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私は音で人を好きになる

私は、音で世界を感じている。
景色よりも、言葉よりも、
まず“音”が心に届く。

小さな頃、
ヤマハ音楽教室に通っていた。
姉のあとを追うように
始めたものの、
私はピアノが全く好きじゃなかった。
鍵盤を押すたびに「違う」と言われ、
ピアノ教室の子にバカにされ、
胸の奥で小さくひびく
“間違った音”だけが残った。

それでも、
音階だけは身体に染みついた。
いまでも子どもたちが
無茶苦茶な音階を歌い出すと、
私はつい正しい音を返してしまう。
すると子どもたちはケラケラ笑う。
その笑い声が、昔の痛みをそっと
上書きしていく。

英語が好きなのも、音のせいだ。
意味より先に、耳障りがよかった。
息の抜け方、リズム、
口の中で転がるような柔らかさ。
言語というより、
ひとつの“音楽”
として好きになった。

だから、
藤井風の発音に惹かれるのは
自然なことだった。
英語でも日本語でも、
彼の声は私の耳を震わせる。

そして私は、
「人の声のトーン」にも
とても左右される。
どんなに顔が良くても、
どんなに歌が上手くても、
私の耳に合わないトーンだと、
もう無理なのだ。
これは仕事でも同じで、
声のトーンが合う人には
自然と心が開く。
耳心地が良い人には、
安心して話せる。
とてもわがままな耳が、
勝手に選別しているみたいだ。

人の声だけではない。
私は、生活の中の音にも敏感だ。
日常でも耳は勝手に
世界を判断する。
最寄り駅は地下鉄なのだけれど、
階段をダンダンと
大きな音を立てて上がる人が
どうしても苦手だ。
その音だけで「ガサツな人」
と決めつけてしまう。
もちろん、”ただ急いでいるだけ”
かもしれないのに。
でも、音は私にとって
“性格”のように聞こえる。

音で世界を感じるというのは、
少し生きづらくて、
でも少し救われる生き方だ。

嫌いだったピアノも、
子どもたちの笑い声も、
風くんの声も、
地下鉄の階段の音でさえ、
全部が私の世界を形づくっている。

私は、音に振り回されながら、
音に導かれて生きてきたのだと思う。

そんな私が
何度も聴きたくなる声がある。
風くんの全曲英語アルバム。
意味を追わなくても、
ただ音として心地いい。
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風くんエピソードはこちら
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