【組織開発プロフェッショナルを目指す方へーVol.67】3.1 ビジネスインサイトーーーなぜHRは財務を理解しなければならないのか
なぜ書くか
様々な情報が飛び交う現代において、人事(HR)に求められる役割は年々高度化しています。一方で、日本に住む約1億人の多くが、グローバルでの最新のHRの取り組みやアカデミックな知見に体系的に触れる機会を十分に持てていないのが現状です。
Every Inc.では「日本のHRをもっとグローバルに」というビジョンを掲げ、グローバルな取り組みや学術的文献、先端企業の実践事例をもとに、HRに関する知見を発信しています。
本ブログでは、「日本ならでは」「日本では難しい」という枠組みではなく、“グローバルスタンダードとしてのHR・組織開発"を軸に、
なぜ今、その理論が重要なのか
組織で何が起きているのか
HRはどのような問いを立てるべきなのか
を整理していきます。本ブログでは、CPTDの能力要件を軸に、
組織開発を支える理論と実務をつなぐ視点を提供しています。
少しでもこの領域を楽しんでくださる方が増えたら嬉しいです。
※CPTDとは
ATD(Association for Talent Development)は、世界最大の人材開発(Talent Development)に特化したプロフェッショナル団体であり、個人・組織の能力開発に関する国際的な標準をリードしています。そのATDが提供するCPTD(Certified Professional in Talent Development)およびAPTD(Associate Professional in Talent Development)は、人材育成・組織開発・学習設計・パフォーマンス改善といった領域において、実践力と専門性を証明する世界有数の資格です。
本ブログでは、グローバルスタンダードとしてのHR・組織開発を軸に、CPTD能力要件 "3.1 Business Insight(ビジネス洞察)" を紐解きます。
ここで問われるのは、シンプルな、しかし重い問いです。
"HRはどこまで経営を理解すべきか"
勿論、どこまで行っても答えは出ない問いなのかもしれません。但し、経営を理解するという事の重要性を軽視する考え方はどのグローバルスタンダードの考え方にもありません。
ですので、経営を理解する(しようとする)ことの重要性は高いという事が言えます。
ケース:人材投資は「コスト」か?
例えばこのようなケースにHRは遭遇します。
ある企業のHRが、経営層に対して次のような提案をしました。 「次世代リーダー育成プログラム」「DX人材育成」「組織横断的な開発体制の構築」
しかし、経営会議で返ってきた言葉は、冷ややかなものでした。 「で、そのROI(投資対効果)は?」
HRは、「これは将来のための投資です」と答えましたが、議論は平行線のまま。結局、予算は承認されませんでした。なぜ、これほど重要だと思える施策が経営に響かなかったのでしょうか。
その理由は、施策の中身以前に、"HRの言語と、経営の言語が違ったから"に他なりません。
1. Business Acumen:価値創造のメカニズムを理解する
CPTDにおけるBusiness Insightの本質は、"組織がどのように価値を創造しているかを理解する能力(The ability to understand how an organization creates value)"です。
これは単なる財務の用語を覚えることではありません。「収益モデル」「コスト構造」「バリューチェーン(価値連鎖)」「競争優位の源泉」といった、ビジネスの全体像を把握することです。自社のビジネスが、誰に、どのような価値を提供し、どこでお金が生まれているのか。そのメカニズムを知らずに、適切な人事施策を打つことは不可能なのです。
2. Financial Literacy:人材施策の「財務的意味」を翻訳する
HRに求められる財務理解は、損益計算書や貸借対照表を読むだけでは不十分です。重要なのは、"人材施策が財務諸表のどこに影響を与えるか"を説明できることです。
リーダー育成:意思決定の質と速度の向上 → 機会損失の削減
エンゲージメント向上:定着率の改善 → 採用・教育コストの削減
能力開発:一人当たりの生産性向上 → 利益率の改善
経営層が投資を渋るのは、人材に反対しているからではなく、「不確実な支出」を恐れているからです。施策を「数値と言語」で翻訳し、財務的な因果関係を示すことが、HRに求められる高度な専門性です。
3. 人的資本は「戦略投資」である
人的資本はコストではありません。しかし、投資であると主張するならば、そこには「投資仮説」「パフォーマンス指標」「達成までの時間軸」が不可欠です。
CPTDは、学習戦略(Learning Strategy)を事業戦略(Business Strategy)と完全に整合させることを求めます。その投資が、いつ、どのように事業の成長に寄与するのか。このシナリオを描けて初めて、HRの提案は「お願い」から「経営の意思決定」へと昇華されます。
4. HRがまず何をすべきか:ビジネス洞察を深める3ステップ
HRが「コストセンター」から「戦略の設計者」へ変わるための、最初のアクションです。
ステップ1:自社の「有価証券報告書」を読み込む
特に「事業のリスク」や「経営方針」の項目を精読してください。経営陣が何をリスクと捉え、どこに成長のレバーを感じているか。その関心事(経営課題)と自分の施策を無理やりでも繋げてみることから始めます。
ステップ2:営業や開発の現場で「現場の言語」を聴く
デスクを離れ、実際に収益を生んでいる現場に足を運びます。「今、何がビジネスを阻害しているか」「競合に勝てている要因は何か」を現場の言葉で聴くことで、解像度の高い課題設定が可能になります。
ステップ3:施策に「成功のKPI」を設定する
すべての提案に、"何が変われば投資が成功したと言えるか"という指標を設けます。それはアンケートの満足度ではなく、「受注率」「残業代」「離職コスト」といった、経営が日常的に見ている数字に近いものであるべきです。
5. 組織開発プロフェッショナルが立てるべき問い
自社のビジネスへの関わりを深めるために、次の問いを自分自身に投げかけてみてください。
私たちの会社は、どのようなメカニズムで経済的価値を生んでいるか?
どの人材能力が、具体的に収益や利益率を左右しているか?
自分は、人事施策の「財務的インパクト」を言語化できているか?
すべての人材投資は、現在の事業戦略と明確に整合しているか?
本章の位置づけ:HRは「戦略設計者」へ
Business Insightは、あくまで出発点です。ここを入り口として、ドメイン3の各論である「コンサルティング」「人材戦略」「パフォーマンス向上」へと繋がっていきます。
HRが経営を理解しない限り、人事部はいつまでも「支援部門」のままです。しかし、ビジネスのメカニズムを理解した瞬間、HRは経営と並走する「戦略設計者」になります。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。 ビジネスの解像度を高め、組織を動かす人事施策を共に創っていきましょう。
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執筆者紹介:松澤 勝充

神奈川県出身1986年生まれ。青山学院大学卒業後、2009年 (株)トライアンフへ入社。2016年より、最年少執行役員として組織ソリューション本部、広報マーケティンググループ、自社採用責任者を兼務。2018年8月より休職し、Haas School of Business, UC Berkeleyがプログラム提供する Berkeley Hass Global Access Program にJoinし2019年5月修了。同年、MIT Online Executive Course “AI: Implications for Business Strategies”修了し、シリコンバレーのIT企業でAIプロジェクトへ従事。
2019年12月(株)トライアンフへ帰任し執行役員を務め、2020年4月1日に株式会社Everyを創業。企業の人事戦略・制度コンサルティングを行う傍ら、UC Berkeleyの上級教授と共同開発したプログラムで、「日本の人事が世界に目を向けるきっかけづくり」としてグローバルスタンダードな人事を学ぶHRBP講座などを展開している。
保有資格:
SHRM-SCP(SHRM)
CPTD(ATD)
Senior Professional in Human Resources – International (HRCI)
Global Professional in Human Resources (HRCI)
The Science of Happiness(UC Berkeley)他
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