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ぼくものがたり【第24回】なんでも食べた――疎開先で生きるため

寮で出される食事だけでは、とうてい足りなかった。

だから僕たちは、いつも食べ物を探していた。

とにかく食べるものがなくて、腹が減って、腹が減って、仕方がなかった。

鹿教湯温泉は、まわりを山に囲まれていたから、
僕たちは森や林の中へ分け入り、食べられそうな木の実や草を探した。

5月終わりごろ、
小さなサクランボのような赤い実がなっている木があって、
上級生が木に登って枝を揺らし、
落ちてきた実を、みんなで群がって拾って食べた。

その実は、美味しかったのをよく覚えている。

ある時は、道端に生えている草に、
紫色の実のようなものがついているのを見つけて、
誰かが試しにそれを口に入れた。

大丈夫そうなので、僕も食べてみた。

その実は不味かったけれど、
お腹の足しになるならと、みんなも食べた。

一人が食べると、あとの子もつられるようにして、食べていた。

学校でも、自由時間になると、道に出ては食べ物を探した。

といっても、あたりは砂利道ばかりで、目に入るのは雑草ぐらいだった。

それでも、よほど苦くなければ、雑草をむしって口に入れた。

味なんてどうでもよかった。
ただ、何かで空腹を紛らわせたかった。

温泉街の入り口に、小さなバス停があった。

そこで人がバスを待っていると、
僕たちは少し離れたところからじっと様子をうかがっていた。

バスが来て人がいなくなると、僕らは急いでベンチまで走っていった。

そこに、待ち時間に食べて捨てていった、
サツマイモの皮なんかが落ちていることがあったから。

今なら生ゴミみだけど、
当時の僕らにとっては、それさえご馳走だった。

現在の鹿教湯温泉バス停 (令和6年5月撮影)


また、僕たちが通っていた西内小学校の前には、小川が流れていて、
その川には、小さなカニや様々な生き物がいた。

石をそっと動かすと、小さなカニが現れる。
それをすかさず捕まえて、生のまま食べた。

最初は「食べられるのかな」と心配だったけど、
誰かが一人、食べてみせると、
「なんだ、食べられるんだ」と、みんな真似をして食べはじめる。

上級生に見つかると、「よこせ!」って取られちゃうから、
捕まえたらすぐポケットに入れて、
他の子に見られないように、端っこに移動して、大急ぎで食べた。

カニを取った西内小学校前の川                             (令和6年5月撮影 *西内小学校は令和6年3月31日に閉校しています。)


今思えば、よくそんなものを口にしていたなと思う。

生臭かっただろうし、気持ち悪いとも思う。

でも、当時の僕らにとっては、そんなことおかまいなしだった。

それどころか、われ先にと探して、奪い合いだったんだから。

とにかく、何でもいいから、食べられるものがほしかった。
それくらい、みんな飢えていたのだ。

こんなふうに、なんでも食べちゃっていたから、よく下痢をした。

下痢をすると、ご飯はもらえず、代わりにお粥よりもずっと薄い、
白っぽいお湯のようなものしか出してもらえなかった。

それで、さらに痩せちゃう。

僕の体は、どんどん細くなっていったんだ。


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疎開先で出会った優しさ

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