市場主義と仲良くしたい、のその後
柄にもなく続きを書いてしまう。
前回書いた記事でビビッとアンテナが立ったのだろう、ふらっと入った書店で見つけた本がまさに求めていたヒントだった。
贈与を巡る旅 つながりと身体の倫理学(著:近内 悠太)

この本が旅行の感想文なので、感想文の感想文を書くつもりは無いのだが、要は前回草薙素子少佐に言い放った、
"耳と目を大きく開き、大いに話り、騒がしく暮らせ"
ここを指す市場主義を離れた場所とは、"儀式"により価値が増す文化という領域だったんだと気付かされた。
僕が市場主義とどうも折り合いが悪くなったのは、何でもかんでも市場主義の原理で解決しようとしていた事、つまり"非効率的で無駄の多さこそがその存在と価値足らしめるものもの"をちゃんと文化の領域だね。と認める余裕の無さだったのだなぁと思った。
僕は文明で生きる糧を手に入れ、文化に生きるのである。
日常に置き換えると、
仕事では"問題解決"をがしがし進める。
しかし育児や家庭においては、"問題解決"というお題目を置いとく。
すると、"ケア"という言葉が立ち上る。
そこに僕が生きる意味もついてくる。
市場主義と仲良くするというのは、そんなところなんじゃないかな。
