事故、入院、手術。
先日、バイクで事故を起こしてしまいました。車線変更したあと、前の停止車両に気づくのが遅れて衝突し転倒しました。肩、腕、膝を打撲、顔の骨を数カ所骨折しました。
現在入院中で、近日中に、顔の骨の手術を受ける予定です。
警察との連絡、相手の方や保険会社への連絡は旦那が全てやってくれました。
相手の方は無傷だそうで、事故を起こされた側であるにも関わらず私のことを心配してくださっていたみたいです。
私も直接電話で謝罪しようと思います。
保険会社の方に、相手の方の都合の良い日を確認していただいたので、そのときにしっかりお話しする予定です。
車の運転手様、ご迷惑おかけして大変申し訳ございませんでした。
事故の瞬間に見えた景色、考えたこと、生きるということ、そして今の想いをそのまま書きました。
※事故の描写が少し出てきます。苦手でなければ最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
事故の瞬間
車に衝突してバイクが倒れる瞬間、スローモーションに見えました。
工事現場のおじさん、たまたま居合わせた救急隊員のお兄さんや看護師さん。たくさんの人達が私を助けようとしてくださっていました。
特に工事現場のおじさんは「大丈夫だからね」とずっと励ましてくださってました。
ヘルメットのフェイスガードに血の雫がついているのが見えました。
体を動かそうとしても、頭と足が痛くて震えて動かせませんでした。でも、意識はあったので聞かれたことには答えていました。
私は、流石にこの速度で当たって死ぬことはないだろうと思っていましが
けど、万が一、
打ち所が悪くて死んだとしたら
最後に何を伝えたいか考えていました。
考えてみると…
相手の運転手さんは無事そうだけど、当ててしまって、迷惑をかけてしまって本当に申し訳ないな
旦那と子どもはびっくりするだろうな
運動会見たかったな
もう少し生きて子どもの成長を旦那と見守りたかったな
友達ともう少し連絡とっておきたかったな
先生に手紙書きたかったな
他にも行きたいところあったな
おすすめしてもらった本、まだ読めてないな
最近、落ち込んでいる人達は大丈夫かな
私、生きてるだけで誰かに迷惑かけてばっかだな
たくさん考えました。
私の人生は色々ありましたが
愛する家族もいて
友達もいて
趣味もあって
大好きな店もあって
たくさんたくさん優しい人に出会えて
幸せだなって。
最終的に、
「十分生きたからもういっか」
って思いました。
ずっと胸に秘めてた想いを
隠さないといけないと思っていた人生を
私の生きた証をnoteに残せたのも大きいのかもしれません。
虐待、いじめ、不登校、私の病気、診断されてはいない私の特性について、家族や周りの人への愛情や感謝など…
全部は書けていませんが、家族のことや子育てのことで悩んでいる方にも、そうでない方にも、
同じような人生を歩んできた方や、身の回りに似たような人がいる方なんかにも何か参考になれば。
支援とはなんなのか、どうすればよかったのか、一人でも多くの方に読んでいただき、これからの子どもたちの未来を託す。
そういう覚悟を持って書いた文章。
出会ってよかった本。読んでほしいと思う本。
自分のありったけの想いを文章として残せて本当によかったと思っています。
私の見たい景色
あとは、1つだけnoteに書いた詩。
言葉が突然降ってきて、10分くらいで完成した詩。
旦那宛に書いたものではありますが、実は読んだ人全てに伝えたかった想いも込めています。
なんでだろう
綺麗な景色を見ると
どうしようもなく
あなたに見せたくなる
どうしてだろう
この美しい景色のように
あなたは尊い存在で
この世界に必要だって
教えられる気がするからかな
私はよく「好き」という言葉を使います。
家族にも好き好き大好きばっかり言いますし
あれが好き、これが好き、何にでも好きを使います。
だから、詩ではあえて使わず、「好き」を表現してみたいなってずっと思っていました。
けど、詩なんてなかなか浮かんでこない。
なんで突然思いついたのかは正直、今も分かりません。
ただ、なんで私は生まれてきたのか
どうして景色は美しいのか
なんでどうしてって
ずっと感じながら生きてきましたし、
励ましたい人にほど「綺麗な景色」を見てもらいたいなと思ってきました。
「見せる」だけじゃなくて「見せたい」とも思ってきました。
「綺麗な景色」とは、風景はもちろんですが、話しやすい環境だったり、楽しい雰囲気だったり、癒されることだったり、嬉しくなるようなことだったり。
相手がまだまだ頑張りたい。生きたいって思えるようなそんな世界を見せたい。
けど、あくまで本心で思ったことしか言わないように。
たくさん自分の心を殺してきた分、
嘘のない「綺麗な景色」を見てもらいたいし、
私自身もそんな景色を見たいなって思ってました。
あなたの希望に満ちた表情が、想いが
私の一番見たい景色です。
周りの人より上手く生きれなかった私でも
世界が綺麗な景色ばかりじゃないことを知っている私でも
微力ながら何かできるんじゃないか。
何かできてたらいいな。
こんなことを考えて生きてきました。
実際には何の役にも立っていないし、私が居なくても世界は回ってるし、出来てないことのほうが圧倒的に多いので、私ごときの人間がこんなことを考えるのはおこがましいのかもしれません。
でも、この詩は伝えたかったことで間違いないですし、私の生き方そのものだと思います。
もしも、私が居なくなっても
「綺麗な景色」を見た時や
誰かに見せたくなる時に
ほんの一瞬だけでも思い出してもらえたら。
そんなことを考えていると、見覚えのある足もとが2人分見えました。
幻覚
スニーカーに赤紫の細身のズボンの人と
サンダルに素足の人。
心の中で生き続けている人達の足。
同じくらいの距離にいるものの、中途半端に離れているこの2人。
足もとしか見えませんが
ズボンの人にはあまり好かれてないんじゃないかと思ってたのでびっくりしましたし
サンダルの人は今、旅の途中ですよね?ウクレレ弾いたの聴いてくれましたか?
いやいや、私、こういうのは信じないんで。
ウクレレだって念の為に、もしも本当に旅してるならと思って弾いたり歌ったりしただけですし。
今思えば、このときの私は混乱していて、幻覚を見ていたんでしょうね。きっと。
救急車が到着して、救急隊員の方に話しかけられて答えました。
答えてすぐに同じ場所をもう一度見ましたが、ズボンの人とサンダルの人はもういませんでした。
やっぱり私の幻覚だったみたいです。
サンダルの人について↓
家族
その後、検査して色々あって、入院、手術することになりました。
旦那が病院に駆けつけてくれました。真っ青になりながら手を握っていてくれました。
「大丈夫だから。何も心配しなくても大丈夫。生きててよかった。」と優しい声で言いながら握っていた手が震えていました。
入院したあと、子供とも電話をしましたが、
「早く治りますように」
「大好き」ってたくさん言ってくれました。
「十分生きたからもういっか」なんて考えてしまった自分がバカでした。ごめんなさい。
noteの記事にだって、
たくさん大好きって言ってくれた
愛されたんだって記憶があれば
どんなことがあっても立ち上がれる子に育つと思ってる。
だから、これからもたくさん家族に大好きを伝えていくって自分で書いたのに。
まだまだ大好きを伝えたい。
どんなに生きるのが嫌でも、辛くても
生きて、生き続けて、愛してるって伝えたい。
もっと、しっかりしなきゃなって思いました。
現在の様子
事故から数日経って、ようやく顔の腫れや痛みも少しずつ落ち着いてきました。腕が上がるようになったのが嬉しい。
上方向や下方向にある文字や置物が二重に見えたり、目が疲れやすいかなって感じですね。
スマホも触れるようになりましたし、片目を閉じれば文字もゆっくりですが読めますし打てます。
この記事は今日書きはじめましたが、記事1つ仕上げるのにもかなり時間がかかってしまいました。誤字脱字や読みにくいところがあるかもしれません。すみません。
お医者さんから
「手術後は、目の見え方が完全に元に戻るかは分かりませんが、半年ほどかけて少しずつ回復していくと思ってください」と説明を受けました。
焦らず、ゆっくり、時間をかけて治していこうと思います。
今回の事故は私の不注意によるものです。
改めて、運転手様、この度は大変申し訳ございませんでした。
皆さんも、どうか運転にはお気をつけください。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
