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いつも‟やりたいこと”のすぐそばにいた

すでにやっているのに…
当たり前すぎて、
自分自身が価値が見いだせてない。

今までやっていたこと、
視点と切り口を変えるだけ。

すぐ目の前にあるはずなのに見えなかった。

例え、やってること自体は同じだとしでも…

違う感覚の世界のせいか、
求められる意識の深度やペースが違うせいか、
薄いベールに遮られているような…


退職前、長年多忙で「充実」していたときもずっと、

そんなもどかしさの中を
しばらくの年月通ってきた。

そんな気がする。


イメージを無理やり言語化すると…

本当に心が求めている切り口は、

今いるところにいて、
同じ立ち位置から、同じ目の高さで、

今までと同じ座面で30度見る方向を変えるのでもなく、
今までと同じ座面で180度見る方向を変えるのでもなく、


それ、離れたところから見てごらん?

まず、いったん視点だけ後方3メートル下がって、
元の位置にいた自分を背中ごとみてみようか。

自分込みの前方の景色もみえるね。
自分がいた背景もよくみえるよね。

その場所で、1回360度ぐるりとまわってみようか。

そして元の方向を向いて、

左斜め上下90度まで視点をゆっくりずらしてみて、
右斜め上下90度まで視点をゆっくりずらしてみて、

さて、

「今まで」がどうみえる?
「これから」のヒント満載でしょ?

みたいな謎解きに近い感じというか、

平面視点から立体視点への変化というか、
従来型の社会適合視点から自己表現視点への変化というか。


従来型の社会への適合視点のままで、
二次元の紙の上にマトリックス図とか書いて
思考を使って分析して、

目先を変えて、ちょっとラクに楽しく
「自分らしく生きる」みたいな情報は
この世界にあふれ返っているけれど…

自分がしたいのは、そこじゃない、
ということには気づいてる。

そもそも、今まで世界中が適応してきた社会自体も
現在進行形で土台もろとも変化している最中。。。


今までとモードが違いすぎるから、
そんなの簡単に気づかなくて、
雲をつかむ感じ。

でも、求めていたら、

明らかに手掛かりがつかめてきて
徐々に輪郭のようなものが姿を現してきた。

心のセンサーに従っていさえすれば、

わかりやすそうな、そっちは違う。
みえにくいけど、こっちで大丈夫。

頼まれてしているスポットの仕事以外に、
近頃手元でしていることは、
結局そんなところに落ち着いているような。

それは、仕事というより
もはや感覚的には遊びや日常の延長のような…


でも、振り返ると、

社会的な「やるべきこと」に日々追われたり、
刺激とか職場とか常識とかの固定観念で覆いで
心の目が曇ってしまって、
気づけなくなってしまっただけで…

いつも本来「やりたいこと」のすぐそばにいて、
すぐそばにいるだけどころか、

別な角度から見ると、
ある意味ずっとやりつづけていたんだと思う。


数値化や生産性や結果を出すとかみたいな
社会的評価の枠を超えて、
自然にやり続けていたことを再発見する。

ただやりたいから、やる。
興味ある方に、歩いていく。
なんだか毎日が軽やかで楽しいかも♪

そんな小さい子どもだった頃の自分の感覚に戻るだけ。
それが、鍵のような気がしてる。

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ほのか|移行期のメモ 読んでくださってありがとうございました。 いいなと思ったら応援してみませんか?