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生きてます、うつ好転記録

生きてます。

noteを更新しない間にベトナム旅行したりなんだりと過ごし、生きておりました。

年始に「無様でも書く」というタイトルで記事を書いていたというのに、2026下半期の今こちらは有言不実行に至ります。

現在、自分の人生にここ数年で一番大きな転機が訪れています。
それは、うつの調子が良くなっていること。
じわじわと地味にですが寛解に向かっている感覚があります。もしかしたら長い長い躁なのではないかという不安も付き纏っていますが、考えるとまた鬱々としてくるので考えるの止めています。

うつの調子が良くなった理由の一つにこの「意識的に考えるのを止めた」というのが強く影響していると思い、今回これを書くに至りました。

とは言えうつ病というのは、止めどない不安が際限なく頭の中を流れ続け、それがいつしか自身の存在の罪にまで辿り着き、首を絞め、死に至る病であるというのは身をもって体感し続けてきました。

なので「意識的に考えるのを止める」のが困難な病というのは重々承知しています。それができたら苦労しないよという気持ちも痛いほど分かります。

このnoteでは苦しい思考のループから抜け出すために、あくまでも個人的に「実践して効果があったこと5つ」を覚書のようにメモしていこうと思います。もし同じような苦しさの真っ只中にいる誰かの助けになればこれ幸いですが、人により状況や考え方、体力も気力も異なるためあくまで参考程度に読んでいただければと思います。(そして本当に伝えたいことは記事後半に集約してる気がするので読み飛ばしてもらっても構いません)


哲学・暗い話・現実を突きつける話から距離を置く

うつ病になる以前からこういったテーマの本や映画がかなり好きな人間ではありましたが、自分は考察厨のため、鬱の時にループする「人生の不安や人間への諦め、人生に対する虚無感」といった思考とこうしたテーマが強く結びついてしまう傾向がありました。
もちろん厳しい現実を受け入れながらどう生きていくかのヒントになるのが哲学だったり深いテーマの作品の良さではあります。ただし、これは心身ともに健康な人向けのtipsのようなもので、うつが重度な場合は生活に活かす体力と気力がそもそもなく、まともに現実の残酷さや無意味さを喰らって更に気分が落ちてしまうこともありました。
そのため一時的にこうした作品からも意図的に距離を置き、暗い思考の深みにハマるのを防いでいました。
もちろん、本当にどん底の時は同じような絶望に満ちた作品でしか救われないとも感じたし、そういったものに触れながら自分の内的世界を掘り下げていく過程もうつの調子を良くするために必要なことであったとも思います。こうした過程を経た上での思考の気分転換を行うといったほうが正しいのかもしれません。

「生活」「日常」がテーマの作品に触れる

最近読んで面白かった吉本ばななのエッセイ

上記のような作品たちの代わりに、もう1つ好きなジャンルである「随筆やエッセイなどで日常を淡々と綴る作品を中心に触れることを心がけていました。
こうした作品の中心に描かれているものは「生活」です。文字通り生きていく活動、平々凡々とした日常たちです。(たまにハプニングあり)
哲学的テーマの作品が個人の頭の中や心の中に入り込み、思想に触れることで自分もより深い内面世界へと潜り込んでいく感覚だとするなら随筆やエッセイは自分と異なる他者の視点から「生活」というものを俯瞰的に見つめ直す体験に近いのかな、と思います。
うつ病になると睡眠、食事、掃除といった生活の全てが崩れていきます。一番短かにあるはずのものが一番遠くにある感覚と言えばいいでしょうか。
少しでも心に余裕ができたら、その隙に軽いエッセイなどに触れることで生活そのものが何たるかを思い出すきっかけ作りにするのもおすすめです。

本や映画から距離を置き、ドパガキになる

色使いからしてドパガキゲーのネジマッチ

自分の思考が重くなり過ぎているなと感じる時は、本や映画そのものからも距離をとり「ドパガキ(ドパオバ)」になるということも意識していました。

カラフルなネジを外していくパズルゲーム「ネジマッチ」を久しぶりにダウンロードし、不安が襲ってきそうな時にひたすらそれをやり込むというドパガキムーヴによって強制的に思考停止状態に自分を持っていってました。
このやり方には賛否もあるかと思いますが、自分には思考の習慣を断つという意味でかなり役に立っています。人生の時間は確実に無駄になっているが、無駄で救われる心があるなら無問題という心持ちです。
このゲーム、気分転換にちょうど良い難易度で無課金で楽しめるのもポイントです。うつでお金の不安が常に付き纏っている中で、課金制のゲームで不安を紛らわすのもより不安が増幅してしまう可能性もあるため、思考停止させるためのアプリゲームは「無課金で楽しめるもの」を推奨します。

※余談。そんなことをしているため、今年はここ数年で一番映画の視聴本数が少ない年になっている気がする。昨日久しぶりに観た映画「コット、始まりの夏」は、愛のない環境や馴染めない人間関係から抜け出し、木々の木漏れ日、透明な井戸水といったきらめく夏の風景の中で心を癒し、人の愛に触れて自分を取り戻していく少女の物語でした。心が疲れている人におすすめしたい作品。

映画「コット、始まりの夏」より

次からはある程度メンタルが回復傾向にあり、調子が割と良い方向けとなります。

断捨離、ついでにメルカリで稼ぐ

視覚情報思った以上に人を疲れさせます
去年末、大分うつがひどかった時に目に入るあらゆる色がしんどくてグレーなどの落ち着く色に変えたくなりました。普段よく使っている洗剤のボトルやキッチン手袋などもグレーにしてみました。
その時は病んだ末に疲弊しきった脳みそが「そろそろ休みたい!」と悲鳴をあげて衝動的に行動に出たと思うのですが、現在は生活を向上させるために意識的に視覚情報を減らそうとしています。
そのためには上記のように生活用品を落ち着いた色に統一するといった細々したこともいいのですが、それよりも断捨離をして物量を減らすことで視覚情報とストレスを減らすのが手っ取り早いと感じます。
物を減らすことでストレスも減ったな」と明確に効果を感じたのは自分の場合、衣服でした。
断捨離前は捨てるに捨てられない洋服たちに圧迫され、お気に入りの洋服までシワがつく始末。「逆にこれ勿体無いことしていないか」とふと気づき、着古した服や着なくなった服を断捨離して以前よりはだいぶスペースに余裕ができてきました。
服を探すことも無くなったし、自分はどんな服が好きでよく着るのか、どんな服だと着なくなるか、といった基準も明確になり、無駄な出費も以前よりは抑えられている気がします。
またある程度人気ショップの服であれば、割と良い値段で売れることもあるのでメルカリなどのフリマサイトの活用もおすすめです。ノーブランド品でほぼ利益の出ないものや状態が悪いものは潔く捨てるかリサイクルに出したほうが断捨離は捗ります。

ただし断捨離は体力も気力も使うため、あくまでも調子が良い時や気分が乗った時に勢いでやるくらいで決して無理なさらず。無理は本末転倒です。

言語の通じない国へ長旅に出る

暑さで天を仰ぐベトナムのおじさん

これはだいぶ荒療治的行動であり、お金もかかればかなり人を選ぶため書くかどうか迷いましたが、思い返しても私のメンタルが回復した一番のきっかけになっている気がするので一応記載します。
うつが酷くて寝たきりとか、逆に躁状態で何しでかすか分からないみたいな人にはおすすめできないと思います。

冒頭で書いたように今年ベトナム旅行に行ってきました。今ままでの海外旅行では多くても4日程しか宿泊していなかったのですが、今回はハネムーンも兼ねてベトナム内で2都市を回って約1週間滞在することになりました。

想像上のベトナムはゆったり時間が流れて癒される南国であり、完全にヒーリングを求めて旅立ったつもりでしたが実際のベトナムは思ったより厳しかった

前半のホーチミンは、毎日突然降るスコール、少し歩くだけでも倒れそうになる暑さと日差しと排気ガス、日本とは異なり車優先社会で止まらないバイクの間を命懸けて渡る日々。ヒーリングとは程遠く夫とほぼ毎日のように喧嘩。(後半のダナンはもう少しゆっくり過ごせましたが、帰りの飛行機までトラブルに見舞われた旅になりました。)という感じで、思ってたのとはまるで違う旅であったと思います。

あれほど脱出したかった日本でも帰国するとやはり安心感を感じてしまうものなのだなとも思ったり。(とは言え心の底からこの国の現在を好きだとは言えませんが)そして帰国後すぐ大風邪を引いて寝込み、1ヶ月程眠れないレベルの咳に悩まされるという災難までついてきました。(ベトナムについて詳しくは旅行記を書こうと思っています。)

今までの経験上こういう疲労困憊の旅行の後は鬱の波がどっと押し寄せることが多かったのですが、今回はなぜかそれがうつの好転のきっかけになっていたのです。何故なんだろうかと自分なりに考えると、「1週間」といういつもよりも長い期間海外に滞在したことが功を奏しているように思います。
「1週間くらいで」と思う方もいらっしゃると思いますが、後半は観光というよりも暮らすような感覚に近づいていました。

自分が鬱で寝たきりになっていた部屋から抜け出し、鬱屈さを抱えた国からも抜け出し、言語の通じない外国で1週間過ごすというある意味での「逃避行」が、記事冒頭に記した負の思考ループを断ち切るために必要な過程だったように思えてなりません。

自分がベトナムから帰国して、手帳に走り書きした文章を載せておきます。

旅とは、
好機を見逃さないこと
1度きりのチャンスを掴むこと
程々を知ること
諦めること
自分の器の小ささと技量を知ること
そうした経験の総集編のようなものだと思う。

私がこの旅で得た一番の学びは「人生のままならなさ」だったように思います。
うつになってから特にこの言葉と出くわす場面も多く、頭では理解しているつもりだったのですが今回の旅でそれを身体ごと体感させらた気がしました。その結果、自分がコントロールできないものを手放す勇気を少しだけ習得できたように思います。

こうして書いてみると前述した「コット、始まりの夏」や、以前執筆した映画「君たちはどう生きるか」の考察にも通じるものがあるなと思ったのでどちらも是非。

ただ、こうした経験ができたのは紛れもなく自分がここまで生きることをやめなかったから、諦めなかったからに他なりません。

苦しくて動けなくて、一生このままなんじゃないかとベッドで泣いていた日々を超えて、言葉の通じない南国で汗だくになりながら人生のままならなさを痛感した現在まで、生ききってきた自分を認めてあげようと少なくとも今現在は思えています。

今後もぼちぼち自分のペースで映画や本のレビュー記事なども挙げていく予定です。更新しない間も記事にいいねをつけて下さる方たちに励まされていました。いつもありがとうございます。いつかpodcastもやってみたいなあとも思っていますが今は特に構想もなく思っているだけに留まります。(一応目標も言葉にしておく)

次はもっと近いうちにお会いできることを願って。






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binu log 最後までお読みいただきありがとうございます。少しでも何かのヒントや寄り添える言葉がありましたら応援頂けるとすごく嬉しいです。