新たな‟在り方”を考えたとき
今日から新年度🌸
さて、フルタイム勤務を辞めてまで求めていたのは
「やり方(Doing)ではなく、在り方(Being)」
本音レベルでしっくりくるような
「新しい在り方」ーBeingー
自分は、この世界に、どのように存在するか、
ということなのではないか、と
先日こんな投稿をしました。
ちょっと、やり方(Doing)とか在り方(Being)とか、
ベタな表現でなんだか微妙だなと思うけれど、
これ以上表現のしようがないので、このままにしておきます。
すると、その「在り方」さえ、しっくりくれば、
今までの環境やその延長でもいいんじゃないか?
同じ職場
同業他社
同じ働き方での転職
同じ内容を独立して仕事にする
みたいな。
もちろん、そういう感じで
気持ちの切り替えや、居場所や形態を変えれば、
しっくり、ピッタリする人も
いて、それはそれで素晴らしいと思う。
でも、
自分の場合、その求めてる「在り方」が、
今までの職業生活の延長には…
存在しなかったんですよね。
その求めている「在り方」をあえて言葉にすると…
本来の自分自身を表現した生き方
《自分を表現する》ってなると、
職業クリエーターになるみたいなことを
一般にイメージしやすいのかもしれないけれど、
そうじゃない。
「使命を生きる」とか、大それたことでもなく、
巷でいう「ワクワク」とか、「好きを仕事に」とか
浮わついた感じでもない。
それは・・・
一瞬一瞬が本音を生きる時間になっていること
休みたくなったら休んでいる
動きたくなったら動いている
常に自分のペースを保てている
つながりたい人とつながれている
一杯のコーヒーをじっくり味わう余裕がある
本当に感じていることを納得した表現にしている
季節の移ろいや風の香りの体感を大事している
自分の思考や感情の動きをしっかり捉えられている
そんな感じで、とっても地味なんだけど。
そのリズムの延長に何かしたいことがあったらすればいい。
「在り方」を大事な軸にして、納得していたいだけであって、
全く動かずに瞑想したり呼吸だけしていたいわけではない。
今までやってきた道のりと、自分の本音の部分が
意味を持ったまま相互に融合して再配置されていく、
みたいなノリ?というか。
ちなみに、組織の一員として働いていた今までが
決してウソだらけだった、というわけでもなく…
今までは「社会や組織が求める役割」を一生懸命こなしてきた。
それはそれで尊くて、実際役に立ってきたのだと思う。
一般に、社会や組織が求める役割を上手く果たすのが、
‟社会ゲーム”の攻略法だし。
ただ、「社会や組織が求める型」も悪くはないけれど、
組織や業界が求める型の範囲で活動していると…
【その①】
本来の自分の感じていること考えていることを
組織や業界が求める小さめの枠内に収めることに
いちいち膨大なエネルギーをとられすぎてしまう。
そこにエネルギーと時間を使うのか⤵…みたいな。
それでも、
自分の本音の声があまり聞こえてこなかった時期は
それも平気で合わせられたのだと思う。
周囲の皆がそう振る舞うのが普通になってるから、
そんなことにエネルギーを膨大に使っていることすら
普段は全く意識できないことが多いけど。
だから、社会人生活を送るうえで、
‟自分の本音がわからなくなるメリット”ってあるな、
とも、つくづく感じる。
【その②】
いくら裁量が大きい、自由度の高い仕事でも、
スケジュールが年単位、週単位で固定化しがちで、
日常も対応に追われて忙しくなりがち。
お金はもらえても、自分時間は減っていく…
そして、どうしても、連日どこかから連絡が入り、
自分の内側よりも外側にばかり意識が行きすぎてしまう。
職務のスピード感に合わせる面白さもあるんだけれどね…
そうして結局、本来の自分のペースが崩されてしまう。
というわけで、
《自分の本音》が組織や業界の枠という金型で
ザクっと切り落とされてたり、
《自分のペース》が、職場のペースにかき消され、
自分のペースなんてそもそも存在してたのか?
って感じで忘れ去られてしまう、というか。
あらためて、言語化してみると・・・
今までよく、その枠内で頑張ってきたと思うよ、自分。
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