見出し画像

ぼくものがたり【第21回】東京大空襲――真っ赤っか。

昭和20(1945)年3月9日。
風が強くて、とても寒い夜だった。
布団に入って、夜10時半ごろ、警戒警報のサイレンが鳴り響いた。

「またか」とうんざりした。
杉並の空は敵機の通り道で、警報が鳴るのは日常茶飯事だったから、
この頃には、もうすっかり慣れっこになっていた。

みんな寒さが嫌で、布団をかぶったままラジオに耳を傾けた。
「東部軍管区情報。B29数機、房総半島南方より、本土に向かい北進中なり」
それを聞いて、
「数機ってことは大したことない」
「また通り過ぎていくよ」
なんて言って、防空壕には入らず、また布団に入った。
いつでも逃げられるように、服を着て、枕に靴を置いて。

ラジオもそのまま静かになった。
みんなヘトヘトだったからすぐにまた眠りについた。

警戒警報ではそんな感じだった。
いつもならすぐに警報は解除されて、そのまま朝を迎えられた。

でもその夜は違った。

突然、「ゴゴゴ……」っていう地響きみたいな大きな音がして、
僕たちは飛び起きたんだ。

家が、ものすごい轟音で揺れているようだった。
音はすぐに、「バリバリバリ!」「ゴーッ!」って、
ものすごい爆音となって近づいてきた。
今までそんな大きな音は聞いたことがなかった。

慌てて窓から空を見ると、
屋根の真上を、大きなB29が次々と通過していく。
この轟音はB29の金属的なプロペラ音だったんだ。

探照灯の巨大な光の波が、狂ったように夜空をうねっている。
その中に、B29の機体が青白く、銀色にきらめいて浮かび上がる。

いつもは1万メートルの高いところを飛んでいるから、豆粒みたいにしか見えない。
それが超~低空飛行で、頭のすぐ上を、じゃんじゃん通り過ぎていく。
僕はその迫力に、「すげぇなぁ」と見とれていた。

親父もお袋も呆気にとられたように
「なんだこりゃ」と空を見上げている。

空襲警報が鳴り出した。

親父が「防空壕に避難しろ!」と叫んだ。
お袋がタケヒロを抱えて、僕は国吉おじさんとおりんばあさんと手をつないで、防空壕へ走った。

親父は、そのままゲートルを巻いて、警防団として出かけた。
その日は風が強くて、空襲の火の粉が飛んで来たら大変なことになるから、
見回りと、水の出るポンプやバケツリレーの準備をしに行ったんだ。

防空壕には隣の中岡さんが先に入っていた。
僕は耳を塞ぎながら、片目で様子をうかがった。

防空壕の中はものすごいエンジンの音と振動で、
壕全体がガタガタと揺れていた。

遠くで無数の爆弾が落とされる音が、地面と空気を伝って、腹の底にまで響いてきた。
空気がゴオォーっと震えているようだった。

しばらくすると、敵機は阿佐ヶ谷の上空を通過して、静かになった。
警報の音だけが鳴り響き、やがて止んだ。

「すごい数だったなぁ。それにあんな低空飛行で来るなんて」
国吉おじさんがつぶやいた。

静かになったし、もう来ないだろう。
そう思って、恐る恐る防空壕を出た。
外がものすごく明るかった。
夜なのに昼間みたいに明るい。本が読めるくらいの明るさだった。

ケヤキの木の間から見える東の空が、
夕焼けみたいに赤く、メラメラと光っていた。

お袋は、「大変だ…」とタケヒロを抱いたまま立ちすくんでいた。

中岡さんも「お気の毒に」と声を詰まらせていた。

僕は、夕焼けみたいできれいだと思って見つめていた。
あの赤い空の下で起きている惨禍など、まだ想像できなかったんだ。

見上げると、家の屋根の上に国吉おじさんが座っていた。
厚手のコートを首のところで押さえながら、東の空をじっと見つめている。
その横顔が、赤く照らされて、夜なのにはっきりと見えた。

僕に気付いて、「功ちゃんも上がるかい?」と、屋根に引き上げてくれた。
思わず、息をのんだ。

東の空が燃えていた。
空の、ずーっと上まで、真っ赤に染まっていた。
夕焼けなんてもんじゃない。
もっと赤い。真っ赤っか。

こんなに広い赤は、先にも後にも見たことがなかった。
まるで東京全体が巨大な炉の中に入ってしまったような、息苦しいほどの赤だった。

「下町が攻撃されて、燃えてるんだ」
そう、国吉おじさんは教えてくれた。

空の赤は、夜が明けるまで消えなかった。

翌朝の空は下町からの煙で灰色に染まり、焦げた臭いが漂っていた。
喉の奥がイガイガした。

夜が明けると、阿佐ヶ谷にも罹災した人が、
青梅街道を通ってたくさん逃げてきた。

その人たちの多くが目をやられていた。
火災の熱風で目を傷めてしまったんだ。

1人の目が見えている人が棒を持って、
目に包帯をした人2~3人が、その棒を持って一緒に歩いていた。
僕は、空襲で人がこんなふうになるんだと思うと、恐ろしくなった。

親父は警防団の仕事で、下町へ行った。
3日くらい帰ってこなかった。

やっと帰ってきた親父は、顔も服も真っ黒だった。
「地獄だった。道や川が死体でいっぱいだった」 とだけ言って、それ以上は話してくれなかった。

それからしばらく、終戦まで、親父は幾度も下町の作業に加わった。
川にあふれた死体を、引き上げる作業もやったそうだ。
でも、生涯、その詳細を語ろうとはしなかった。

その夜、300機を超えるB29が飛来し、
38万発にも及ぶ爆弾や焼夷弾が落とされた。

約10万人が命を落とし、
100万人以上が家を失った。

その明かり、今でも鮮明に覚えている。

真っ赤っか。


―― 続けて読む(下の文字をタップできます) ――
次の話【第22話】
小学1・2年生も、ついに集団疎開へ

連載目次(案内所)はこちら
前の話【第20話】
空襲じゃないのに、町が消えた――建物疎開


いいなと思ったら応援しよう!