外見が綺麗になっても、外見コンプレックスはなくならなかった
こんにちは、さかなです。
このマガジンでは、人を好きになれずに「彼氏いない歴=年齢」だった私が、幸せな結婚をするまでにした心の整え方を振り返って書き残しています。
現在進行形で同じ思いをしている誰かに、ひょっとして役に立ったら嬉しいです。
私は長いこと、外見コンプレックスがありました。
大人になって化粧やおしゃれをして、だんだんと自分に自信が持てるようになって、その気持ちはなくなったかのように思えたのですが。
人を好きになれない悩みの中で自分を見つめ直したとき、まだ心のどこかで、自分を「恥ずべきもの」と思っていたことに気づいたんですね。
自分のことを、「好かれるはずのない人間」だと思っていて、
だから自分が誰かに好かれると気持ち悪くなっていたんです。
私の外見コンプレックスの始まりは、とても小さい頃でした。
小学生の頃、家庭が荒れていて、生きるのがすごくつらかったんですね。
学校には行っていたんですが、なんだかみんな違う世界の人間のようで、
私はうまく友達になじめなくて、
そんなある日、仲良しだと思っていた友達から「笑顔が気持ち悪い」といわれてしまいました。
暗い日々で、無理して笑っている自覚はありました。
だからたぶん、彼女から見たら嘘くさい笑顔だったのかもしれません。
その子は悪くないんですが、でもその頃から、私は人前で笑顔になれなくなってしまったように思います。
ほかにも、親からもとあるパーツのことをあげつらわれて、そのパーツのことを嫌いになってしまったり、色んなことがありました。
自分の顔や容姿がきらいって、すごくつらいことですよね。
人前でうまく笑うことができないし、
人の目が気になって緊張してしまうし、
自分を隠そうとしてしまう。
私はそれが嫌で嫌で仕方がなくて、
大人になって化粧をしたり似合う服を研究したりして、
自分の容姿や顔をだんだんと好きになっていきました。
でも、外見を綺麗にしても、
いつまでもどこかで自信がもてなくて。
あるときは自信ありげに振る舞えるけど、ある側面では自信が底まで落ちてしまう。
なんだかちぐはぐだったんですね。
今の自分は好きだけど、あの頃の自分のことは破り捨てたい。
今の自分は表に出て良いけれど、あの頃の自分は恥なので誰にもばれたくない。
外見を磨いた自分は好かれるはずだけど、「本当の自分」がばれたらどうだろう?
人を好きになれない悩みの中で、自分の心を深堀したとき、
本当は根元の自分のことをずっと嫌いなまま生きていたことに、
初めて気づきました。
外見コンプレックスがなくなったと思っても、
心の癖は実は染みついたままになっていたんですね。
人に好かれないと思うこと、
人の前で緊張してしまうこと、
自分を隠そうとしてしまうこと。
そういうことが心の奥にどれも染みついてしまっていたんです。
私は、深く染みついた外見コンプレックスに気づいて、
そのコンプレックスが生まれた当時の気持ちを癒してあげることにしました。
過去のつらかった自分の気持ちを聞いてあげる。
想像の中で当時の自分に寄り添って背中を撫でてあげる。
当時の自分がしたかったことを、今、大人の自分と一緒にいるつもりでやってみる。
毎日の生活のなかで、ほんの少しだけ自分の心に気持ちを向けてみるようにしたんですね。
人前で緊張している自分に気づいたら、気づいているよと自分の手を撫でてみるとか。
素になることが嫌な自分に気づいたら、そうなんだなあと深呼吸をしてみるとか。
昔かわいくなりたかった自分がいるなら、今の自分がメイクをするときに、過去の自分を想像で隣に連れてきて一緒にしてあげるとか。
もちろん鏡を見ながらかわいいね、と声をかけるなんてのも良いですが、
外見コンプレックスが深いと、結構難しいですよね。
かわいいね、とか、素敵だね、と自分に言うことが難しければ、そっと撫でてあげたり深呼吸をしたり、それだけでも自分を大事にしていることはちゃんと伝わります。
そう続けていると、染みついた自己嫌悪が少しずつ剥がれていくのが実感できると思います。
今日はここまで!
読んでいただいてありがとうございました。
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