30代主婦です。特技は正解探しです。―完璧な「がわ」の中で、ずっと誰かと繋がりたかった
鏡の前で、言うことを聞かない自分の髪を眺めていた小学校の頃の記憶がある。
周りの女の子たちの、光を反射してまっすぐに流れる髪。
それに比べて、プールから上がれば爆発し、
いくら整えてもだらしなく跳ねる自分の癖毛。
小学生らしい、
無遠慮で悪意のないからかいも受け、
私はいつも「自分はきちんとできない」と怯えていた。
あの頃、私は心にひとつの呪いをかけた。
「ちゃんとしていない私には、みんなと普通に話す資格がない」
大人になった私は、
その呪いを解く代わりに、
自分を守るための鎧を完璧に作り上げることにした。
縮毛矯正をかけ、
コンタクトにし、
本を読み、
映画を観て。
誰からもバカにされない「正解の女性」を、
必死に模倣した。
完璧な「がわ」と、空洞の心
私はいつしか、人の心の機微を「データ」として処理するようになっていた。
相手が何を求めているか、
どう振る舞えば波風が立たないか。
それは思いやりや愛情というより
高度な「パターン学習」だった。
『ここはこう笑うのが正解』
『こういう時はこう返すべき』
かつて癖毛を必死に伸ばして「普通」を手に入れたように、
心も「普通」に見えるように矯正し続けたのだ。
そうして作り上げた「がわ」は、
誰からも否定されない代わりに、
誰の体温も通さない分厚い鎧になった。
人前で完璧に振る舞えば振る舞うほど、
内側の私は
「誰とも繋がれていない」
という空虚さに震える。
以前noteに書いた、
家族に「助けて」が言えず、
子供であることをやめた8歳の私は、
この鎧の奥で今も一人、震えていた。
「最高」という一言が、世界を反転させる
転機は、ある美容院での出会いだった。
ずっと「矯正しなければダメだ」と言われ続けてきた私の髪。
「この髪、最高です」
スタイリストさんは
迷いなくそう言った。
欠点だと思っていたものが、持ち味(ギフト)に変わった瞬間。
私は、縮毛矯正という「正解」を捨てた。
今は、湿気でふわふわと揺れる自分の髪を「なんかいいじゃん」と思える。
それなのに、対人関係においてだけは、
私はまだ心の「縮毛矯正」を必死にかけ続けていた。
痕跡を消さなければ、という強迫観念
ママ友と子どもたちで一緒にでかけた旅行中、
みんなで使うシャワー室を、
私は上がる前にタオルで完璧に吹き上げた。
「次に使う人が気持ちいいように」という配慮の形を借りていたけれど。
その正体は、
逃げ出したくなるほどの強烈な「恐れ」だった。
髪の毛一本、水滴ひとつ。
シャワーという極めてプライベートな行為の痕跡を見られるのが、たまらなく怖かった。
「使い方が汚い、だらしない人間だ」と思われたくない。
「やっぱりあの子は、ちゃんとしていない」と、あの頃のようにジャッジされたくない。
次に浴室に入ったママ友は、一滴の水滴も残っていない床を見てちよっと驚いていた。
「えっ、まだ誰も入ってないの?」
私は、自分がここに存在した証拠をすべて消し去ることでしか、人と場所を共有できなかった。
完璧な状態を差し出さなければ、ここに居てはいけない。
その過剰なまでの自意識の裏で、
私は誰の手も届かないほど遠い場所で一人、
必死にタオルを絞り続けていたのだ。
なにもないこころの中に1つだけあるものは
先日、日記に殴り書きした一言がある。
「私の空っぽの心の中にあるのは『渇望』だけなのでは。誰かとつながりたい渇望。」

字も汚すぎますがこれがリアルです😶🌫️
「正解の自分」でいなきゃいけないという呪縛のせいで、
私は外の世界へ手を伸ばす方法を見失っていたのだ。
娘のPASMOと、私の「正解」
子がPASMOの残高を足りなくしてしまい、
友達から電車賃を借りて帰ってきたことがあった。
学校では禁止されているお金の貸し借り。
子は頑なに「借りない、歩いて帰る」と言い張ったらしい。
「お母さんに怒られるから」と。
私の「正解を求める性質」は、知らず知らずのうちに子にも、重い鎧を着せていた。
その事実もショックだったが、
忘れられないのは
お金を貸してくれた子のママの言葉だ。
届いたメッセージには、こうあった。
「全然大したことじゃないから、怒らないであげてね。誰も気にしてないし、よくあることだから。大したことだと思ってるのは、あなただけだよ(笑)」
恥ずかしさで顔が熱くなり、鼻の奥がツンとした。
必死に隠そうとしてきた「欠落」は、
他人から見れば、笑って助け合える程度のことに過ぎなかった。
そして私が「欠落」を過剰に避けていること、
そのひとは気づいてくれていた。
なかなか変われないけれど。
シャワー室を完璧に拭き上げなくてもよかった。
電車賃を借りてしまうことぐらい大したことなかった。
そして癖毛が爆発して、
心に空洞があったとしても。
「大したことないよ」と笑い合える関係の中にこそ、
私がずっと欲しかった「本当の繋がり」がある。
…のかもしれない。
これからは、こどもたちと一緒に、
もっとたくさん「大したことない失敗」をしたい。
完璧な(だと思い込んでいた)台本を破り捨て
不格好で温かな日常を生きていきたい。
最後まで読んでくださりありがとうございます🪽
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