(脚本)『煙草と宴』第一幕
あらすじ
東北の田舎町。ある家の片隅に設けられた喫煙所。そこに集まる面々は友人の葬儀に訪れた旧友達。そして死んだ旧友の妻は、かつて彼らの憧れだった。
葬儀の片隅で起こる、男たちの想いを描いたひと幕。
(第一幕:上演30~40分想定)
登場人物
男1(田中) 紺野の同級生で友人
男2(鈴井) 同上。田中とは旧友
男3(ヒロミ) 紺野の弟
男4(吉岡) 紺野の同級生で友人。田中・鈴井とも旧友
女(小津江) 紺野の妻
第一幕「煙草と傘」
初夏。
古い日本家屋の軒先。
舞台上には縦長の灰皿。
煙草を吹かし佇(たたず)む男1。
黒スーツに黒ネクタイの喪服姿。
同じく喪服を着た男2が現れる。
男2 あ、ここ居たんだ。
男1 おぅ。
男2 どうしたの。
男1 何が?
男2 いや、なんか考えごとかと思って。
男1 別に……さすがにちょっと疲れた。
男2 そうだね。
男2、煙草に火を付ける。
男2 ……暑いね。
男1 あぁ。
男2 雨、止んだんだ。
男1 ん。通り雨だな。
男2 夏みたいだね。
男1 まぁ、もうすぐ夏だし。
沈黙。
煙草を吹かす二人。
男2 それにしてもなんていうか……
男1 なに?
男2 結婚式みたいじゃない?
男1 はは、言えてる。
男2 これから宴会やるみたいだし。
男1 宴会じゃなく、精進上げな。
男2 なんだかお寿司も出るらしいよ。
男1 そういう風習なんだろ。
男2 ふぅん。
男2、上着を仰ぎながら、
男2 やっぱ暑いわ。お前、平気?
男1 ま、確かにちょっと蒸すわな。雨上がりだし。吉岡は?
男2 え?
男1 吉岡。まだ来てないだろ。
男2 あぁ。新幹線、一本逃(のが)したみたい。各駅だから。
男1 なにそれ。
男2 いや、ここ各駅停車しか止まんないじゃない。そうすると次まで一時間待ちになるから。
男1 あぁ。田舎だしな。
男2 ホント、田舎だ。
男1 でもいいとこだな。
男2 そうだね。
沈黙。
男1 あいつは……
男2 え?
男1 紺野はこんなド田舎で育ったんだな。
男2 みたいだね。
男1 意外だな。
男2 そう?
男1 ん……まぁ意外でもないか。
男2 うん。オレはそうでもないな。
男1 三年かそこらだろ。
男2 え。
男1 アイツが小津江と結婚して、こっち戻って来て。
男2 そうだね……そんなもんか。
男1 両親は喜んだろうな。
男2 そうだね。
男1 死んじまったけど。
男2 うん……まぁね。
男1 ホント、バカ野郎だ……
男2 どうしたの?
男1 え。
男2 いや、考えてたでしょ。やっぱり。
男1 ん……まぁな。
男2 紺野のこと? それとも小津江さん?
男1 まぁ、そんなとこだけど……
男2 「けど」なに?
男1 別に……なんだかなぁ……
男2 何?
男1 殴りてぇよ。
男2 誰を。
男1 お前。
男2 なんで? オレなにかした?
男1 冗談。お前じゃなくて、紺野。
男2 どうして?
男1 どうしてって、お前……
そこへ若い男(男3)が現われる。
男3 あ、ここに居たんですか。
男2 お。弟くんだ。
男3 ヒロミです。
男2 あ、ごめん。ヒロミくん。
ヒロミ(男3) 精進上げの準備が出来ましたんで、お二人ともどうぞ。
男2 ありがと。(男1に)田中ぁ。
田中(男1) ん?
男2 準備できたって。
田中 あぁ。(吸いかけの煙草を見せ)これ吸ったら行くよ。
ヒロミ そう、さっき吉岡さんて方から連絡がありました。
男2 あ、ホントに。
ヒロミ そろそろ着くころだと思います。
田中 またかよ、あいつ……
男2 まぁ、吉岡だから。
田中 吉岡だからな。
ヒロミ え、なんです?
男2 いや、あいつはね。いっつもなんですよ。大事なときに限って遅刻して。
ヒロミ はぁ……
田中 そのくせオイシイとこ持ってくしな。
男2 そうそう。おまけに確信犯だもん。紺野もさ、あいつくらい運が良ければなぁ。
田中 まぁ、そうかもな。
ヒロミ ……?
状況が飲み込めないヒロミを見て男2、
男2 あ、ごめんごめん。吉岡ってね、都合がいいうえに悪運が強い奴で。
ヒロミ はぁ。
田中 そういやカンニング見つかったよな。
男2 そう。大学の試験でカンニング見つかって。フツー退学なんだけど口八丁で乗り切っちゃってさ。ちゃっかり四年で卒業もしたし。
田中 それにくらべると紺野はな。
男2 そうだね。
ヒロミ 兄が?
男2 いや、紺野とこいつは留年してるのね。
田中 うるせぇな。
男2 でもウチらん中でいちばん真面目に勉強してたのは紺野で……まぁ真面目っていっても比較的なハナシだけど。
ヒロミ そうですね。なんとなく分ります。
男2 おぉ。さすが兄弟だ。
ヒロミ そりゃまぁ、兄弟ですから。
田中、吹き出す。
男2 え、なに。
田中 ん、間抜けな会話だと思って。
男2 何が?
田中 いや、何がって……
ヒロミ あ、そろそろ始まりますよ。
男2 うん。(田中に)じゃあオレ、さき行ってるよ。
田中 あぁ。
男2、去る。
その場に残ったままのヒロミに田中が声をかける。
田中 ……いいの?
ヒロミ え。
田中 いや。ヒロミくん、行かなくて。
ヒロミ 「田中さんも呼んで来い」って父に言われたんで。
田中 あ、そうなんだ。じゃあ……
と言って煙草の火を消そうとするが、
ヒロミ あ、いいです。
田中 え?
ヒロミ 僕も一服していきます。ちょっと疲れちゃって……
田中 …………。
煙草を取り出し火を点けるヒロミ。
大きく息をつく。
田中 ……こっちは、みんなこうなの?
ヒロミ え。
田中 いや、なんだかオレが知ってる葬式と違くてさ。
ヒロミ あぁ。普通は葬儀のあとに火葬なんですよね。この辺は逆なんで。
田中 ん……それもあるけど、みんなあんまり神妙じゃなくてさ。お坊さんも葬式っていうより寄り合いに来たみたいな感じだし。
ヒロミ どうなんでしょう……僕もお葬式はあまり行ったことないんで。
田中 ぁ、そっか……
ヒロミ 田中さんのほうは違うんですか?
田中 いや、クニによって違うと思うよ。ただあんまり………湿ってなくていいなと思って。
ヒロミ 湿る?
田中 こう、泣いたりとかさ。
ヒロミ あぁ。
田中 まぁ、お通夜とか見てないから分かんないけど。
ヒロミ ……そうですね。通夜ではけっこう泣いてました。父も、姉達も。
田中 ヒロミくんは?
ヒロミ え……まぁ、普通でしたけど。
田中 ふぅん……
田中はすでに新しい煙草に火を点けている。
田中 ……この先、たいへんだね。
ヒロミ え?
田中 いや、お兄さんが死んで。
ヒロミ そうですね……でも覚悟は出来てます。
田中 ヒロミくんってどこ行ってたヒト?
ヒロミ どこ、っていうと?
田中 ん……こっから出るならやっぱ東京か仙台だよね?
ヒロミ 自分、ずっと地元ですよ。
田中 あ、そうなんだ。
ヒロミ えぇ。旅行以外この町出たことないです。
田中 ふぅん……
ヒロミ それ、どうかしました?
田中 ぁ、いや。紺野が東京出てきたじゃない? だからてっきりヒロミくんも……
ヒロミ あぁ。
田中 ごめん、オレの思い違い。
ヒロミ いえ……でも……
田中 ?
ヒロミ ……兄が帰ってくるまでは、僕が家を継ぐはずだったんです。
田中 え。
ヒロミ 東京の大学に出るとき「もう戻らない」って言ってたんで。僕にも両親にも。それが三年前、急に帰ってきて。なので……まぁいろいろありましたけど、元の鞘に収まったくらいの感じなんで。
田中 そうなんだ。
ヒロミ だから、なんでしょう……そんなに大変じゃありません。
田中 小津江は……
ヒロミ え?
田中 小津江さんはどうだったの?
ヒロミ どうっていうと。
田中 普通だった?
ヒロミ フツウ?
田中 さっき言ったじゃない? 普通って。
ヒロミ え、何がです?
田中 ……ゴメン、いいや。オレの思い違い。
ヒロミ …………。
沈黙。
ヒロミ ……義姉(ねえ)さんは、
田中 え、
ヒロミ 小津江さんは、泣きませんでした。通夜の日も、火葬場でも。僕が見てないだけかもしれませんけど……
田中 そっか……でも、そういう奴なんだわ。
ヒロミ そうですね……そうかもしれません。
田中 …………。
ヒロミ、煙草の火を消し、
ヒロミ 行きましょうか、そろそろ。
田中 ん、そうだね。
同じく火を消そうとする田中。
そこへ突然、女が現われる。
むせび泣いている様子。
二人の姿をみとめると顔を隠し、
女 ……ごめんなさい……
そう言って逃げるように別な方へ去って行く。
田中 ……なんだろ?
ヒロミ なんでしょう……
追いかけようとするヒロミ。
そこへ男2が慌てた様子で現われる。
男2 ヒロミくんさ。
ヒロミ あ、はい。
男2 あっち戻ってくれる?
ヒロミ え、
男2 たぶんキミがいたほうがいいと思うから。
ヒロミ でも義姉さんが、
男2 いや、それは大丈夫。それよりあっち。お父さんも困ってるし。
ヒロミ そうですか……じゃあ……
ヒロミ、足早に戻って行く。
田中 どうしたの?
男2 小津江さん、こっち来たろ?
田中 あぁ。
男2 クソ、吉岡のバカが……
田中 なに、どうした。
男2 どうしたもこうしたも……ホント、馬鹿だよアイツ。
田中 なに? ぜんぜん分かんないんだけど。
興奮した面持ちの男2。
男2 ……あのさ、さっきちょっと雨降ったろ。
田中 それが?
男2 吉岡がさ、その雨ん中バス停から走ってきたんだけど……
田中 はぁ。
男2 傘、持ってたんだ。
田中 え?
男2 なのにささなかった。それでずぶぬれになって……小津江さんが「どうして」って聞いたら、あのバカ……
田中 なに?
男2 「どうして傘ささないで来たんですか」って聞いたら「紺野の傘だから」って言って。
田中 …………。
男2 あいつんチに忘れて、ずっと返せないでいたから今日渡しにきたって……馬鹿だよ、アイツ。
田中 まぁ……そりゃしようがないじゃん。
男2 しょうがなくないよ。それ聞いた途端、小津江さん泣き出したんだよ? みんなの前で。ホント最低だよアイツ。
田中 で?
男2 ぇ……「で」って?
田中 お前は何しに来たの?
男2 ぃや……とりあえず小津江さん追いかけようと思ったんだけど……
田中 いいよ。
男2 え、
田中 そっとしとこう。
男2 けどさ、
田中 泣かなかったんだと。
男2 え?
田中 さっき聞いたんだ。小津江、泣いてないんだと。通夜からずっと。我慢してたんだろ。
男2 ……だったらなおさら許せないよ、吉岡のバカチンが。
田中 鈴井。
鈴井(男2) ……なに?
田中 傘ってどんなの?
鈴井 は?
田中 いや、その傘。
鈴井 どんなって……普通の折りたたみだけど。
田中 ふぅん……
鈴井 なに、どうかした?
田中 ん……オレんチにもあるんだわ。
鈴井 なにが?
田中 紺野の傘……って言っても、もう何年も前の。それもコンビニのビニール傘。
鈴井 …………。
田中 返すも捨てるも出来なくてずっと置いてあったんだけど……こりゃ、どうしようもねぇな……
鈴井 お前さ。
田中 ん?
鈴井 まさかソレ持ってきてないよな。
田中 当り前だろ。なに言ってんの?
鈴井 いや、ならいいけど……
田中 なに? オレも傘持ってきて小津江のこと泣かすって?
鈴井 そうじゃないけどさ……
田中 吉岡はな。
鈴井 え。
田中 昔っからそうなんだよ。おいしいとこばっか持ってって。
鈴井 おいしいってなんだよ? 小津江さん、泣いてたんだぞ?
田中 だからしようがねぇだろ。
鈴井 しょうがなくないよ。よりによってこんなときにそんなもん持ってこなくてもいいだろ? あいつ絶対狙ってたぜ?
田中 まぁ、吉岡ならアリかもな。
鈴井 だろ? 返すんなら今日しかないって思って、おまけに通り雨でずぶぬれで。演出過剰だよ。いくらあいつが小津江さんのこと好きだからって、
田中 鈴井。
鈴井 ……なに?
田中 それ止めとけ。
鈴井 だってさ、
田中 カッコ悪いから。
鈴井 カッコがどうとかじゃないよ。オレはただ小津江さんのこと考えて、
そこへ男4が現われる。
男4 あの……
鈴井 …………。
男4 すんません……オレ、もしかして悪いことしたっスか?
憤りを押さえる鈴井。
それを見て田中が男4に声をかける。
田中 おぅ。吉岡、ひさしぶり。
吉岡(男4) あれ、田中さんスか。
田中 おぅおぅ、オレ。ていうかなに、お前。小津江のこと泣かしたって?
吉岡 いや、そんなつもりぜんぜんなかったんスけど、
鈴井 オレ、戻る……
吉岡 あ。
田中 …………。
鈴井、出て行く。
少しの間の後、
吉岡 ……いや、悪気はなかったんスよ。でもある意味カタミじゃないすか。ソレ、雨に濡らすのもどうかと思って……
田中 ……お前さ。
吉岡 え?
田中 なんでいまだに敬語なの?
吉岡 ぇ、別に敬語じゃないっすよ。
田中 タメなのに。
吉岡 いや、敬語って「です」とか「ます」っしょ。オレのは違うし。
田中 まぁそりゃそうだけど……
吉岡、煙草を取り出し、
吉岡 オレもいいっす……いいかなあ?
田中、吹き出して、
田中 なに無理してんの。
吉岡 いや、なんとなく。ぁじゃあ、火ぃ貸して。
田中 ん。
田中、吉岡の煙草に火を点けてやる。
吉岡 サンキュ。いや、新幹線乗り遅れたうえに電車んなかじゃ吸えないからさ。
田中 ほぉ。
吉岡 ふぅ……生き返るなぁ。
田中、再び吹き出す。
田中 お前、ソレみんなの前で言うなよ。
吉岡 え、なんで?
田中 葬式だぞ、いちおう。
吉岡 あ、そっか。
田中 まぁ、もう宴会だけど。
吉岡 ……田中くんはさ。
田中 ん?
吉岡 相変わらず?
田中 あぁ、なんも変わってないよ。お前は?
吉岡 ん、オレも変わってないなぁ。
煙草の煙が風に漂う。
田中 鈴井はよ……
吉岡 え?
田中 いや、鈴井「も」か………小津江のこと好きなんだよな。
吉岡 あぁ、それでか。
田中 なに?
吉岡 さっき小津江さんが泣いたあと……いや、泣かせたのはオレなんだけど、それ見てた鈴井くんがオレのことデカい声で怒って。そしたらみんなしーんとなっちゃって。
笑い出す田中。
吉岡 え、なに?
田中 あいつはお前が雰囲気ぶちこわしたみてぇに言ってたよ。
吉岡 ぜんぜん、んなことないよ。だってオレが着いたのに気付いたの小津江さんだけで、みんなもうドンチャンやってたし。
田中 しようがねぇなぁ……まぁでもそのうち謝りに来るよ。
吉岡 鈴井くん?
田中 いま頃ビールがばがば飲んで、ひとり凹んで「ごめん」って。「酔ってないよ」とか言いながら。
吉岡 あぁ、ありえるありえる。
田中 ホント、しようがねぇなぁ。
吉岡 しょぅがないっすね。
田中 オレも……しようがねぇな……
吉岡 何が?
田中 ん、いや……小津江がな。
吉岡 あぁ……まぁ、でも仕方ないっすよ。あの頃はみんな小津江さんだったから。
田中 そうだな。
吉岡 でも紺野くんは意外だったなぁ……
田中 だよな。
吉岡 ホント、鳶(とんび)にアブラゲって感じで。
田中 ほんとにな。
吉岡 最初ソレ聞いたときは、ぶん殴ろうかと思ったっすけどね。
田中 はは、お前もか。
吉岡 え、なに?
田中 いや、別に……
少しの間。
田中 ……お前どうなの?
吉岡 どうって?
田中 小津江さん。
吉岡 彼女が……どうかしたっすか?
田中 いや、他に誰が居るって言ったらお前かなって思って。
吉岡 え、なんすか。ソレ?
田中 だから……紺野が死んで、他に彼女まかせられるのっていったら、お前くらいかなって、
吉岡 (大きな声で)はぁ?!
田中 え、なに?
吉岡 ちょっ、待っ……
煙草の煙にむせび、咳き込む吉岡。
田中 ……だいじょぶ?
吉岡 いや、だって……田中くんなに言ってんの?
田中 なにって……だから小津江のことをよ、
吉岡 いやぁ、さすがに不倫は出来ないっしょ。
田中 不倫って……紺野はもう死んでんだろ。
吉岡 え?
田中 ……え?
吉岡 なにそれ?
田中 なにって……
かみ合わぬ会話に戸惑うふたり。
吉岡 ……あれ、もしかして言ってない?
田中 なにを?
吉岡 オレ、ケッコンしたんよ。
田中 え。
吉岡 ホラ。
と言って、左手の指輪を見せる。
田中 え……じゃアレって本気で?
吉岡 アレって?
田中 傘。
吉岡 は? ……傘返すのに本気もなにもないっしょ。
田中 …………。
田中、大きな声で笑い始める。
事情の飲み込めない吉岡。
吉岡 ぇ……えぇ? ……なに、その笑い?
田中、笑いを堪えながら、
田中 いや……悪りぃ……そのさ、鈴井がさ……
再び笑い出す田中。
吉岡 えぇ……わけ分かんねぇ、この人……
田中、ひとしきり笑い終え、
田中 ……お前ってもしかしてアレ?
吉岡 なに?
田中 実はいいやつ?
吉岡 え、「実は」ってなに? 「実は」って?
田中 いやいや。
吉岡 ホント、ワケ分かんないなぁ……鈴井くんといい田中くんといい……
田中 いやいや。まぁ、気にすんなって。
そう言って新しい煙草を取り出し火を点ける田中。
鈴井が現われる。
吉岡 あ。
鈴井 吉岡……
吉岡 ……なんすか。
鈴井 その……アレだ……さっきはすまん。
顔を見合わせる田中と吉岡。
そして大きく笑い出す。
鈴井 え、なに?
ふたりの笑い声が響く。
鈴井 なんだよぉ。
田中 な? 言ったろ?
吉岡 もう、まんまっすね。
鈴井 なんだよ、気持ち悪い。
田中 ていうかお前、何杯飲んできた?
鈴井 え……ビール一本。でも別に酔ってないよ。
ふたたび笑い出すふたり。
鈴井 ……なんだよぉ、お前ら。
田中 いや、悪い悪い。(吉岡に)ま、でもこれでアレだな。
吉岡 アレっすね。
鈴井 なんだよ、アレって?
吉岡 うし。じゃオレも飲むっすよ。
鈴井 そうだよ、ひとりにすんなよぉ……それにしてもやっぱ外、暑いなぁ……
吉岡、ふと鈴井の服を見て、
吉岡 ねぇ、鈴井くん。
鈴井 なに?
吉岡 コレ、もしかして冬物の礼服じゃない?
鈴井 え……あ、ホントだ。
みたび笑う田中と吉岡。
鈴井 笑うなよぉ。急いでたから間違ったんだよ。
吉岡 だからって……
田中 バカだ。
吉岡 ホント、バカっすね。
鈴井 うるさいな………とにかくほら。みんな飲む!
吉岡 うぃす。じゃ田中くんも。
田中 あぁ、さき行ってて。これ吸ったら行くわ。
鈴井 お前、さっきから何本吸ってるの。
田中 え?
鈴井 吸い過ぎだろ? あんまりアレだと肺ガンになるぞ。
吉岡 まぁまぁまぁ、鈴井くん。行きましょ。酒サケ。オレも飲むっすよ。
鈴井 おぅおぅ。
吉岡 じゃあ、ウチら先に。
田中 うぃす。
吉岡と鈴井が去り、ひとり残った田中。
煙をくゆらしながら、
田中 傘か……
と、ひとり呟く。
田中 ……バカだな……
煙草を消し灰皿へ。
そして咳払いをして、
田中 「小津江。コレ、紺野が忘れてった」……いや……「5年前、紺野がウチに」……違うな……「小津江さん。コレ、あいつが昔、オレんちに」……いや……「小津江さん」。
女 はい?
田中 え。
田中が振り向くと、出て行った女(小津江)がいつの間にか舞台上へ。
田中 ぇ……あ……いや……
小津江 今日は遠いところありがとうございました。
田中 え……
小津江 紺野も、皆さんに会えて喜んでいると思います。
深々と頭を下げる小津江。
田中 そんな、改まんなくても……
小津江 そうですね………「ですね」ってのもヘンか。
田中 いいよ、別にかしこまんなくて。
小津江 そうだね。
田中 ……大変だったね。
小津江 うん……
沈黙。
小津江 ……さっきはごめんね。
田中 え。
小津江 吉岡くんがね、あの人の傘、持ってきてくれたんだ。
田中 あぁ……
小津江 別にどうってことない折りたたみ傘なんだけど……あのヒトよっぽど気に入ってたみたいで、たまにデパート行くといっつも同じ傘探して。でも結局同じのは見つからなくて……それ思い出して、ちょっと……
田中 そっか……
小津江 うん……
静寂。
田中 小津江さんは……
小津江 え、
田中 いや、小津江はさ……どうするの、この先?
小津江 ん……まだ分かんないよ。
田中 そうだよな。ゴメン、ヘンなこと聞いて。
小津江 うぅん、そういう意味じゃなくて。
田中 え。
小津江 こっちの家族にね、とっても良くしてもらってるの。お義父さんにお義姉さん、義妹(いもうと)さんとヒロミくんにも。三年前、突然あのヒトとこっちに来たときからずっと……昨日、火葬場でお義父さんが、私の好きなようにしていい、って言ってくれて。籍抜いていつ帰ってもいいし、居たいときまで居ても構わないって。ホント、いいひと達。だから、もう少しこっちに居ると思う……
田中 …………。
小津江 ここに来て分ったのは、私が知ってたあの人は、あの人のほんの少しだけなんだなって……だからもうしばらくこっちに居て、あのヒトのこともっと知りたいと思って……
田中 そっか……
小津江 うん……
沈黙。
田中 バカ野郎だな……
小津江 え。
田中 紺野はホント、大バカ野郎だよ……もしここに居たら、オレ絶対殴ってる……
小津江 うん。殴ってやって。
田中 ぇ、
小津江 私の分も。思いっきり。
田中 …………。
笑みを浮かべながらも、顔を伏せる小津江。
しばしの間。
小津江 ……ねぇ。
田中 なに?
小津江 煙草、一本もらえる?
田中 ぇ、あぁ。
田中、煙草を渡し火を点けてやる。
小津江 ……ふぅ……何年ぶりだろ……
田中 いつから?
小津江 ん、学生んとき以来……あ、クラっと来た。
田中 はは。
初夏の風が二人の間を通り抜け、煙をさらっていく。
緩やかに過ぎていく、静かな時間。
ヒロミが現われる。
ヒロミ 田中さん、お寿司とどきましたけど……あ、義姉さん……
小津江 ごめん、いま行くから。(田中に)ねぇ田中くん、コレ。
田中 え、
小津江、吸い止しの煙草を田中に差し出す。
不意をつかれそれを受け取る田中。
小津江 行こ。早くしないとお寿司なくなっちゃうから。
田中 あ……うん……
小津江、去る。
手渡された煙草を見詰める田中。
ヒロミ 田中さんも飲みましょうよ。みんなけっこうペース早いんで。
田中 ……ホント、バカ野郎だな……
ヒロミ え、
田中、ひとり呟くように、
田中 鈴井も吉岡も、紺野も……オレも……
ヒロミ ?
田中 ……ヒロミくんさ。
ヒロミ はい。
田中 コレ、吸う?
小津江から渡された吸い止しの煙草を差し出す田中。
ヒロミ ぇ、いや……中でも吸えるんで……
田中 そっか……だよな……
そう言って、持っていた煙草を灰皿に消し捨てる。
田中 ……よし、行こっか。寿司食うぞ。
ヒロミ はい。
二人、去る。
誰も居ない場所。
灰皿から消えかけの煙草の微かな煙が立ち昇る。
ゆっくりと灯りが落ちていく。
暗転。
![リュカ.(Lucas [lyka])](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/294689503/profile_139eec4ebe0c3b11742bcde367b96d17.png?width=60)