思考実験86: 大人の脳は「RaもLa」も「ラ」になる --「大人の脳」に「外国語」を入れる -1-
コラムNo. 110, ”物質宇宙”と”精神宇宙”を1枚の紙に描く
「大人の脳」に「外国語」を入れる -1- 固い校庭に花壇を作る
先の思考実験84では、どうして大人は、外国語のnativeスピーカーになれないのか、をUPFモデルを使って説明しました。
それは、経験を積んだ大人の脳(及びUPF)は、
①母国語を聞き取るための脳フィルターが出来上がっていること、と、
②母国語をしゃべるための一連の動作がしみついていること、にあります。
一方赤ちゃんの脳(及びUPF)は、経験が少ないため、新たな情報入力に対しても柔軟(正確)に記憶を刻むことができ、発声に関しても、その正確な入力に応じた、nativeとしての一連の発声動作が可能になる、というものでした。
これは、大人のUPFが、様々な経験でしっかり出来上がった山あり谷ありの景色が形成されているのに対して、赤ちゃんのそれは、まだ耕したての畑のようなもので、土壌は柔らかく、新たな経験に対しても容易に谷を刻むことができるのです。
今回は、大人の日本人が、英語を学ぶという設定で、説明していきます。
1, 踏み固められた校庭に、新しい花壇を作る
大人の脳は幾度となく様々な経験で踏みしめられた、いわば学校の校庭のようなものです。長年たくさんの生徒により踏み込まれてきたために固く、軽く踏んだ(一度の経験入力)程度では、表面の地形は変化しません。
この校庭を全て、「赤ちゃんの記憶という土壌」のように"ふかふか"にすることは事実上不可能です。今回は、この広い校庭の一部に、ふかふかの土壌をもつ花壇を作れないか、という発想をしていきます。
この花壇を作る際には、二つの側面で見ていく必要があります。
花壇を、どう耕し、どんな配置で種を撒くかという入力(脳の聞き取り、フィルタリング)の側面と、その結果として実際に花々がつくる地形、つまり発音そのものという出力の側面です。
2, 花壇をどう耕し、どんな配置で種を撒くか(ヒヤリングと脳編集の入力サイド)
日本人の大人が、英語の「R」と「L」を聞き分けにくいという現象はよく知られています。
しかしこれは、耳という器官そのものの性能の問題ではありません。生後間もない赤ちゃんは、世界中どの言語の音の違いも聞き分けられると言われており、その耳自体はもともと、この違いを捉える能力を持っています。
問題は、幼少期に母国語の音だけが繰り返し入力され続けたことで、脳がその母国語の音の体系にとって重要な違いだけを谷として刻み、重要でない違いを、記憶する前の段階でフィルターによって間引いてしまったことにあります。
日本人にとって、「ラ」はあくまでも「ラ」であって、「Ra」でも「La」でもありません。スペクトログラムでは明らかに違う音でも、日本語にとって「R」と「L」の違いはどこにも存在しないため、この二つの音の差分情報そのものが、耳に届いた時点ですでに削り落とされ、一つの音としてまとめられてしまっているのです。
この入力の側面は、花壇そのものというより、花壇をどう耕し、どこにどんな種を配置するかという、下ごしらえにあたります。ここで、RとLという二つの種を、区別せずに一つの場所へまとめて撒いてしまえば、花壇にはそもそも一つの地形しか育ちません。だから、いくら発音の練習を重ねても、この入力の側面が母語仕様のままでは、そこから育つ地形も、目指す形にはなりません。
3, 花壇に育つ花による景色(経験により形成される地形:発音等の出力サイド)
入力の側面が整い、RとLという二つの種が、それぞれ別の場所に正しく撒かれるようになったとしても、それだけで、花壇にすぐ地形が育つわけではありません。もう一つ、育てる作業そのものが必要です。長時間かけて作られてきた日本語による花壇とは別の花壇を作る作業です。
一つの音を発するという行為は、舌や、口腔の広さや形、声帯、呼気の圧力などを、時間的にダイナミックに変化させる、という複数の身体部位が同時に連動して初めて成立する、複合的な運動です。母国語を話すとき、この連動パターンは、幼少期からの膨大な反復によって、UPFの中に深く、精密な景色として刻み込まれています。
外国語の新しい音を発しようとするとき、大人はしばしば、頭では正しい音を理解していても、実際にその通りに口や舌を動かせません。
これは、その連動そのものが、UPF上にまだ地形として育っていないことの表れです。種が正しく撒かれていても、それを実際に地形として育てる作業、つまり発声の連動運動を習得することなしには、花壇は完成しません。
結論から言うと、nativeに近づくためには、如何に英語を多く聞き、多く話して、そのフィードバックを回し続けるかというだけです。
実は、私自身も米国で何年か過ごし、英語には苦労した経験が有ります。
しかし、この地道な道のりを、もう少し効率よく歩む方法はないものでしょうか。次のコラムでは、この花壇を、より効率的に育てていくための、いくつかの具体的な工夫を探ってみたいと思います。
ただ王道はあくまでも王道として存在します。これだけは書き添えておきます。
4, 王道は、地道な積み増し
大人が外国語のnativeに近づこうとするとき、必要な作業は一つの花壇の中の、二つの側面に及びます。
まず入力の側面で、二つの種を区別して撒けるように耕すこと。
そして出力の側面で、撒かれた種から、実際に音を生み出す地形を育てていくこと。
この二つの側面は独立してはおらず、たえず連動しながら、一つの花壇を形作っていきます。
この積み増しに、近道はないのかもしれません。
二つの側面のいずれも、長年の反復によって刻まれた既存の地形の隣に、新しい地形を一から育てていく作業である以上、最も確実な方法もまた、同じように反復を重ね、地道に耕していくことだと考えられます。
実際、多くの人が「とにかく浴びるように聞き、話す」という王道の方法で、少しずつnativeに近づいていきます。
