
なかなかの距離である。宿への直行も考えたが、何かの記事で富田林の寺内町(じないまち)のことを知った。寺内町は「重要伝統的建造物群保存地区」になっていて面白そう。しかも観光地化されてないらしくて、そこもまた良さげ。
静岡から富田林までは最速で4時間強。そこから南天苑へは40分くらいの距離だから、トータルの運転時間はほぼ同じだ。ってことで、寄り道してから宿に向かうことに決定。

本当は水色のルートで行く予定が
青のルートになってしまった。
高速代が結構違うことに
後から気付いたけど遅かりし
(トホホ)
さて、当日。天気は快晴。早起きして主夫業の洗濯(洗濯機回して干すだけだけど)を済ませ準備完了。
我が家の玄関から愛車「流星号」まで100m余は歩き。冬の2泊だから荷物がちょっと重いけど、天気いいし、ちょうどいいウォームアップだ。
昨日の内に洗車とナビの目的地設定は済ましてある。流星号ナビで寺内町が設定できたのでお任せだ(これが失敗だった。事前に自分でルート確認することの重要さを後に思い知る)。新参のナビもバックアップ準備よし。時刻は7時15分。出発進行だ。 とりあえず新東名に乗って順調に走る。

まずは長篠設楽原でトイレ休憩
次にちょっと早いけどお腹が空いたので刈谷PAで栄養補給。



「揚げが大きいよ」の意味だった
揚げは甘めでシンプルな味
ごちそうさまでした。
ここまではまずまず順調快調。ところがこの先、名古屋港を抜けた四日市JCTでやらかしてしまった。左車線で名阪国道(名古屋・伊勢)ルートに入るべきところ、そのまま本線の新名神(京都・大阪)を直進してしまったのだ。
なにゆえそんなことに。実は流星号ナビが指示したからである。前に高野山に行った時と同じルートのハズなので、一瞬「えッ、伊勢方面に行くんじゃなかったっけ」思ったけど、そのまま進んでしまった(反応できなかった)。
しかも、しばらくして流星号ナビの画面から道路が消えちゃったのである。そんなに新しい道じゃないはずなのに⁉ 「オイ、どうした流星号。しっかりしてくれ!」。新参ナビはリルートに時間がかかるため、こういう咄嗟のとき当てにならない。当然、焦ったのである。
とりあえず進行方向を確認しなければいけないのだが、高速道路だから止まるに止まれない。やむなく最初のICで下りて確認だ。そこは東員ICだった。ということは新四日市JCTでもミスって東海環状線に入っていたのだ。

新四日市JCTは確かに数年前に供用されたところ。流星号ナビから道が消えたのはそのせい(多分)。とにかく、そのまま進んでいたら全然方向違いだった。早々に高速下りてよかった。やっぱり焦って混乱していたんだろうねー。それと判断能力の劣化⁉(笑)
東員ICに入り直して、四日市JCTに戻るか、そのまま新名神を進むか、2者択一。戻った方がよかったかもだが、新参ナビの案内で元の新名神ルートで行くことに。
どっと疲れて、最初の鈴鹿SAで休憩。コーヒーが美味い。

「迷い道♬」クネクネはそれで終わらなかった。この先の道でも同じようなことをやらかしてしまった。あろうことか、途中のICで高速を下りてしまったのである。
後からETCのログを確認したら、京滋バイパスの南郷ICから下りて次の笠取ICで乗り直したことになっている。その区間は山だった。今でも山の中のクネクネ道を突っ走った記憶が蘇る。何を勘違いしてICを出てしまったのかわからない。我ながら呆れる。笑うしかない。

グレーのル-ト。なかなかの山道(笑)
「迷い道♬」クネクネ
(関係ないけど、
渡辺真知子のこの歌スキ)
その後は恐る恐る走りながら予定していた羽曳野ICで高速を下りることができた。IC出口の渋滞を抜けて富田林の寺内町に到着したのは13時前。
ところが駐車場が見つからない。近くに市営駐車場があるはずなのだが。約10分。キョロキョロしながら周りを2周くらい。
途中で、歩いていたオバちゃんに聞いたけど知らないらしい。でも親切な人で、一緒に悩み始めてしまった。さすがに知らないんじゃ悩んでもらってもシャアナイ。お礼を言って先を進んでみる。
前方にオジちゃん。すぐそこを曲がればあるよって教えてくれた。みんな優しい。

時刻はちょうど13時。予定では12時30分ころまでに着ければイイヤって想定だったから、「迷い道」のタイムロスは意外に少なくて済んだってことだ(笑)。
さてと、寺内町散策だ。 寺内町は「重要伝統的建造物群保存地区」。でも観光地化されてなくて人もまばら。寺内町センターってところで散策マップをもらおうとしたけど、わかりやすいのがなかった。下の解説つきマップは「旧杉山家住宅」の見学の際にもらったもの。


寺内町のうち一番の見どころは国重要文化財「旧杉山家住宅」。まずは入らずに街並み・家回りを確認。

左手が旧杉山家


有名な歌人なんだそう

手前の門(格子戸)の屋根から
大屋根と煙出しが重層して
なかなかカッコイイ構図

確かに商家・町家の趣がある

右手奥が旧杉山家、左は上野家
(保育園側から)


それでは、「旧杉山家住宅」の見学。中に入って右手のシモミセ(図参照)で見学料を払って、案内図をいただく。



文化庁の文化財データベースでは以下の通り説明されている。
「富田林寺内町の古い町家は農家に類似した平面構成をもつことを一つの特色としているが、旧杉山家住宅はその中でも最も古い遺構であり、さらに江戸時代中期の拡張によって大規模商家に整い、座敷部も美麗で、質的にもすぐれた町家建築として貴重である。」
では見学スタート。

(部屋の名称はリーフレットに倣いカタカナ)

確かに「格子の間」と呼ぶにふさわしい

こんな感じ
奥に見えているのがカマヤ
太い梁は壁の外にまで突き出ている
(後から見て知った)

右はブツマ

秀吉も真っ青かも⁉
茶室じゃないけどね(笑)








これまた絢爛
絵は狩野派だそう





ここから先の部屋の襖は四方 豪華の一言

床の間の絵も光ってる

当時の輝きはいかばかりか

今までに見た中でも とっても凝ってる


向こう側はオクザシキ



客のもてなしには必須⁉



この部屋は家人用だからシック
かの令嬢も好きな場所だったらしい
確かに落ち着けそう


陰影がキレイ


夏はこんな縁側でビール飲んで
昼寝したい



「使用禁止」ってのがイイね

天井の意匠はイイね

シンプルな造り






位置関係と意匠の違いが面白い







風通し良ければ夏でも相当涼しいかも

梯子階段2階から1階を見下ろす



最初に見たカマヤの梁の端。
壁を貫いて顔を出してるのだ(スゴっ!)



この螺旋階段だけが洋風でちょっと異質
なぜ⁉って感じで面白い

太い梁がいっぱい
まぁ、このくらいでないとこの建物(空間)を
支えられないよなー


煙を吸い込めるようになってる(多分)
この上の屋根には煙出しが付いているし。



いい天気

左の2階屋根下の楕円の小窓は
虫籠窓(むしこまど)というらしい

確かに虫かごに見えなくもない



酒蔵は公開されていなかった


わびさびの世界って
手が込んでないように見せるのが肝⁉

上に鬼瓦が見える

右端にちっちゃい鬼瓦 も見える


庭の塀ギリギリでこれ以上後ろがない

やっぱり4層の大屋根。
微妙な構図だけど撮れて嬉しい

さすが重要文化財の建物。見どころ沢山で随分時間を費やした。
さて、寺内町にはもうひとつ重要文化財がある。「興正寺別院」だ。マップを見ながら進む。





右は橋本家



興正寺別院は「本堂」「対面所」「鐘楼」「鼓楼」「山門」「御成門」がそれぞれ重要文化財に指定されている。
以下に文化財データベースから解説を引用させていただく。
「富田林興正寺別院は,重要伝統的建造物群保存地区である富田林市富田林寺内町の中央に境内を構える真宗寺院である。
本堂は,寛永15年(1638)の建立で,近畿地方における最古級の真宗本堂である。古式な平面や構造と江戸時代初期の装飾細部を兼備しており,初期の真宗本堂の成立過程を知る上で価値がある。
本堂北に対面所,境内東南には鐘楼,東北に鼓楼が建ち,山門と御成門を開く。
富田林興正寺別院は,本堂や対面所を中心に江戸時代末期に整えられた境内が良好に維持されており,富田林寺内町の歴史的景観に欠くことのできない存在として貴重である。」




屋根にブルーシート

対面所(多分)

閉まっていて拝観不可(残念)

この先の「中内眼科」の建物が登録有形文化財で、まだ現役なんだそう。なので行ってみる。

忍び返しもあってかなりの旧家

中内眼科の広告塔が見える

文化財プレートがしっかり見える
お馴染みの文化財データベースの解説を以下に引用する。
「富田林重伝建地区に近い堺町筋の角地に建つ。当初,国分銀行の本社屋として建設。RC造3階建で,隅部に玄関を設ける。1階壁面に大型の半円アーチ窓,2階に半円錐窓台付の上げ下げ窓を配す。町屋建築が多いこの地域で,近代的景観を際だたせている。」

なるほど、元は銀行だったんだね。そういわれてみれば確かに銀行っぽい重厚な建物だ。その建物を眼科の先生が手に入れたってことかな。スゴイですねー。ウラヤマシイ!

元来た道を戻りながらパシャリ。


保存修復が大変なんだろうね
杉山家の前まで戻って、向かいの「寺内町センター」でトイレ休憩。

寺内町はこの反対側の区域にも街並みが広がっているのだが、今回はこれで満足。杉山家じっくり見過ぎた(笑)。
それにしても静かな街並みだ。散策中、車も人も2,3しか会わなかった。イイ散策だった。
駐車場に戻って時刻は14時半。宿に向かうにはちょうどいい時間。
さあ、天見温泉。辰野金吾の設計の宿「南天苑」だーッ‼
その2につづく
※画像の引用は本文に記載の通り
その他の画像は滞在時に撮影
