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【小説】B面のふたり #4 (文学フリマ大阪)

あらすじ:鷹木津とたまきは、会社の中の”日陰の仕事”を担当するB面案件を担当することになった。B面案件を通じてたまきの居場所をつくって、一緒に大丈夫になろう。あの夜に、二人はそう計画をしていた。

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#4


「続きまして、メイン行事の『のんのこ街踊り』についてですが――」

 少し疲れた職員の声が響いた。
 隣で、鷹木津がぴくりと身じろぎした。
「各企業様の参加人数について、ざっくりで構いませんので、教えて頂けますと――」

 瞬間。

 榎田が、天井に突き刺さりそうな勢いで、真っ直ぐ手を挙げた。
「ジャパンショッピングさん、どうぞ」
 榎田が勝手に立ち上がった。
「当社は、諫早に根ざした地元企業の一員として、のんのこ祭りを大いに盛り上げていくことを社是としていますッ!」
 ――そうなんですか?
 鷹木津に視線を送ると、プルプルと首を振っている。
「そこで当社はッ、昨年の五十名を超える、百名ッ! 百名を動員し、街踊りを盛り上げたいと存じますッ!!」
 破裂するみたいに、言い放った。
 鷹木津が、大きく目を見開いていた。
 口がぱくぱくと動き(ひゃく? ……ひゃく?)と音もなく繰り返している。

 まばらな拍手。やがてその音が徐々に広がっていった。
「さすが榎田さん」
「昨年超えは確定やな」
「こりゃ全国ニュースになるかもしれん」
 参加者たちが口々に褒めそやす。
 榎田は満足げに頷き、手を挙げて応えていた。

 その横で。

「聞いてない……」「ツルピカ、殺す……」
 頭を抱えた鷹木津から、呻くような声がかすかに聞こえてきた。

「――さすがです」
 東堂だ。

「榎田さん、さすが素晴らしい提案ですね」
 榎田は片目だけ開け、東堂を見やった。
「当社も負けてはいられません。我々からもご提案いたします。――皆様、どうぞご注目ください」
 東堂がスマホを軽くタップする。威勢のいい囃子が流れ始めた。
 篠笛、太鼓、かね
 軽快な祭囃子が、無機質だった会議室の空気を一瞬で塗り替える。
「――私どもソニック・セミコンダクターズは、『のんのこ』が、九州どころか長崎でも二番手以下の祭りに甘んじている理由を分析してまいりました」
 東堂も勝手に立ち上がった。
「課題は、踊りの完成度。祭りとしての芸術性なのです。そこで――」
 パチン、と指を鳴らす。
 次の瞬間、会議室の扉が勢いよく開け放たれた。

 極彩色の法被。それを纏った一団が、エイヤッサーと飛び込んできた。
 会議室中に広がり、ヤットサー、ヤットサーと威勢のいい掛け声を挙げ踊る。

 ――これテレビで見たことある。確か、阿波踊りだ。

「五十年の歴史を誇る阿波踊りのプロ集団、『阿道連あどうれん』。この度、こちらのプロ集団をアサインさせていただき――」
 東堂の声がさらに熱を帯びる。
「彼らのナレッジを活用し、振り付けのイノベーション、そして新たな街踊りのビジョンを、皆様にご提案します。――名付けて、『のんのこ2.0!』」
 トゥーポイン・オー、と巻き舌の決め台詞に呼応し、阿波踊りの一団は、さらに動きを加速させた。
 十人の踊り手。
 足の踏み出し。上体の沈み込み。指先の反り。
 一寸の狂いもなく揃っている。

 ――すごすぎる。

 ボルテージを上げていく囃子の響き。
 テンションが上がる熱狂的な踊り。
 気づけば周りもみな見入っていた。
 ひょっとこ面の踊り手が「ソイッ!」と鋭く声を発する。
 その瞬間、踊りも曲もピタリと止まった。
 静まり返った会議室の中央に、東堂が立つ。
「――総勢三百名にて、踊らせていただきます――」
 そのまま、両手を挙げて言い放った。

 一瞬、しんとして。
 次の瞬間、万雷の拍手で会議室が揺れた。

「さっすが東堂さん!!」
「長崎くんちにも、勝てるかもしれん!!」
「こりゃ、全国ネットで生中継だ!!」
 さっきまで榎田を褒めていた人たちが、くるりと手のひらを返した。
 榎田が、鷹木津に耳打ちする。
「……これが、奴らの『革新』ってやつかよッ……」
「榎田センター長、今年はソニックさんに花を持たせましょう……!」
「……ッそんなこと許せるかよッ!」
「そんなこと言ったって、相手は三百人、しかもプロですよ!」
「そっちがプロで来るなら……こっちもプロだッ」
「誰か心あたりがあるんですか!?」
 榎田は、ギョロ目をさらに見開いた。

「――福山雅治を呼ぶッ」

 鷹木津が思わず「んをっ!?」と意味のない音を漏らした。
 福山雅治。
 長崎出身の、あの国民的スター。
 そんな大物が、この小さな祭りに?
「知り合いだったんですか!?」
「――いいか。俺はな、こう見えて、福山雅治と同い年、同学年なんだよッ」
「……つまり?」
「俺の同学年のダチのツテを辿ればッ、ツテのツテのツテを辿ればッ……どこかで福山雅治にたどり着くッ! そのツテで頼むッ! これでいけるッ!!」
「いや! いけないですッて!」
「いいやッ! いけるッ!!」
「いけないッてぇ!!」
 もはやひそひそ声の域を完全に超え、「いける」「いけない」と言い合いながら、榎田と鷹木津は、たまきを挟んだまま取っ組み合いを始めていた。
「ツテで頼むところまでは俺がやるッ! お前は福山雅治のギャラだけ何とかしろッ」
 そう叫ぶと、榎田は再び、天井に突き刺さる勢いで手を挙げた。しかし、東堂の語る話に皆聞き入っており、誰もその挙手に気づかない。
「……おっと、榎田さん。何かご意見でしょうか?」
 まるで議長のように、東堂がにこやかに榎田を指した。
 榎田は、頭に血管を浮かび上がらせ、爆発しそうな勢いで口を開こうとして――

 ♪ ハァー 花の諫早 つつじにくれて
 ♪ ヤーレ 踊る こりゃさいさい

 鷹木津が、はっとした。
 車の中で聞かせた、あの歌。
 ――のんのこ音頭。
 たまきが、手拍子を打ちながらひとり唄っていた。

 ♪ のんのこにぎやかに のんのこさいさい
 ♪ 持ってけ 針箱 持たぬがましたん

 ♪ こりゃさいさい こりゃさいさい

 歌いながらゆるやかに手拍子を打つ。
 そんなたまきに、会議中の視線が集まった。
 それでもたまきは、構わずに歌い続ける。
 渦巻いていた熱気が、絡め取られるようにほどけていく。
 榎田も、突き上げていた腕をゆっくり下ろし始めた。

「たまき、もっと歌って!」
「でも……続きの歌詞、忘れちゃって……」
「何でも良いから! でたらめでもいいから!」
 一瞬、言葉に詰まる。
 だが、小さく息を吸い、覚悟を決めた。

 ♪ ハァー 会議の席で 話がわからず
 ♪ ヤーレ 黙る こりゃさいさい

「……なんだッ、こりゃッ!?」
 誰かの戸惑いの声をよそに、唄い続ける。

 ♪ メモったノートに のんのこさいさい
 ♪ 書いてた話が ぜんぜん違う
 ♪ こりゃさいさい こりゃさいさい

 ――自分でも、変な歌詞だと思う。
 鷹木津が「もっと」とせがんでいる。
 もう、半ば投げやりだ。

 ♪ ハァー 花は咲くのに わたしは咲かず
 ♪ ほんと 困る こりゃさいさい

 立ち上がって、でたらめな振り付けで踊る。
 周りもつられて、手拍子を打ち始めた。

 ♪ 上司と一緒に のんのこさいさい
 ♪ がんばる毎日 なんとかやれそう
 ♪ こりゃさいさい こりゃさいさい

 ゆったりしたリズムの中、なんだか時間の流れが遅くなるようで――

 ――真夏の夜。遠く響く祭囃子。
 二人の浴衣の袖が、かすかに触れる。
 はじめて踊る『のんのこ踊り』は、ズレてて、不格好で。
 でも、踊る方も見ている方も、知らないうちに笑顔になって――

 鷹木津の指が、わずかに動いた。
 たまきの瞳をじっと、見つめている。
 ――イメージ。きっと、伝わってる。

 気づけば、あちこちで手拍子が揃い、囃子が重なっていく。
 榎田も「こりゃさいさいッ!」と囃し立てている。
 唄は、「ログインパスワードがわからない編」へと移っていき、やがて歌詞が尽き、のんのこ音頭は終わった。
 会議室を暖かな拍手が包む。
 東堂も、阿波踊りのプロたちも拍手を送っていた。
 榎田は「よっ、ブラボー!」とよく分からない掛け声を上げていた。
 だが、しばらくすると拍手は不意に止み、場は嘘のように静まり返った。
「誰か、唄ってた気がするな」
「そうだったか?」
 ――魔法が、解けていく。
 みんな、歌を忘れてしまう。

「――失礼、一瞬中断していたようです。……柴さん、どうかされましたか?」
 立ったままのたまきに、東堂がにこやかに微笑んだ。
「えっ……あ、あの……」
 何も言えず、ただ視線を彷徨わせていると――
 鷹木津がたまきの横で、すっと立ち上がった。
 たまきの手に鷹木津がそっと触れる。
 ――歌の中と同じ。
 気がつけば、手を握っていた。

「……のんのこ。――今日、車の中でその意味を聞かれました」

 鷹木津は、たまきの手を強く握りながら話す。
「それは、未完成で、不器用で……でも、つい微笑んでしまう可愛らしさです」
 会議室の面々を見回し、続ける。
「上手じゃなくてもいい、揃ってなくてもいい、あやふやでも、一生懸命で……」
 途切れ途切れの言葉。
「わたしが幼稚園の頃。はじめてのんのこを踊った時、うまく踊れず泣いてしまって……」
 榎田も東堂も、会議室の全員が、鷹木津を見つめていた。
「でも、みんなが笑顔で見守ってくれてたから、嫌じゃなかった。それで毎年毎年、少しずつ踊れるようになって……今では、目をつぶっても踊れます」
 鷹木津の瞳が、東堂に向いた。
「もし、プロが大挙して踊っていたら――わたしたちみたいな踊り手は、どこで踊ればいいですか? はじめて踊る子どもたちは、誰に見守ってもらえますか……?」
 行き場のない気持ちが込み上げてきて、鼻の奥がツンとする。
 たまきが、鷹木津の手をやさしく握り返した。

「――プロを呼ぶのでなく、街のみんなで踊りませんか……」

 顔を上げ、会議室を見回す。

「例えば、地元の子どもたちと……上手じゃなくても……規模が小さくても……」
 声は勢いを失い、しぼんでいく。
 最後は、息だけの声だった。
「そうだッ!」
 榎田が立ち上がり、乱暴に机に両手を叩きつけた。
 爆発するような勢いで、一気にまくしたてる。
「大人と子供が一緒になって踊るッ! バラバラでも笑ってりゃ、それで祭りなんだッ! むしろそれが、諫早の祭りなんだッ!!」
 東堂に向けて、叫ぶように言い切る。
「俺達は、諫早の子どもたちと踊るぜッ――大人が五十に子供が五十、それで百人だッ! 百人が出会って、でこぼこしながら踊る! それがのんのこなんだッ!!」
 東堂は黙って榎田を見返していた。

「……なるほど。完成度ではなく、市民参加が価値だ、と」

 ゆったりとした仕草で、東堂が眼鏡を外した。
 ふっ、と息を吹きかけ、几帳面にレンズを磨く。
 眼鏡をかけ直した後の東堂は、なにか計算が終わったかのような、含みのある笑顔を浮かべていた。
「……むしろオリジナリティのある、いいプランかもしれません。協力しましょう。テーマは、ジェネレーションを超えて、ですね」
 言い終わると、東堂が小さく拍手を送った。
 それを合図に、会議室に拍手が広がっていった。
 阿波踊りの時と違って、今度の拍手はなんだか暖かだった。
「それだッ!! ゼネレ……なんとかだッ! これで今年はいくぞッ!!」
 榎田はガハハハッと大きく笑いながら言い放った。
 胸を張って言い放つその姿に、たまきと鷹木津は、手を握ったまま笑いあった。


(つづきは、9月10日あたりに更新します)

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