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映画「晩菊」の原作を読む(その1)〜林芙美子「晩菊」は“女と男“

成瀬巳喜男監督の映画「晩菊」を観て感想を書いた。杉村春子主演の映画は、戦後に懸命に生きる女性たちを描いていた。

この映画の原作として、林芙美子の3つの作品がクレジットされている。「晩菊」「水仙」「白鷺」である。三作とも、Amazon Audibleに入っている。

この中の、映画ど同じタイトルの「晩菊」を読んだ。テキストも無料でアップされている。(青空文庫もあり)

「晩菊」は女と男の話である。もちろん、主役は“女“である。主人公の‘きん‘は五十六歳、両親はなく養父母に育てられ、娘の頃は神楽坂小町と称された美人。十九歳で芸者になり、絵葉書にもなった。そのきんも、戦争を経てつつましい生活をしている。

小説の出だしは、こうである。

<夕方、五時頃うかがひますと云ふ云ふ電話であったので、きんは、一年ぶりにねぇ、まぁ、そんなものですかと云った心持ちで、電話を離れて時計を見ると、まだ五時には二時間ばかり間がある。>

<けっして自分の老いを感じさせては敗北だ>と、きんは風呂に入り、顔をマッサージし、化粧をする。この描写は、女の凄みを感じさせる。

きんのもとを多くの男が通り過ぎていったが、五時頃来るという田部はその一人である。<田部からの電話はきんにとっては思ひがけなかったし、上等の葡萄酒にでもお眼にかかったやうな気がした>。

こうして再会する、きんと田部を描いた小品が「晩菊」である。きんの前には、甘い思い出となっている過去と、時を経て培養された現実がある。

小品と言うのはページ数から言うのであって、この短い小説には、きんの長い長い人生が詰まっている。その人生の中において、田部との再会は、ほんの小さな出来事である。ただし、それは小さいからといって、軽いものではないように見える。

初出は、「別冊文藝春秋」昭和23年(1948年)11月号。

映画「晩菊」は、この小さな出来事と、そこに内包されたきんの人生をドラマの幹に据えている。きんを演じたのが杉村春子、田部は上原謙。小説とは少し印象が違う。

原作というよりも、インスパイアされたという方が適しているようにも思う。それでは、次は「水仙」を読んでみよう。

(続く)


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