はい、ポンコツが欲しいんです
よく行くスーパーの近くに、中古車販売業者のものと思われる看板がある。
“ポンコツ車が欲しいんです”
白地に黒文字、デカデカの四角いフォント、なんだかよく分からないイラストも見える。見えるというより視界にドドーンとやって来る感じだろうか。
私の中でポンコツとは、ダメダメだけどどこか救いがある?イメージだ。お疲れ気味で動きは鈍いけれど、そう易々と処分なんてできないわよ、というような感情が含まれている気がする。
そして私は、今まさに我が家のポンコツちゃんと関わっている。
実際に手を置いて触って、カチャカチャ音を立てているこのパソコンちゃんの調子がすこぶる悪いのだ。五月より三度の入院を繰り返しているのにもかかわらず、退院直後のしばしのご機嫌はどこへやら、いとも簡単に不穏な空気へと切り替わってしまう。なにしろ立ち上がりに時間がかかる。五分で立ち上がったら拍手、十分なら良くやったのナデナデ、一時間越えの日にはもう、占いに敗れた気分だ。“書かなくて良いよ”のお告げをもらった感じ? いや、“書かない方が良いよ”の方がしっくりとくる気がする。
ポンコツちゃんならぬパソコンちゃんは、ちょっと数えたくないくらいに年齢を重ねているからきっと疲れちゃったのね…と言葉とは裏腹に決して優しくはない感情を携え、ふと右の眉毛が挙がっている自分に気がつく。皺が目立つイヤな癖…疲れちゃっているのは、持ち主の方にこそ当てはまっているというのに。
ところで私は、かなり頑丈にできている。
眼に厄介な病があって、重めの片頭痛持ちの自覚はあるけれど、風邪をひくことはないし熱を出すこともない、もちろん寝込まない。お腹周りが怪しい残念なモヤシみたいな体型でありながらも体力はあり、“忍耐子”とか“耐え忍ぶ子”とかに改名したいくらい我慢も得意な気がしている。でも、デモ?
始まりは右膝の激痛だった。
明け方の暗闇で悲鳴を挙げて、自分の声に驚いた。出来損ないのおきあがりこぼしのような動きをしながら、ボサボサ頭のままで経験したことのない痛みの原因を探る。思い当たることはキッパリとナイ。そのうち痛みも引くでしょう…という希望は本人の望みに過ぎず、チキンな私もさすがに覚悟を決めて整形外科に向かった。
「半月板損傷でしょう。」
「…でしょう? 何もしていないのにそんなことあるんですか?」
「そんなこと、あります!」
レントゲンの写真で骨に異常がないから半月板損傷って、そんな消去法ありますか? 心の声は医師に届けず帰宅した。イヤぁ、違う気がする。イヤな予感も痛みも居なくならないまま、数日が経過。痛みが全身の骨に広がって更に数日が経過。さすがにおかしい…そこでやっと、もしや更年期障害? に行きついた。
今度は婦人科を探す。どこも一ヵ月待ちと言われる。病院にかかるってこんなに大変なの?と嘆きつつ、待っている間に顔や肌の表面にまで痛みは広がっていった。
やっと予約の日が来て恐る恐る出向いた病院では、検査という名前の苦痛が待っていて、体調はより不調となる。ひたすら結果を待って、名前を呼ばれて、医師は私にある病の可能性を告げた。さすがに怯んで、一番下の娘の顔が浮かぶ。彼女はまだ大学生である。
総合病院で精密検査を受けるために、また痛みと共に一ヵ月を過ごし、人でごった返す待合室で呆然とした。世の中にはこんなにも苦しんでいる人達がいるのか…無彩色で温度が低そうに見える部屋。そういう私も日頃からカラフルを好まないのだけれど、これからは少し明るい色の洋服を選ぼう、とぼんやりしながら順番を待った。血液を採って長時間かけてレントゲンを撮って、また待って、分かったのは血液検査の結果がどんなに悪くても、特定の病気ではない場合があるということだった。
病気ではない診断は有り難かったものの、痛みが消えていくわけではなく、ロボットのような動きもそのままで、病名がつかないというのは酷でもあるということを知った。漢方薬で楽になるかもしれません、の言葉がまさかの第二章の始まりとなることなど露とも知らず、苦い薬を頑張って飲んで身体の痛みと引き換えに、今度はなんと眼の痛みを手に入れてしまう。眼が開けられず、それが漢方薬の副作用だということに三カ月も気がつかず、漢方薬を止めた後には視力が出なくなってしまった。霧の中に放り込まれたように視界が白い。何かを見たり読んだりするときは、おでこがぶつかる勢いで目を近づける。あちらこちらで転んでしまう。長女の結婚式が控えていたこともあり、焦って余計に落ち着かない。やはりこれは更年期障害なのではないか?
以前の病院ではない婦人科に出向き、顔を近づける怪しい動きで問診票を記入して、受付に出すと、怪訝な声が返ってきた。
「ここは眼科ではありませんけど?」
はい、そうだと思います。
でも私は今日ここに、助けてもらいに来たんです。
そのようなことを言うと、私と同世代に見える女性の表情は怪訝を越えて不信に変化した。私の必死はどうやら届き難い。
診察室にいたのは、俳優の小日向文世さんを思わせる優しげでかわいらしい老医師だった。
整形外科でもリウマチ科でも眼科でも匙を投げられていること、このままでは困ること、生きていけないこと。切々と訴える私に目を丸くしている。
「うーん、一般的な症状ではありませんね。あなたのような人には会ったことがありません。」
「でも仮病じゃないんです、助けて欲しいんです。もう少しの間動けないと、私、困るんです」
畳みかける、まくしたてる、ノロマな私がいつもより早口で話している!
「うーん、僕はね、個人的に更年期障害という病気はないと思っているんですよ。長く生きてきて疲れがたまって、あちらこちらのバランスが崩れて、自律神経が乱れて苦しくなる、そういう総合的なことを更年期という便利な言葉に当てはめているような気がしてね。」
…言葉が耳に残る。
医師と自分のこれからを信じても良い気がしてきた。
そして、女性ホルモンを補充する治療を始め…また大きく躓いた。合わないのだ。最初から上手くいくことはそうそうないらしく、落ち着くまでには個人差もあるそうで、闇からはなかなか抜け出せなかった。眼の不調だけではなく、五十を過ぎて発症した花粉症はこれまでで一番重く、その後は全身に広がる蕁麻疹に苦しみ、次に下腹部の痛みで起き上がれなくなった。いろんな症状が交互に現れては移っていく。今は信じられない眠気に襲われているのに眠れないという新たな戦いに挑んでいるものの、視力はだんだん落ち着いてきた。異なるホルモン療法を始めて丸四カ月以上が過ぎていた。
お盆前、医師にその旨を伝えると、
「よーし、いいぞいいぞ! その調子その調子、頑張れガンバレ! 行け行けぇ!」
キュートな小日向医師は優しく右腕を振り回してくれた。これはきっと私へのエールだ。真似をして腕を動かそうとして不意の痛みに肩を押さえる。小日向医師はニコニコしている。
元気で丈夫なはずだった。
健康には自信があった。
これまで睡眠時間は少なく、自分のことに気持ちが回らない生活だった。
疲れているのが当たり前だった。
過信していた。
大丈夫だと思い込んでいた。
でも思うのだ。
私が特別なのではなくて、世の中みんなそんな人ばかりなのではないだろうか、と。大切な人のため、家族のため、仕事のため、夢のため。“~のため”は理由になって、そのまま頑張ることのエネルギーになる気がする。一方で不具合を見逃す隠れ蓑になってしまうような気もする。見たくないものは見ないという都合の良さ。
まだあちらこちらが鈍く痛いし、今もしょっちゅう出現する蕁麻疹は思いの外ツライ。それでも私は、運転できる程度には見えるようになって、聞こえていて動けていて、八月の訪れと共に復活のアラームが鳴ったようにも感じている。そう、今度こそきっと上手くいく。
例の看板、実は長らく好みではなかった。
看板での“ポンコツ”は良くない気がしていたのだ。
お世話になった車のことを「ポンコツですけど買ってください」って言っちゃうの?とか、中古車を買いに来た人に「元ポンコツですけど問題はありませんので!」と売りつけちゃうの? とか、いつもの悪い癖がグルグルしていた。
でも今は少し、柔らか頭になった自分を感じている。
ポンコツ箇所を修理して、次なる誰かにバトンを渡しているのね、と。
実際はキレイごとばかりではないのだろうけれど…歳を重ねたがゆえのダークで黒い私を封印しつつ、改めて思うのだ。
ポンコツだって、生きるは続いていくのだから。
実は今回、マイキーさんが企画なさった #エッセイしりとりに、参加しております。もう…心拍数はみるみる上昇中 ♪♪
お茶目なもちさんからのご指名に、上を向いて下を向いて右を見て左を見て、思いきり固まりました💦💦
もちさんのエッセイにはいつも、
洗練とふわっと香るサバサバ感、そしてお茶目が溢れています✨
さて。
私がしりとりのバトンを渡したいのは、Tomoko|パワフルエイジングさんです。
お名前の通り、パワフルに美しく✨年齢を重ねることについて語っていらっしゃいます。“自由の女神”のイメージが重なるお方です✨✨
Tomoko さん、お忙しいところ申し訳ありませんが、タイトルが「す」で始まるエッセイをお願いします。
★ バトンを渡された人が、渡した人のタイトルの最後の文字をタイトルの最初の文字に使う、というのが、こちらのしりとり企画です。(繋げなくても大丈夫とのこと)
