《静かな光とフィルムの話》 第3話──『スローターハウス5』 死と運命をめぐる時間旅行
古い洋館の梁とステンドグラスが、やわらかな午後の光を受けて輝く。
ここは、時を忘れたモダンなカフェ「Caffè di Giulietta」。
かつて“ジュリエッタ”と呼ばれていた女性が夢をかたちにしたこの場所で、
今日もまた、一本の映画をめぐって、三人の会話が静かに始まる──。
『スローターハウス5』
監督:ジョージ・ロイ・ヒル
主演:マイケル・サックス
(1972年/アメリカ)
戦場と時間旅行のはざまで
カズキ「サトシさん、この前上映してた『スローターハウス5』、観てからずっと頭に残ってます。なんていうか……戦争映画なのにSFっぽいっていうか、不思議な感覚でした」
サトシ「そうだね、カズキくん。原作はカート・ヴォネガットの小説で、彼自身が第二次世界大戦で捕虜になった体験を元にしている。映画でも、ドレスデン爆撃が大きな軸になっていたね」
ジュリ「サトシさんが前に話してた、ドレスデンの空襲……あれは歴史的にも大惨事だったんでしょう?」
サトシ「うん、都市が壊滅状態になって、多くの民間人が亡くなった。主人公ビリー・ピルグリムは、捕虜としてその光景を“スローターハウス5”の地下で生き延びるんだ。映画はその体験を中心に描きつつ、彼の人生全体を時間旅行のように交錯させていく」
カズキ「あの時間旅行のシーン、最初は幻覚なのかと思いました。でも映画が進むにつれて、“彼は本当に時間を超えているのかもしれない”って思えてきて。戦争の残酷さと、どこかユーモラスなSF要素が混じってて、独特でしたね」
ジュリ「ああいう表現って、戦争の現実を直視するのが辛すぎるから、別の形で描いたのかもしれないわね。観ていて切なくなるけれど、どこか距離を置いて考えさせられる」
サトシ「そう。ヴォネガットの小説もそうなんだ。悲惨さをユーモアで包むことで、かえって現実の重さが際立つ。映画もその雰囲気を大事にしていたと思うよ」

運命と自由、そして“そういうものだ”
カズキ「印象に残ったのは、“そういうものだ(So it goes)”って言葉。誰かが死ぬたびに、淡々と繰り返されていましたよね」
ジュリ「あれ、すごく冷たく聞こえるんだけど、不思議と心に残るのよね。死や悲劇をどう受け止めたらいいのか……その一言で表現してるような」
サトシ「ヴォネガットは、戦争の無意味さや人の死の必然性を、感傷的に語らない。“そういうものだ”と繰り返すことで、逆に人間の無力さと同時に強さも浮かび上がるんだ」
カズキ「なるほど……だから時間を飛び越える主人公の姿も、“人間の無力さから逃げる方法”みたいに見えたんですね。未来も過去も行き来できるけど、避けられないものは避けられない」
ジュリ「トラルファマドール星人にさらわれるくだりも、不思議でしたね。ガラスケースに入れられて見世物にされるのに、彼自身は妙に穏やかで……。あれも運命を受け入れる姿を象徴しているのかしら」
サトシ「そう思うよ。彼ら宇宙人の時間感覚は、人間と違って“すべての瞬間が同時に存在している”というもの。だから死も悲劇も、ただ“ある”ものとして受け入れる。それが“そういうものだ”につながる」
カズキ「戦争映画っていうより、生き方の映画ですね。観たあとに妙に落ち着いた気持ちになるのは、あの言葉のせいかもしれません」
ジュリ「戦争を描きながらも、人生そのものを映している……。だからこそ今観ても新鮮なんでしょうね。サトシさん、これはまた上映してもいいんじゃないかしら?」
サトシ「そうだね。若い人たちにも観てほしい作品だ。戦争の現実を知るだけじゃなく、生きること、時間をどう受け止めるかを考えさせてくれるから」
カズキ「僕も、また観たいです。今度は“そういうものだ”って言葉を、もっと深く感じながら観られそうです」
次回作・・・
『チャイナタウン』 ロマン・ポランスキー監督(1974年/アメリカ))
登場人物紹介
サトシ(58歳)
カフェ「Caffè di Giulietta」のオーナー。
早期退職を機に、妻の夢だったカフェを実現。学生時代からの映画好きで、特にフランス映画を愛する。
ジュリ(55歳)
サトシの妻で、カフェの料理を担当。フェリーニ作品に深い愛着を持つ。
若い頃の愛称「ジュリエッタ」が、店名の由来。
カズキ(35歳)
地元の農家。カフェに野菜を卸すうち、サトシとの映画談義を楽しむように。
近ごろはサスペンスやホラーに夢中。
Caffè di Giulietta(ジュリエッタのカフェ)について
昭和期のモダンな洋館を改装したカフェ。ジュリの愛称を冠し、落ち着いた空間で手作りの料理と映画を楽しめる。ときどき無料の映画上映も行っている。
