なぜ会議は時間通り終わらないのか?ー現場と経営のあいだにあるべきものの不在
前回、現代物理学が今このタイミングだからこそ持つ面白さについての記事をアップしました。記事中にも記述した通り、物理学者になりたかったけどなれなかった私は、いま物理学とは全く縁のない仕事をしているビジネスパーソンです。なので、ビジネスパーソンらしい記事も書いてみようと思います。
前回の記事では、
人間が心から納得するための要件は何なのか?
そして、物理学はそれに答えることができるのか?という命題について整理しました。その中で、
人間が心から納得し腹落ちするのに必要なのは「根拠」ではなく「論拠」だ
という私の考えをまとめました。この概念整理は、そもそも私がビジネスを通じて「どうしてこういうことが起こるのだろう?」と感じてきたことを追求した結果、私の中で整理された考えです。
ですのでこの概念は学術だけに当てはまるものではなく、むしろ誰でもビジネスや日常生活に用いることができるし、そうやって用いてこそ有用だと思います。そこで、この概念がビジネスの文脈でどう当てはまるのか、具体的なケースでまとめてみようと思います。
とある飲食店でのケース
次のケースは、とある飲食店の店長とオーナーの会話を想定したケースで、ビジネスシーンでは割とどこでも見られる光景なのではないかと思う事例(創作)です。
店長:ライバル店に顧客を奪われて売上が下がっているので、当店でも新ランチメニューを開発します!
オーナー:それはなんで?
店長:ライバル店のランチメニューが美味しいと話題になっているんです!
オーナー:いや、私が聞いてるのはそうじゃない、本当にそうなの?
店長:最大のライバルに大切な常連顧客を奪われているからです!
オーナー:・・・(イライラ)、具体的にどの顧客が奪われてるの?
店長:え?えーと常連だったAさんとBさんを店で見かけなくなって、Cさんもライバル店の方が美味しいって言ってまして云々・・・
オーナー:あーもういいわ

私はビジネスを通じてこの種のディスコミュニケーションを山ほど目撃してきました。(私の所属組織に限らない。)このようなシーンを第三者として目撃することも、私自身が当事者として経験することも。私が店長側の立場としてもオーナー側の立場としても。そのたびに私は、どうしてこうなってしまうのだろう?と感じていました。
このケースでは会話を敢えて挑発的なトーンにしているのですが、それを差し引いても構造的に同型のディスコミュニケーションはたくさんあるのではないでしょうか。(もしこんなコミュニケーションはないということであれば、かなり良い組織に所属されていると思います。)
明らかに会話が噛み合っていませんが、もしあなたが店長なら、オーナーにどのように説明しますか?また、この会話の不整合はどうして起こっていると思いますか?
この飲食店がどのような状況に置かれているのか詳しい情報はありませんので、会話から読み取れない部分は自由に創作していただいて構いません。
オーナーに対する説明案①
この店長とオーナーの会話における店長の回答は
点の回答でしかなく全体像が見えない
と感じるのではないかと思います。なので、店長には全体像が分かるような回答が必要だと思われたのではないでしょうか。
それでは、例えば次の説明ではどうでしょうか?これでオーナーは満足してくれるでしょうか?
市場の拡大:
商圏に大企業の社屋ビルが開業し、ランチ需要は拡大している。
競合の増加・競争の激化:
新たな需要を狙った移動販売車が増加している。
ライバル店が続々と新しいランチメニューを開発している。
自社の減少:
ランチ売上が減少している。
主張:ゆえに、自社は競合に売り負けてランチ需要拡大のチャンスを逃していると言える。新たなランチメニューを開発し、需要拡大のチャンスを生かす。

どう思いますか?
オーナーに対する説明案②
これなら自社と外部の動向の全体像が構造的に分かる説明になっていて、オーナーも満足してくれそうな気がすると思います。しかし、ここで「いや、これじゃあ分からないな」と感じた方もいらっしゃるのではないでしょうか。そのような方はきっと、
頭の中でこのオーナーと同じことを考えている
のではないかと思います。
そのような方が考えたことは、おそらくこんな感じではないでしょうか。
影響の重大性:
ランチ売上減少により、当社売上全体が減少
売上全体の70%、利益全体の60%をランチが占める
影響の緊急性:
ディナー顧客層とランチ顧客層は重なっている
ランチ顧客の喪失はディナー顧客の喪失に繋がる恐れ
施策の方向性:
材料費・光熱費・賃料・人件費、いずれのコストも高騰しているが、これ以上のコスト削減はサービス低下による顧客満足度の低下を招く恐れ
ランチ顧客の喪失を放置したディナー領域の施策は効果が十分に発揮されない
主張:ゆえに、ランチの減少は当社にとって大きな問題であり、今すぐに対策を打つべきである。コスト削減・ディナー領域拡大の施策は適切ではなく、ランチ売上の拡大策が適切である。

どうでしょうか?どちらの説明の方が納得しますか?
両者の違いは何か?
この2つの説明は何が違うのでしょうか?
結論から言えば、
前者は「問題が起きた理由」(なぜ問題が起きたのか?)
後者は「それが問題であると言える理由」(なぜ問題なのか?)
です。
これは、前回記事でまとめた「根拠」と「論拠」です。おさらいすると、
根拠は「そうなる理由」
論拠は「そうでなければならない理由」「そうであることが必要な理由」「そうであると言える理由」
この場合で言えば、「そうなる理由」の”そう”というのは、問題(売上が下がったこと)を指しますので、「そうなる理由」とは「問題になる(問題が起こる)理由」ということになります。
「そうでなければならない理由」というのは「問題でなければならない理由」ということですが、これでは日本語としては少しおかしいので、その意味するところに沿って適切に言い換えると「問題にしなければいけない理由」、すなわち「問題であると言える理由」ということになります。

ビジネスシーンでのコミュニケーションを見ていて私がいつも思うことは、
「問題が説明できる」ようになると「それが問題だ」と直結してしまう人が多い
ということです。
ですが、ほんとうはその間にもう一層あります。それが論拠です。
経営者が知りたいことは何か?
どうしてこのようなズレが起こるのでしょうか?
経営者やマネジメントは何が知りたいのでしょうか?
経営者やマネジメントは全ての責任を背負う立場として、常に全体視点・全体俯瞰で考えています。なので「これ問題ですよ」と言われた瞬間、頭の中で瞬時にさまざまな可能性に思いを巡らせます。
この事例のオーナーの場合、例えば以下のようなことが頭の中を駆け巡ると思います。
本当にそうなの?
ランチ売上が減少したのは、ランチ需要全体が減少しただけで、競合に売り負けたわけではないのかも?
競合店でも一様にランチ客が減少していて、苦し紛れに新メニューを開発しただけかも?
だとすると、新メニュー開発という対策は的を外しており、開発投資がムダになってしまうかも?
どれくらい重要なの?
ランチ売上が減少したことはどれくらい大きな問題なの?
一時的なの?継続的な現象なの?
なんで今なの?
その打ち手でいいの?
ランチ売上の減少をコスト削減でカバーするのはダメなの?
ディナー領域の拡大でカバーするのはダメなの?
別の有効な対策があるかも?
なんでランチの新メニュー開発なの?
投資の大きさとリターンの確度はどれくらいなの?

オーナー自身が現場で起きていることや外部環境の変化を知っている場合にはこのようなディスコミュニケーションは起こりません。オーナー自身がすでに「これは問題だ」と認識しているからです。しかし、事業規模が大きくなり事業構造が複雑になるとそうはいかなくなります。
そうなると、経営やマネジメントは「そもそもなんでそれが問題なのか?」という疑問が解消されないと、頭がその先へ進めなくなってしまいます。「なんでそれが問題なのか」の方が「なんで問題が起きるのか」よりも、
より本能に近い根源的な知的欲求なので、こちらの方が先に来る
からです。経営者やマネジメントがまず知りたいのは「問題の論拠」です。頭の中が???でいっぱいでそれが解消されないのに、問題が起こる理由や対策ばかりを聞かされると、その人の性格によってはイライラしたり怒り出したりする人もいるというわけです。
人は一般に、それが自分にとって重要なことだと認識して初めてそのことに興味を持つものです。論拠に納得して初めて、「なぜそうなる?」ということに興味が移ります。ですから論拠というのは、問題の根拠と主張を結び付けているものなのです。
このことはビジネスに限らず、日常のコミュニケーション不全のうち、かなりの部分で当てはまることがあるのではないでしょうか?私自身もかなり思い当たることがあります。
どうしてこのようなことが起こるのか?
どうしてこのようなことになってしまうのでしょうか?
結論から言うと「問いの立て方が担当者のままだから」です。
経営視点、経営からの要請に応えられていないのです。本記事での店長とオーナーとの会話では、オーナーにもかなり問題があります(敢えてそのように創作したので)。自分が何を聞きたいのかを明確に言っていません。このことも私はビジネスシーンでたくさん見てきました。コミュニケーションの不全は、往々にして双方に原因があります。この点についてはちゃんと言及しておきたいと思います。
ですが、店長の伝え方には改善の余地がある。少なくとも、オーナーが何を聞きたいのかを確認することはできます。
コミュニケーション能力の根幹は決して、しゃべりの達者さや会話の瞬発力の高さ、プレゼンや資料の上手さではありません。
そして、このことになかなか気づく機会、学ぶ機会がないというのが、このようなことが起こる余地を減らすことを妨げていると思います。
多くの企業では、新卒入社から数年の間に、問題解決やロジカルシンキングの研修をおこなうと思いますし、日常のOJTを通じてもそれらを学ぶと思います。
多くの問題解決に関する研修や書籍などを見ていると、多少の差異はありますが、大半に共通するのは以下のような3つの枠組みかと思います。
What・Where(分析・発見):問題は何なのか?問題はどこで起きているのか?
Why(真因特定):なぜ問題がおきているのか?どのようにして問題がおきているのか?
How(解決策立案):どうやって解決するか?
これによって問題がどのように起きているのかを語れるようになります。しかし、これだけでは経営に意思決定を求めるには足らないのです。(そもそも問題解決を軽視して、ちゃんと訓練しない企業も多いですけど。)事例と同型のディスコミュニケーションでは多くの場合で、
論証が足りていません。
論証とは、論拠を明らかにすることです。すなわち「なぜそれが問題なのか」を語らないと経営の意思決定に耐えないのです。
論証とは反証を潜らせることでもあります。打ち手は提案するが「なぜこの案になるのか?」が弱い。提案資料はあるものの「何を決めて欲しいのか?」がボンヤリしている。そんな風になっていることが多いのではないでしょうか?これらの現象は、論証が不明確な場合に起こります。主張は反証を潜らせて初めて強くなる。
ビジネスであっても学問とまったく同じです。
経営に意思決定を求めるまでに必要なプロセスを問題解決の枠組みに沿って書くと以下のようになります。
WhyItMustBeSo・SoWhat(論証):なぜそれが問題と言えるか?
Which(解決策比較・収束):どれがいいのか?
Decide・Peopose(意思決定):何を決めてもらうのか?
敢えて問題解決プロセスに付け足す形で構造化すると以下のような概念図になると思います。

論証の不足が招くこと
論証が不足すると、「なぜこの解決策なのか」が弱くなり、解決策の効果や意思決定の質が低下します。
この事例では、説明案①でも意思決定をすることはできます。
この事例はあくまで論理構造を分かりやすく伝えるための創作なので、店が置かれている状況の詳しい情報はありません。「競合店に常連客を奪われている」といっても、問題が品質(味や健康志向など)なのか価格(金額やコストパフォーマンスなど)なのか、メニューに飽きたのか待ち時間を嫌ったのかなど、本来はさらに解像度を上げて原因追及が必要ですがそれはできないので、仮にメニューに飽きたことが原因としましょう。
説明案①で話をすすめると、「メニューに変化や幅を持たせて常連客を飽きさせないようにする」ことが課題認識になりそうです。
しかし、これを実行して選択肢を増やす一方で、オペレーションの煩雑化や食材ストック量の増加などを招き、見えにくいところで顧客の小さな不満増加や効率悪化を招いたり、効果はあったけど投資に見合わなかったり、といった展開になりがちです。
打てる解決策はそこだけなのでしょうか?
この店ではランチとディナーの客層が重なっているとするならば、ディナー側に投資することで、利益率の高いディナー側を拡大する方が利益率UPとランチ顧客取り戻しのどちらも狙えて、投資効率のよい対策になるかもしれません。ランチ客にはディナーの特典を付ける(その逆もあり)ことも短期繋ぎ対策や補完対策になるでしょう。
投資と効果の程度と実施に必要な時間によって、メイン施策・サブ施策・短期繋ぎ施策など、ランクの異なる施策が出てくるはずです。
少し書いてみるだけでも、解決策を単発ではなく「複数案を組み合わせた展開」のストーリーとして、財務影響まで含めた提案ができそうです。
ここまで提案できると、意思決定の論点が
「これを実施するか否か」から、「どの施策が最も効果が上がりそうか」に変わります。
このような解決策立案の発散、各案の比較検討、収束検討は、説明案②の視点がないと出てきにくいのです。(出ないとは言いません。)
説明案②で話をすすめると、問題認識が「失っているランチ売上が店全体に大きな影響を与えることが問題」ということになるので、課題として「ディナー比率を上げること」も視野に入るのです。
また、売上・コスト・利益が見えているので、自然に「どれくらい費用をかけてどれくらい効果を出すか」という考え方にも接続します。
このように、ほんとうにそれでいいのか?他にもあるんじゃないのか?と考えなおすことが論証です。
論証が不十分だと解決策の発散・比較検討・収束が浅くなるのです。
必然的に、求める意思決定の質も下がります。
・・・こんなことを教えてくれる研修に出会ったことありますか?
起こることの典型
私の知る限りでは、このような内容でおこなわれる研修というのを見たことがありません。ですので、このようなことを学ぶ機会がほぼ実務経験任せ・現場任せになってしまっているのが多くの日本企業の実情ではないかと思います。
日本の企業は一般に現場が強いので、各担当者は問題の実態をつかむ力に長けていることが多いです。しかし、幹部職になっても問いの立て方が担当者のまま成長しにくい。一方で、実務の中でたまたまこういうことを経験する機会がある人は、経営とのコミュニケーションに必要な分析・論証の力を鍛えられやすいという構造になっているのではないでしょうか。(例えば経営企画部門など)
日本の多くの企業では、意思決定の会議がやたらと長引き時間通りに終わらないというのが日常茶飯事なのではないでしょうか?あるいは議題が差し戻しとなることが多いのではないでしょうか?その原因は、提案する側の論証が足りていないためにそのままでは経営が意思決定できず、意思決定の場で経営が細部まで聞き出そうとするからです。意思決定会議の場で論証を始めてしまう。ゆえに会議の時間がいくらあっても足らない。
そして、問題を会社視点で語る力が弱いということは部門横断課題の解決力と意思決定力が弱くなる、そして重要課題の対応や推進が遅れるということに繋がります。

我々に足りないもの
ですが深刻になることはありません。
我々に足りないものは
分析スキルでも
資料作成スキルでも
コミュニケーション力でも
プレゼンテーション力でも
学力でも
地頭の良さでも
ありません。
単に訓練が足りていないだけです。
この思考能力は訓練でかなりできるようになります。逆に言えば、いくら教わっても知識として吸収しても、いくら自己啓発書を読んでも、訓練をしなければできるようにはなりません。
イチロー選手は野球史に名を残した名選手ですが、イチロー選手の持っている動体視力や野球センスがなければヒットを打てないわけではありません。イチロー選手にどれだけバットの振り方を教えてもらってもヒットを打てるようにはなりません。ヒットの確率を高めるのは「自分がバットをどれだけ振ったか」だけだと思います。(私は野球経験者ではないですけど。)
今日、生成AIの登場によって「問いを立てる力」がますます重要になっています。というか、敢えてかなり挑発的に言ってしまうと、
人間の頭脳労働で残されている領域は「問いを立てる力」しかない
と言っても、暴論ではあっても的外れではないと思います。問いの立て方が未成熟なままでは、生成AIから価値を十分に引き出すこともできないし、これからだんだん評価されにくくなっていくのはほぼ間違いありません。
しかし、逆に言えばそれが今後求められる力になると思います。(だから、変な危機感に襲われて我が子に「これから生きていくためには大工さんになれ」みたいに、本人の意思を無視したヒステリックな反応をとる必要もないと思います。)
もしこの内容があなたやあなたの所属組織に役立ったらとても幸いです。(ちなみに私は経営コンサルタントでもなんでもありません。この内容は、私が実務の現場を通じて感じてきた疑問を自分なりに突き詰めた結果、私の中で整理されたものです。もし機会があれば「これを訓練するメニュー」についても書いてみようと思います。)

