🎧針を落とせば、いつかの風景 Pt. 46〜キンクスが守りたかったもの、それが『ヴィレッジ・グリーン』
ここは、とある街の音楽好きが自然と集まる喫茶店「フォックストロット」。
UKロックを愛するマスター・カズヒコのもと、駆け出しの銅版画家アミ、そして中学時代からの親友で音楽雑誌ライターのユキヒロが、ときおり立ち寄っては、レコードとコーヒーを肴に静かで熱い音楽談義を繰り広げている。
キンクス「ヴィレッジ・グリーン・プリザヴェイション・ソサエティ(1968)
小さな村の小さな風景
アミ「あっ、このジャケット……ちょっとノスタルジックでかわいいですね」
カズヒコ「これはキンクスの『ヴィレッジ・グリーン・プリザヴェイション・ソサエティ』。1968年のアルバムで、レイ・デイヴィスが作った“想像上のイギリスの田舎”を舞台にした作品なんだ」
ユキヒロ「当時はサイケだプログレだと派手な時代だったのに、キンクスはまるで逆を行った。“普通の人々”を歌った小さなアルバム。でも、それが逆に特別だったんだよな」
アミ「“プリザヴェイション”って、保存するって意味ですよね。何を守ってるんですか?」
カズヒコ「村の風景や、昔ながらの価値観、伝統、曖昧な思い出……いわば“心の中のふるさと”だね」
ユキヒロ「タイトル曲〈The Village Green Preservation Society〉では、ティータイムからヴァージン・レコードまで、イギリス文化のあれこれを“守ろう!”ってユーモラスに並べてる。しかも本気なんだか冗談なんだか分からない絶妙なトーンでね」
カズヒコ「ビートルズが『ホワイト・アルバム』を出した年に、キンクスは『村の緑を守ろう』って歌ってたんだぜ。地味に見えて、じつはラディカルだよ」
アミ「じゃあこれは、“イギリス版・故郷”みたいな作品なんですね。サウンドも落ち着いてて……風景が浮かぶ感じ」
ユキヒロ「そう。ストリングスもハープシコードも、派手じゃないけど叙情的で、映画のサントラみたいに沁みる。〈Do You Remember Walter?〉や〈Picture Book〉、どの曲も一編の短編小説だよ」

失われゆくものたちへ
アミ「でも、こんなに優しいアルバムが、当時はあまり売れなかったっていうのは意外です」
カズヒコ「時代の空気に合ってなかったんだろうね。68年ってベトナム反戦、学生運動、ロックの拡大期。そんな中で、“昔の村が懐かしい”って言っても誰も振り向かなかった」
ユキヒロ「でもレイ・デイヴィスは信念を貫いた。結果的に、今では“キンクス最高傑作”って評価されてるし、UKロックの一つの到達点だと思う」
カズヒコ「音も歌詞も時代を超えてる。例えば〈Village Green〉って曲なんか、イギリスの田舎町の記憶を歌いながら、どこかユーモアがあるし、ちょっと寂しげで……」
アミ「なんだか、銅版画にも似てるかもしれません。細かい描写で、淡くて、ちょっと古びた風景。でも目をこらすと、じんわり伝わってくるものがある」
ユキヒロ「おお、うまいこと言うね、アミさん。まさに“風景の版画”だな。レイ・デイヴィスの歌詞って、一枚の絵みたいなんだよ」
カズヒコ「〈People Take Pictures of Each Other〉なんて、写真に残すことで逆に“今”が消えてくみたいな、逆説的なこと歌ってるしな」
アミ「でも、その“消えていくもの”をちゃんと残そうとしてるから、こんなに響くのかもしれませんね」
カズヒコ「まったくだ。だからこそ、時代が過ぎても、このアルバムはずっと棚の中にあるんだよ。ヴィレッジ・グリーンは、俺たちの中にちゃんと残ってる」
ユキヒロ「いや、ほんと。音楽で風景を守ろうとしたレイ・デイヴィスに、乾杯だな。ブラックコーヒーでだけど」
次回作・・・
■登場人物
カズヒコ:52歳。喫茶店「フォックストロット」のマスター。UKロックに詳しく、レコードコレクター。
アミ:26歳。ウェイトレス兼、駆け出しの銅版画家。美大卒で個展開催が夢。音楽はマスターの影響で興味を持ち始めた。
ユキヒロ:52歳。音楽雑誌のライターでカズヒコの中学時代からの親友。店にふらりと現れてはブラックコーヒーを飲む。
※喫茶店「フォックストロット」の名前は、ジェネシスの同名アルバムに由来。
