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【組織開発プロフェッショナルを目指す方へーVol.87】3.5-3 Performance Supportーーー人は「学んでも」動かない

なぜ書くか

様々な情報が飛び交う現代において、人事(HR)に求められる役割は年々高度化しています。一方で、日本に住む約1億人の多くが、グローバルでの最新のHRの取り組みやアカデミックな知見に体系的に触れる機会を十分に持てていないのが現状です。

Every Inc.では「日本のHRをもっとグローバルに」というビジョンを掲げ、グローバルな取り組みや学術的文献、先端企業の実践事例をもとに、HRに関する知見を発信しています。

本ブログでは、「日本ならでは」「日本では難しい」という枠組みではなく、“グローバルスタンダードとしてのHR・組織開発"を軸に、

  • なぜ今、その理論が重要なのか

  • 組織で何が起きているのか

  • HRはどのような問いを立てるべきなのか

を整理していきます。本ブログでは、CPTDの能力要件を軸に、
組織開発を支える理論と実務をつなぐ視点を提供しています。
少しでもこの領域を楽しんでくださる方が増えたら嬉しいです。

※CPTDとは

ATD(Association for Talent Development)は、世界最大の人材開発(Talent Development)に特化したプロフェッショナル団体であり、個人・組織の能力開発に関する国際的な標準をリードしています。そのATDが提供するCPTD(Certified Professional in Talent Development)およびAPTD(Associate Professional in Talent Development)は、人材育成・組織開発・学習設計・パフォーマンス改善といった領域において、実践力と専門性を証明する世界有数の資格です。

本記事は、CPTD能力要件 "3.5 Performance Improvement" の各論です。前回は、成果が「環境・プロセス・システム」の相互作用から生まれることを説いた「Human Performance Models」を扱いました。

では、次の問いです。 "もし人が「分かっているのに、現場でできない」とき、何が必要なのでしょうか。" ここで重要になるのが、**Performance Support(パフォーマンス支援)**です。


ケース:研修直後はできるのに、現場で使われない

ある企業で新しい営業プロセスが導入されました。営業担当者は丸一日の研修を受け、以下の武器を学びました。

  • 新しい提案フレームワーク

  • 顧客ヒアリング手法のテンプレート

  • 心理学に基づいたクロージング技術

研修直後のロールプレイでは、多くの参加者が「これならいける!」と手応えを感じ、見事に実践できていました。しかし1ヶ月後、現場に戻った営業たちの多くは、結局以前と同じ「自己流の営業スタイル」に戻ってしまいます。

理由を聞くと、本音が見えてきました。

「研修の内容は覚えているけど、実際の商談中にパッと思い出せない」
「資料が社内サーバーの奥底にあって、手元にない」
「日々の業務が忙しくて、振り返る余裕がない」

つまり問題は「理解(Understand)」ではなく、「実行環境(Performance Environment)」にあったのです。


1. Performance Supportとは何か

Performance Supportとは、**「仕事の現場で、成果を出すべき“その瞬間”に提供される支援」**です。

従来の研修は、「Learning before work(仕事の前に学ぶ)」という設計でした。しかし現実の仕事では、人は「忘れる」「忙しい」「状況が複雑で判断に迷う」という壁に直面します。

そこで重要になるのが、**Learning in the flow of work(仕事の流れの中での学習)**という考え方です。学習を「イベント」として切り離すのではなく、業務の「プロセス」の中に溶け込ませるのです。


2. Five Moments of Need:学習が必要になる「5つの瞬間」

ボブ・モシャーとコンラッド・ゴットフレッドソンは、人が支援を必要とする瞬間を5つに整理しました。

  1. New(初めて学ぶ): 新しい知識やスキルを習得するとき

  2. More(さらに学ぶ): すでにある知識を深め、拡張したいとき

  3. Apply(実行する): 【重要】 実際の現場で、学んだことを使うとき

  4. Solve(問題を解決する): 【重要】 トラブルが起き、解決策が必要なとき

  5. Change(変化に対応する): やり方が変わり、適応を迫られたとき

従来の研修は「1. New」と「2. More」にリソースの8割を割いていました。しかし、ビジネスインパクトが生まれるのは「3. Apply」と「4. Solve」の瞬間です。ここを支援せずして、成果は変わりません。


3. Job Aids(ジョブエイド):最も身近な武器

Performance Supportの最もシンプルな形が**Job Aids(ジョブエイド)**です。これは「覚えること」を目的とせず、「見ればすぐに正しい行動がとれるツール」を指します。

  • チェックリスト: 航空業界のパイロットや外科医がミスを防ぐための必須ツール。

  • 判断ガイド: 「もしAならB、CならD」という分岐を明示したフロー図。

  • 商談用カンペ: 顧客の懸念点に対する「切り返しトーク」が手元ですぐ見れるカード。


4. EPSS:システムが人をガイドする

現代において不可欠なのが、**EPSS(Electronic Performance Support System)**です。 これは、業務システムそのものに支援を埋め込む手法です。

  • CRM(顧客管理システム)の入力画面に、次に聞くべき質問が表示される。

  • ERP(基幹システム)で操作に迷ったとき、その場でガイド動画が立ち上がる。

  • 生成AI(チャットボット)に聞けば、複雑な規定のどこに正解があるか数秒で回答が来る。

「人が学習システムに行くのではなく、支援が業務のど真ん中にやってくる」。これがEPSSの本質です。


5. まずHRは何をすべきか:実行を支える3つの具体的アクション

「研修をやって終わり」を卒業し、現場の行動を定着させるためにHRがとるべきアクションを具体化します。

ステップ1:記憶の限界を認め、「暗記」を「参照」に置き換える

「研修で学んだことを暗記させよう」とするのをやめます。

  • 具体的アクション: 研修で教えた「提案フレームワーク」を、商談中にデスクやPCに貼れる「1枚のクイックリファレンス」にして配布します。

  • 狙い: 脳のメモリを「思い出すこと」ではなく「顧客との対話」に集中させる環境を作ります。

ステップ2:支援ツールを「仕事の現場」に物理的に配置する

マニュアルをサーバーに格納するのではなく、使う場所に「置く」設計をします。

  • 具体的アクション: 営業が外出先でもタブレット一枚で、顧客の課題別の「成功事例(Case Study)」を3秒以内に検索できるインフラを整えます。

  • 狙い: 「探す手間」という心理的・物理的コストをゼロにし、実践のハードルを下げます。

ステップ3:PDCAサイクルの中に「振り返りツール」を組み込む

個人の努力に任せず、組織のプロセスとして「振り返り」を支援します。

  • 具体的アクション: 日報システムやCRMの項目に、「今日の商談でどの提案フレームを使ったか?」を選択するチェックボックスを設け、その結果をチームで毎週共有する仕組みを作ります。

  • 狙い: 研修の学びが、単発のイベントではなく「継続すべき習慣」であることをシステムとしてメッセージします。


6. ケースへの回答:成果を変えるのは「実行環境」の設計

最初の営業研修のケースに戻ります。彼らが自己流に戻ってしまったのは、やる気がないからではなく、**「現場で新し手法を使うコスト(思い出す・探す)が、成果へのメリットを上回っていたから」**です。

もし商談システムの中にチェックリストが埋め込まれていたら、彼らは覚えなくても「その場」で高いパフォーマンスを発揮できたはずです。成果を変えるのは「研修」ではなく「実行環境」なのです。


7. 組織開発プロフェッショナルが立てるべき問い

  1. 私たちは「学習(Learning)」を設計していますか? それとも「成果(Performance)」を設計していますか?

  2. 従業員が最も迷う、あるいはミスをする「その瞬間(Moment of Need)」を把握していますか?

  3. 知識は、サーバーの奥底ではなく、仕事の最中に「1クリック」でアクセス可能ですか?

  4. 「覚える必要のないこと」を研修で必死に教えて、受講者の脳を疲弊させていませんか?

  5. 現場の「実行」を支えるために、どのテクノロジーやツールが活用できますか?


次につながる視点:未来への適応

ここまで「成果(Performance)」をどう分析し、モデル化し、支援するかを整理してきました。しかし、もう一つの大きな波が来ています。

しかし、どれほど優れたパフォーマンス支援ツールを導入しても、組織には「今までのやり方を変えたくない」という強固な抵抗(慣性)が必ず発生します。HRの真の挑戦は、ツールを配ることではなく、その新しい仕組みを組織の新しい日常(文化)として定着させることにあります。

次回からは、Capabilityの次のステージへ進みます。3.6 Change Management: Lewinの「解凍・変容・再凍結」やKotterの「8段階のプロセス」など、変革の理論とモデルを使い、いかに組織の抵抗を乗り越え、変化を加速させるかを扱います。

最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。 「学んだこと」を「成果」に変える、最強の現場支援をデザインしていきましょう。


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執筆者紹介:松澤 勝充

神奈川県出身1986年生まれ。青山学院大学卒業後、2009年 (株)トライアンフへ入社。2016年より、最年少執行役員として組織ソリューション本部、広報マーケティンググループ、自社採用責任者を兼務。2018年8月より休職し、Haas School of Business, UC Berkeleyがプログラム提供する Berkeley Hass Global Access Program にJoinし2019年5月修了。同年、MIT Online Executive Course “AI: Implications for Business Strategies”修了し、シリコンバレーのIT企業でAIプロジェクトへ従事。

2019年12月(株)トライアンフへ帰任し執行役員を務め、2020年4月1日に株式会社Everyを創業。企業の人事戦略・制度コンサルティングを行う傍ら、UC Berkeleyの上級教授と共同開発したプログラムで、「日本の人事が世界に目を向けるきっかけづくり」としてグローバルスタンダードな人事を学ぶHRBP講座などを展開している。

保有資格:
SHRM-SCP(SHRM)
CPTD(ATD)
Senior Professional in Human Resources – International (HRCI)
Global Professional in Human Resources (HRCI)
The Science of Happiness(UC Berkeley)他

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