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🎧針を落とせば、いつかの風景 Pt. 61〜『アンノウン・プレジャーズ』──沈黙とノイズのジョイ・ディヴィジョン

ここは、とある街の音楽好きが自然と集まる喫茶店「フォックストロット」。
UKロックを愛するマスター・カズヒコのもと、駆け出しの銅版画家アミ、そして中学時代からの親友で音楽雑誌ライターのユキヒロが、ときおり立ち寄っては、レコードとコーヒーを肴に静かで熱い音楽談義を繰り広げている。


Joy Division 『Unknown Pleasures』 (1979年)


あのジャケットが気になって

アミ「マスター、このジャケット、前から気になってたんです。なんだか電波みたいな……波形みたいな……」
カズヒコ「それは“パルサー”の波形だよ。遠くの宇宙で回転してる中性子星の電波パルス。それを可視化した図をそのまま使ってる。グラフィック・デザイナーのピーター・サヴィルの仕事だ。インパクトあるだろ?」
アミ「へえ……ジャケットに惹かれて聴きたくなるって、ありますね」
ユキヒロ「アミちゃん、よく見てるなあ。その感覚、大事にしたほうがいいよ。このジャケットは内容とすごくリンクしてるんだ。“遠くから届くメッセージ”って意味ではまさに」
カズヒコ「で、音のほうはというと……一言でいうと“暗い”。でも、その暗さがえらくスタイリッシュなんだ。聴けばわかるけど、パンクというよりは、もうちょっと内向きな叫びというか」
アミ「うーん、たしかに声が……近いような遠いような、独特ですね」
ユキヒロ「ヴォーカルのイアン・カーティス。彼の声はね、冷たくて、なのに不思議と情熱を感じる。しかも詞が深い。“孤独”や“不安”、“制御不能な何か”を、感情の爆発じゃなく、引きのトーンで歌ってる」
カズヒコ「ミックスを手がけたのは、あのマーティン・ハネット。音の空間処理がすごい。ベースは前面に出てて、ドラムが妙に遠くから聴こえる。独特の距離感がある」
アミ「だからなのか……何かを掴もうとしてるのに、つかめない感じがする……」
ユキヒロ「それ、すごくいい表現だね。イアン・カーティス自身がそういう感覚にずっと苦しんでた。てんかんも抱えてて、精神的にも不安定だったんだ」
カズヒコ「このアルバムが出た翌年に自ら命を絶った。だからこそ、この作品は“過去”にならずに、今もどこかで生きてる気がするんだ」

音楽が“風景”になるとき

アミ「最初の曲、“Disorder”からすごく惹き込まれますね。ベースとドラムが不安定なのにグルーヴがあるっていうか……」
ユキヒロ「そうそう、ピーター・フックのベースが前面に出てるんだ。普通はギターの下に敷かれるものだけど、ここでは逆転してる。それがジョイ・ディヴィジョンのサウンドの鍵」
カズヒコ「ドラムのスティーヴン・モリスも面白い。妙に機械的で、ある種の“無機質さ”があって。それが逆に人間の感情をあぶり出してるんだよな」
アミ「“She’s Lost Control”って曲もすごく印象的でした。タイトルも、歌詞も、音も……」
ユキヒロ「あれはイアンが実際に知っていた女性のてんかん発作をもとにして書いた詞なんだ。彼女が“コントロールを失っていく”のを見て、自分の恐れと重ねたと言われてる」
カズヒコ「それを、ギターのバーナード・サムナーが刻むようなノイズで支えてる。叫びじゃなく、冷たい光の中に置かれたようなサウンド」
アミ「聴いてると、音楽というより“風景”が浮かんできますね。ビルの隙間から差し込む光とか、雨上がりの夜とか……」
ユキヒロ「それはまさに、ポストパンクって呼ばれる所以かも。パンクが“怒り”を外に出した音楽だとしたら、ポストパンクはその怒りの残響、都市の影、感情の輪郭を追いかける音楽なんだ」
カズヒコ「このアルバムを初めて聴いたときの、あの“音に浸かる”感じは、いまだに忘れられない。派手じゃない。でも、深く沁みる」
アミ「私、こういう音楽って、最初は難しいと思ってたけど……今は、すごく身近に感じる。私の絵にも、この感じ、取り入れられそうな気がします」
ユキヒロ「アミちゃん、それはもう“入り口に立った”ってことだよ。この先、どんな音や風景と出会うのか楽しみだね」
カズヒコ「“Unknown Pleasures”。知られざる快楽。まさに、音楽の奥へ踏み込む第一歩にふさわしい一枚だよな」 


次回作・・・

フリートウッド・マック 『聖なる鳥(The Pious Bird of Good Omen)』(1969年)

■登場人物

  • カズヒコ:52歳。喫茶店「フォックストロット」のマスター。UKロックに詳しく、レコードコレクター。

  • アミ:26歳。ウェイトレス兼、駆け出しの銅版画家。美大卒で個展開催が夢。音楽はマスターの影響で興味を持ち始めた。

  • ユキヒロ:52歳。音楽雑誌のライターでカズヒコの中学時代からの親友。店にふらりと現れてはブラックコーヒーを飲む。

※喫茶店「フォックストロット」の名前は、ジェネシスの同名アルバムに由来。
 

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