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思考実験84: 大人が母国語以外のNativeスピーカーになれない理由

コラムNo. 108, ”物質宇宙”と”精神宇宙”を1枚の紙に描く

始めにちょっと寄り道です。
以前の思考実験49で、重力とは「干渉し合うもの同士が、より安定した状態へ落ち着いていく現象」として考えてみました。

もし、この「安定の谷へ向かう」という性質が、宇宙規模だけに現れるものではなかったらどうでしょう。私たち一人ひとりのUPFという、もっと小さなスケールの景色にも、同じような構造が現れているのではないでしょうか。そのことを考える材料として、日本人の外国語なまりを考えます
奇妙に思えるかもしれませんが、これは次のコラムの「重力」へとつながるものです。

大人が母国語以外のnativeスピーカーになれない理由

幼い頃に海外へ移り住んだ子どもは、数年のうちに現地の言葉をnativeとして話せるようになります。

しかし同じ環境に大人になってから移り住んだ場合、何十年住み続けても、母国語のなまりが完全には抜けないことが殆どです(現地の言葉に日本語によるなまりが入るため、以降「日本語なまり」と呼びます)。

文法や語彙は年齢に関係なく習得できるにもかかわらず、発音だけがなぜこれほど頑固に残るのでしょうか。

1, 赤ちゃんの耳は、正確に音を聞き分けている

生後間もない赤ちゃんは、実は世界中どの言語の音の違いも聞き分けられると言われています。
日本人の大人が区別できない「R」と「L」の違いも、生後数ヶ月の赤ちゃんの耳ははっきりと聞き分けています。
入ってくる音のスペクトル(音の周波数分布)に対して、まだ何も偏っていない、忠実な形で谷として刻まれていく段階にあるからです。

しかし、生後数年たつと、この状態は大きく変化します。
それは周囲で話されている母国語の音だけが繰り返し繰り返し入力され続けるからです。

脳はその母国語の音の体系にとって重要な違いだけを経験という谷に刻み、重要でない違いは、記憶する前の段階でフィルターで除外するようになるからです(脳のバリケード機能参照)。

一番わかり易い例をあげると、日本語には「R」と「L」を区別する習慣がないため、この二つの音はやがて、日本人の耳の中では一つの谷へとまとめられてしまうのです。

本来は、様々な周波数やトーン、アクセントが含まれる外国語が耳から入って来ても、脳の編集機能で、日本語とは関係ないデータとして間引かれているのです。よってこのフィルターが形成された後では、いくら年齢を重ねても、日本語脳では、フィルターを通った後のデータとしてしか残らなくなってしまいます。よって「R」と「L」は区別できないままなのです。
日本人の脳には、「ラ」は記憶されますが、「Ra」や「La」は記憶されないのです。

2, UPFモデルの「発音の谷」

これは、UPFの景色(ランドスケープ)という視点から見ると、分かりやすく説明できます。

音を聞き分けるという行為も、UPF上に刻まれた記憶の谷の形として理解できます。
赤ちゃんの耳が最初に受け取る音の入力は、まだどの(記憶の)谷にも偏っていない、いわば地形全体が均等に柔らかい状態です。

しかし母国語の音が、日々何千回、何万回と周囲で繰り返されるため、母国語の音に対応する谷だけが、他よりも早く、深く、明確な形へと育っていきます。
赤ちゃんの記憶の谷には、「ラ」は刻まれますが、「Ra」や「La」は刻まれないのです。
これは、母国語の体系にとって区別する必要のない音なので、独立した谷を持てないまま、一つの谷へと吸収されてしまう現象です。

3, 発音の谷は、単一の谷ではない

耳という入力側でこうした選別が起きているのと並行して、発音という出力側でも、同じことが起きています。
nativeの発音をするとは、複数の身体部位が同時に連動して初めて成立する、複合的な運動によります。

のどの部分をどこに当てるか、口腔をどれだけの広さと形に保つか、声帯をどう震わせるか、そして腹式呼吸によって、その音を出す間、呼気の圧力を時間的にどう変化させるか。
ネイティブの発音とは、これらすべての部位が、一つの運動として連動した結果なのです。

つまり発音のベースとなる記憶の谷とは、単一の谷ではなく、複数の部位それぞれの谷が、互いに結びつき合ってできた一つの複合的な地形だと考えられます。
母国語の音を発するとき、この舌・口腔・声帯・呼吸の連動パターンは、幼少期からの膨大な反復によって、部位ごとの谷であると同時に、部位間の結びつきそのものとして深く刻み込まれています。

外国語の新しい音を発しようとするとき、大人はしばしば、頭では正しい舌の位置を理解していても、実際にその通りに動かせません。
舌だけを新しい位置に動かせたとしても、口腔の広げ方や、声帯の震わせ方、呼吸のタイミングが母国語の連動パターンのまま引きずられてしまえば、全体としては母国語に近い音(母国語なまり)に着地してしまいます。

日本人のUPF上に刻まれている”ライト”という単語が作り出している景色(干渉パターン)は、nativeの人たちのUPF上に作られている”Right"とも"Light"とも、全く違うものなのです。

4, 子どもは新しいnativeの谷を作れる

では、なぜ子どもは大人と違って、入力側(ヒアリング)にも出力側(スピーキング)にも、新しい谷をうまく形成できるのでしょうか。

一つの手がかりは、UPFの地形そのものの硬さの違いなのではないかと考えています。
地形の硬さとは、UPF上に経験という干渉パターンを形成する際の、「一つの経験がそのパターンに及ぼす影響度」の比喩として使っています。
幼少期の頃は、一つの経験でも大きくその干渉パターンを変化させることは可能です。しかし、経験を幾度となく重ねる事により、同じ一回の経験の重みが薄れてくるのです。

幼少期のUPF上は、まだ刻まれた谷の数も少なく、深さも浅く、地形全体が柔らかい状態にあります。柔らかい地形には、新しい入力に応じて新しい谷が刻まれる余地が十分に残っています

しかし、あらゆる経験は、そのたびに地形のどこかを刻み、地形全体を少しずつ固めていきます。
年齢を重ねるということは、単に時間が経過することではなく、無数の経験がその人の地形の足場を少しずつ固め続けると考えられます。繰り返し使われてきた谷が深く固まっていくのと同時に、地形全体の可塑性、つまり新しい谷を刻む余地そのものも、この足場固めによって失われていくのかもしれません。これは、いわゆる臨界期と呼ばれる現象とも重なります。

耳という入力側の谷が母国語のままの認識パターンとして刻まれているならば、自分が今出している音と、目標とする音との違いを、そもそも聞き取ることができません。自分の発音がどれだけずれているかを認識できなければ、修正のしようがないのです。

5, 思考実験まとめ

In: 耳に届く音そのものは、本来異なっていても、母国語で形成されたフィルターにより、例えば「R」と「L」が、物理的な波形としては明確に違ってても、その脳フィルターにより排除されてしまいます。

Out: 話す段階では、頭の中では目標となる音の形を理解しています。しかし、その理解を実際の音として組み立てる段階、つまり舌・口腔・声帯・呼吸を連動させる段階になると、その組み立て作業は、長年使われてきた母国語の谷を土台にして行われる結果、やはりnativeとは異なる発声、発音となってしまいます。

やはり幼少期に多言語化する効果は十分あるようです。


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