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ぼくものがたり【第52話】テンツクテンツクと弟、タケヒロ

戦争が終わってから少しずつ、またお囃子の音が戻ってきた。

僕の家は阿佐ヶ谷囃子の家元だった。

だから、親父は都税事務所で小使いの仕事をしながら、
空いた時間のほとんどを、お囃子に費やしていた。

親父のまわりには、阿佐ヶ谷はもちろん、近くの町の囃子仲間たちもよく集まっていた。

若き日の喜代松(前列の白い半袖シャツ)。
戦後の阿佐ヶ谷に音を取り戻した、囃子仲間たちとともに。

もともとは、戦前から、若者が悪い方に走らないようにと、非行防止の意味もあって、
地元の若者はお囃子を習ったんだ。

うちの家でも太鼓の練習が再開した。

最初の頃は、また親父が小気味よくバチを振る姿を見て、
僕も「戦争が終わったんだな」と、嬉しく思った。

けれど、僕が試験勉強をするようになったころから、
だんだんと事情が変わってきた。

新習いが来ると、彼らは上手くなりたいから、
張り切って、夜遅くまで練習をしていた。

それから、練習後のみんなの大騒ぎも困った。

僕が勉強している横で、酔っぱらいながらテンツクテンツクと、
賑やかに演奏が始まるので、ホトホト嫌になった。

ついに僕はノイローゼみたいになり…。

ある晩、ついに我慢の限界がきてしまった。

その日もテンツクテンツクの音で、勉強に集中できなかった。

囃子連中は練習が終わって、みんな大酒を飲んで笑っていた。

堪忍袋の緒が切れてしまったけれど、口では言えないので、
思わず、酒を沸かしているやかんに、ナイフで穴をあけてしまった。

そろそろ酒のわく頃だと思ったら、やかんに穴が空いていたので、お袋も囃子連中も驚いた。

お袋が、恐る恐る聞いてきた。
「穴を空けたの、功ちゃん?」

僕は気まずくなって、小さな声で…
「そう。。。」って答えた。

それから少し静かになった。

とりあえず、囃子連中が、ここには勉強している学生がいるってことをわかってくれた。

でも僕は、それを申し訳なかったなぁと、ずっと後悔している。

弟、タケヒロ

僕には五つ下の弟がいる。
孟弘(タケヒロ)という。

僕とは正反対の性格で、
ガキ大将だった。
背が高くてケンカっ早い。

なのに、見た目は丸顔でわりと、可愛らしかった。

でも、ひとたび怒らせると、
逃げても逃げても、ずーーーっと追いかけてくる。

どこまでも、どこまでも。

だから僕は兄弟ゲンカはほとんどしなかった。

僕は大人しかったから、
たまに僕がイジメられたような話を聞くと、

相手が上級生だろうがタケヒロは構わずに、
怒って飛んでいって、仕返しに行った。

小学一年生のくせに、
僕の同級生を相手にケンカを吹っかけたりもした。

僕は頼んでいないんだけど。

「アニキをバカにしたやつは許さない」
そういう性格だった。

だからそのうち、まわりからは
「あいつをいじめると、弟が怖いぞ」って、
言われるようになった。

お袋はよく、
タケヒロがケンカした相手の家に謝りに行っていた。

ケガをさせたわけではないけれど、

近所の人が、
「またタケちゃんが泣かせた」
と知らせてくれた。

当時は、焼け跡の町のあちこちに空き地があったし、
車もほとんど通らなかった。

道幅も広く、子どもたちは空き地や道路でも
思い切り遊んでいた。

外にはとにかく子供たちがたくさんいて、
何かあればすぐに大人たちの目に入った。

ケンカも悪さも、全部まる見えだった。

タケヒロは、ガキ大将気質ではあったけど、
弱い子が上級生にいじめられていると、
ちゃんと助けてあげていた。

だから、意外と人気があって

「タケちゃん、タケちゃん」と

家には友達がたくさん集まってきた。

ケンカしてもすぐに仲直りしていた。
「俺も悪かったよ」って素直に言える性格だった。

そしてなにより、
神輿(みこし)が大好きだった。

阿佐ヶ谷の祭りとなると、
友達を何人も引き連れて神輿を担ぎにいく。

大人になってからも「阿佐ヶ谷天龍会」っていう
神輿の会を作って、
日本中の神輿を担いで回ったほど。

タケヒロには、戦争の記憶はない。
終戦のとき、まだ三歳だったから。

僕はそれを良かったと思っている。
弟が学童疎開に行かなくて、
本当に良かったと。

でもふと考えることがある。

もしもあのとき、タケヒロが一緒に疎開していたら――
僕をいじめていた六年生を、
ボコボコにしてくれたかもしれない。

そして、僕だけじゃなく、
ほかの低学年の子たちのことも
守ってくれたかもしれないなって。

前列左から3番目が、弟のタケヒロ。
優しそうな顔とは裏腹に、ケンカでは誰にも負けなかった。

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