朱い夏の日 | #2 「手の中の機械が自分の手足のように思えること」

八月未明、空が白みはじめた早朝に実家を出発して僕は旅に出た。出発する二日前に東京から静岡の実家に帰省しており、母の車を借りて行き先も帰ってくる日も決めていない旅に出るつもりでいた。母は自宅で自営業をしており祖母や猫たちの通院くらいしか車を使わなかったので、車を貸して欲しいと伝えると好きなだけ使っていいと言ってくれた。
昼過ぎに帰省すると家の駐車場に見慣れない車が一台停まっていた。「母のお客さんが来ているのかしらん」と思って家に入ると、居間のソファに母が一人座ってテレビを観ていた。
「ただいま。お客さんが来ているのかと思った」
「おかえり。今は誰も来てないわよ」
「外に停まっている車は?」
「言ってなかったかしら。車を買い替えたのよ」
初耳だった。外に停まっていたのは黒いマツダロードスターだった。
「ということはあの車を貸してもらうってことなのかな」
「残念ながらツーシーターで車中泊はできないしシフトはマニュアルだけど、嫌だった?」
嫌じゃないと僕は言った。車中泊ができないのは想定外だったが以前まで母が乗っていたエアコンが効かない古い車よりよっぽど上等な車だった。でもミッション車を最後に運転したのはいつだろう。それだけは一抹の不安だった。
「旅行はいつ出発するの?」
と母が言った。
「決めてないけど明日か明後日かな」
「車は好きに使っていいけど、旅行に行く前に近場をドライブして慣らしてらっしゃい」
「わかった。ありがとう」
これから車の旅に出るにしてもツーシーターのミッション車には慣れておかなければいけないのは確かだった。旅程を幾日か短くしなければいけなくなってしまうが、旅先でトラブルを起こすわけにはいかない。母からロードスターの鍵を受け取るとき、なぜ新しい車をスポーツタイプのマニュアル・トランスミッションにしたのか訊いてみると、「還暦近い女がスポーツカーを走らせていたらかっこいいじゃない」と母は言った。
その日と次の日は近場をドライブして初めて運転する車を体に馴染ませた。山道を走りシフトチェンジを繰り返し、バイパス道路を走ってスピードを出すことも試した。二日間ゆっくり時間をかけてその車のことを知ってゆき、車高が低く視野が狭く感じることやシフトチェンジの癖を把握していった。
帰省して三日目の早朝、日本海に向けて車を走らせた。特に行き先は決めていなかったが、日本海沿いを回ってみようということだけは決めていた。ロードスターにはカーナビは付いておらず──知った場所しか走らないからカーナビは不要だったと母は言っていた──グーグルマップで福井県敦賀市に目的地をセットした。理由はない。所要時間は四時間ほどだった。スマートフォンを眺めながら運転するわけにもいかないので、高速道路を乗り換えるジャンクションの場所と地名を頭に入れた。新東名高速道路を下り方面に走り、名古屋を抜けて滋賀を抜けて福井に入るだけだ。おおよそは案内標識に従って進めば問題ないだろう。それに迷ったとしても構わない。はじめからゴールのないドライブなのだから。
新東名高速道路の時速120kmの規定速度区間を走る間、時速100kmを超えたロードスターの幌はがたがたと唸りだし、大きなエンジン音が車内に響いてカーステレオの音をかき消した。エンジン音に負けない音量までステレオのヴォリュームを上げるとエンジン音と相まって耳が痛くなるほどの轟音が車内に響いた。悪くない感覚だった。そのままいくつかのサービスエリアで休憩して地図を確かめながら、新東名から東名へ、名神へ、北陸自動車道へと進み敦賀市の市街に到着した。
腕時計を見るとまだ九時を過ぎたばかりだったので、朝食を食べるにも店がまだほとんど開いていないようだった。敦賀へ来たものの向かうべき場所もなく、氣比神宮に立ち寄って旅の安全祈願をし、敦賀赤レンガ倉庫を一目眺めただけでその町を後にした。そして国道8号線沿いに車を走らせ日本海を左に眺めた。
高速道路と一般道では当たり前だがミッション車は勝手が違う。頻繁にシフトチェンジを繰り返しながら車を運転するのは慣れるまでに時間がかかった。しかし一旦その作業に慣れてくると車を走らせることが体感的に体の手足を動かす感覚に近付いてくる。それにカーナビが付いていないことも僕には合っていた。実際の物理的な案内標識に書かれた方向に進んでいくのは、地に足をつけて進んでいくのと同じように思えた。交差点を曲がり二速から三速へ、二つ先の信号機が赤になったのを確認し五速から四速へ。エンジン回転の音とシートから伝わる振動を頼りにシフトレバーを動かすことは、能動的にマニュアルで手元の機械を動かしていることが実感できて楽しかった。
そしてこの旅の目的はドライブをすることではない。第一に写真を撮ることにあった。写真を撮ること自体が目的の旅だった。そして僕は機械式のフィルムカメラを携えていた。ローライフレックスとミノルタオートコードという二眼レフを携帯していた。電気系統を一切持たない完全な歯車とバネで動くアナログのカメラは、ボディに付いたレンズの絞りとシャッタースピードを自分で設定してマニュアルで露出を決定しなければいけないカメラだった。小型の露出計をポケットに入れて、おおむねの露出を計ったらあとは自分の眼を頼りにカメラの露出を決定する。撮影前に毎回露出計で明るさを確認していたのでは撮るべき時に撮ることはできないので、撮影時のほとんどは勘で撮っていた。
カーナビのないミッション車と露出計を内蔵しない機械式フィルムカメラを動かすことは似ている。どちらもオートマチックに使えるものはとても便利ではあるけれど、サポートのないマニュアルで機械を動かすことは全責任が自分に委ねられていて緊張感がある。だがその緊張感の中で手応えをもってうまく機械を動かせたときは代え難い高揚感が生まれる。
うまくいかないときもある。一度や二度は車のエンストを起こしたし、カメラのシャッタースピードを1/10にしてブレブレで像も見えない真っ白な写真を撮ってしまったり。それでもシフトチェンジがスムーズに行えたときや、素早くマニュアルフォーカスで物を捉えられたとき、手の中の機械が自分の手足のように思えることが稀にある。
思い返すとこの旅でスマートフォンを開く時間はほとんどなかった。地図アプリさえほとんど開いていなかったように思う。「北の方に神社があるな」と目星をつけたらおそらく遠回りをしながら標識を頼りに目的地に向かうような車の旅をしていた。でもそれで良かった。最適解のまま進む旅なんて何も面白くないじゃないか。もともと予定のない旅に予定調和もない。そうして燃費の悪い不便なスポーツカーと重たい機械仕掛けのフィルムカメラを相棒に、この夏の旅は始まったのだった。
『朱い夏の日』
目次
|はじめに「連載始めました。」
|#1 「帰る場所」
|#2 「手の中の機械が自分の手足のように思えること」
|#3 「深い死の影を含んだ夜の森」
|#4 「でもきれいな心を持っている」
|#5 「何百年後も生き続けていくもの」
|#6 「と、羊男は考える」
※不定期更新です。
