北陸鉄道石川線(廃線部分)・金名線・小松線廃線ハント
現在北陸鉄道は浅野川線と石川線の二路線を運営している。これまであまり北鉄に縁がなく、石川線については野町~乙丸間を一度往復したことがあるのみで、浅野川線についてはまったく乗ったことがない。浅野川線はいずれ乗り通すものとして、石川線を鶴来まで乗ってみたいと思った。ついでに、鶴来駅から道の駅瀬女までサイクリングをしようと思い輪行した。
2026年9月12日(土)
北陸鉄道石川線
いつものように細呂木駅に駐車し、ブロンプトンを担いでハピラインに乗り込む。


知人(女性)はこれを見てキン◯マのようだと言った
細呂木から北鉄に乗り換える西金沢までは一時間である。
IRいしかわ鉄道の西金沢駅を出ると目の前に北鉄の踏切があり、その左方に新西金沢駅がある。この踏切の先、鶴来方面に向かって線路がえぐいくらい曲がっており、えぐいくらい音を軋ませて列車が通過する。



新西金沢駅の駅舎は、これは北鉄全線に言えることだが、古めかしい駅でありレトロ感全開である。愛の告白も、とくに消されずに残っている。有人駅であり切符を購入することができるが、列車到着前にならないと改札は開かない。発車時刻が近づくにつれ、待合室が乗客で埋まり始める。思ったより多い。なんだかちょっと安心する。


改札が開かれ乗客がぞろぞろとホームへ入ってゆく。ほどなくして鶴来行の列車が到着する。乗客はたくさんいたと思ったのだが、列車の座席が埋まることはない。車内は冷房が効きすぎていて寒い。


マァ普通列車しかないのだが

馬替、乙丸、四十万、陽羽里、日御子…難読駅名が多い。車窓を眺めたり駅名の読み方を調べたりしているうちに終着鶴来に到着。自転車を組み立てる。




現在石川線の終点は鶴来駅となっているが以前は加賀一の宮駅まで延びていた。2009年に鶴来~加賀一の宮間の2.1kmが廃止された。鶴来を訪れたのは初めてではない(北鉄に乗ってきたのは初めて)のだが、この廃線区間を見てみたいと思ったのが今回の訪問目的のひとつだ。
鶴来駅のホーム終端から先、まだしばらく線路が延びている。しばらく行くと車止めがあり、その先はおそらく以前は踏切であったのだろうと思われる、道路との交差地点となっている。


カーブを描いて線路が延びる







ここまでは車両入れ替えのために現在も使用されている。交差地点の先も線路は残されており彼方へと延びているが、路盤も架線柱も蔓草が絡まっており彼我の差は明らかだ。道路の此方は車両が乗り入れる現役の線路、道路の彼方の線路は撤去されずに残っているに過ぎない。


こちら側に列車が入ることはもうない
この踏切(であったところ)のたもとには「こいしや」といううどん屋がある。ここはいつ見ても行列であっていまだ入ったことがないのだが、調べてみるとラーメンがとてもおいしいらしく訪れる客の八割はラーメンを注文するのだそうだ。いつか食べてみたいものだ。







レールと枕木が残存している
かつて鶴来駅の先には加賀一の宮方面への線路と、もうひとつ能美根上まで向かう北陸鉄道能美線の線路が延びていた。橋梁をふたつ見つけたのだが、赤く錆びた方は能美線で、緑の方は加賀一の宮へと向かう石川線のものだったのだろう。緑の方はまだ枕木と線路が乗っかったままだ。

やたら水量豊かな水路を跨いでいる
その先、石川線は左に大きくカーブを切り、南へと転じる。公立つるぎ病院の脇にかつて中鶴来駅があり、ネットにはホームが残存しているという内容を示したサイトもあったが、現在は公立つるぎ病院の職員駐車場の一部となっている。ホームの痕跡かと思われるところもあったが、段差を取り除く工事の途中のようだ。廃線好きとしてはいささか残念だが、駐車場に段差などあってはそれは不便だろう。致し方ない。



緑の草の生えた部分が路盤だったのだろう

わずかに傾斜しているこの段差が中鶴来駅のホームだったところか


そうだったとしても工事中であり、いずれ消える運命だ
路盤であったであろうところは、すでに線路が撤去され白い砂利が敷き詰められている。やがて舗装されて路面と見分けがつかなくなってしまうのだろう。
中鶴来駅の擬定地からさらに進むと、踏切であったであろうところがあって、その先には線路が残されていた。さらに進むと、草の中へと消えていった。

線路が撤去され砂利が敷き詰められている

中央に見えるのは公立つるぎ病院

中央に見えるのは公立つるぎ病院

線路が残されている








右は菜園のようになっており、さらにその右は手取川が流れている
路盤を追えるところまで追う。この先は籔漕ぎが必要というところまで来る。今日は籔漕ぎの準備をしていないのでここであきらめる。この辺の路盤は、手取川と手取川から取水した水量豊かな水路で挟まれている。

水をある程度堰き止めて取水している。
地図を見て、加賀一の宮駅を目指す。途中に波切不動がある。道中の無事を祈る。





加賀一の宮駅は当時の駅舎が保存されており休憩所となっている。かつて白山比咩神社の最寄り駅だったからか、駅舎は趣向の凝らされたものとなっている。

前方に見えるのは加賀一の宮の駅舎



この道が道の駅瀬女まで続いている
北陸鉄道金名線
加賀一の宮から白山下まではかつて北陸鉄道金名線が走っていたが1987年に廃止された。金名線の「金」は金沢「名」は名古屋を指し、金沢と名古屋を結ぶという壮大な構想のもとに建設されたようだ。無論、単独で名古屋を目指せるはずもないので、越美南線に乗り入れる計画だったようである。
金名線の廃線跡はサイクリングロードに転用されている。石川県道302号手取川自転車道線、通称「手取キャニオンロード」。以前何度かロードバイクで訪れたことがあり、大変走りやすくて景色のよいサイクリングロードであることは先刻承知である。今回ブロンプトンで来て、もちろん走りやすいことには変わりないのだが、廃線好き目線で見たときに、なんにも残っていないことが分かってがっかりした。駅名票を復刻させてそこに駅があったことを示しているところもあるが、全駅ではない。逆に、それ以外には廃線要素はほぼ皆無である。

白山下駅までは走りやすい


これはもう本当に、贅沢というよりはもはやただの我儘なのだが、金名線の廃線跡はサイクリスト目線で見た場合、走りやすく整備され、周辺にみどころや飲食店が適度にあって温浴施設も複数ある、理想的なサイクリングロードである。もともと鉄道路線だったのだから線形はよくてアップダウンも少ない。ところが、廃線好きの視点だと、廃線ハント要素の少ない、ただ自転車で走るだけのつまらないところということになってしまう。廃線好きには、復刻された駅名票や「駅舎っぽくつくられた」建物にさほどの価値はないのだ。
途中、金名橋という橋を渡る。金名線が走っていた当時から残る橋かと思っていたのだが、そこに立てられている案内板を読むとそうではなかった。もともとここには手取川橋梁という橋が架かっていたが、金名線の廃止に伴って撤去されてしまった(この手取川橋梁の橋台の強度低下が、路線廃止を決定したとも言われているらしい)。この金名橋は、金沢の犀川に架かる御影大橋の架け替えにともなって出た廃棄予定の鋼材を再利用して架けられたものだそうだ。廃線マニア目線としては「(渡れなくてもいいから)残しといてくれよ…」と思ってしまう。しかし、大多数の人にとっては、橋は渡れてナンボのものだろう。








幅の広い歩道は、廃線跡であることを示すものだ



帰宅してから調べるとどうやら下吉谷駅跡のようだ
以前にアンドリュー・ワイエス展を鑑賞したときの記事に書いたが、僕は、廃線の魅力を「滅びの美」に見出している。
廃線が、自然にまかせてほどよく滅んでいるのがよいのだ。廃線跡が撤去されてまったくなくなってしまってはそこになにがあったのかも分からない。かといって「保存」されてしまえば、それはもう廃線というよりも「廃線の展示」であって、なんだか変な感じだ。保存されるくらいなら無くなってしまった方がまだマシだとも思うが、この丁度いい廃線具合というのが本当に難しくて、ただ贅沢を言っているに過ぎないと思うのである。しかも、廃線マニアとサイクリスト、どちらの数が多くて、どちらがより経済効果を生み出すか。両方とも絶対にサイクリストである。サイクリングロードは整備し続けている限りサイクリストを引き寄せることができるが、廃線跡は放置しておくと(放置していてほしいのだが)いずれ本当に滅んで無くなってしまうという大いなる矛盾を抱えている。さらには廃線マニアは、その矛盾を包含した「滅びの美」こそがよいのだなどという屈折した欲望や価値観をもっている。地域経済や観光の視点で見た場合、サイクリストを指向する方が絶対に健全なのだよなぁとサイクリスト的僕が思うのだが、いやちょっと待てそんな健全でつまらないことでいいのかと廃線マニア的僕が歯止めをかけようとする。廃線マニア的僕はああでもないこうでもないと逡巡するだけだが、一方でサイクリスト的僕がペダルを健全に漕ぎ続ける。その結果サイクリスト的僕のおかげで名勝綿ヶ滝に到着する。





綿ヶ滝は大変迫力のある滝である。廃線にもサイクリングにも直接関係はないが折角なので見ておく。以前は柵などなかったのだが、誰か落下でもしたのか柵がついていた。そして滝を見るところまでの上り下りの階段が長くて急峻である。下りるときはまだよかったのだが、上るときはもう上るのを諦めてしまいそうなくらい急である。上り切って自転車のところに戻ってきたときにはぜいぜい息を切らしている。落ち着いてから自転車に跨るものの、脚がパンパンである。軽い気持ちで綿ヶ滝を見に行ってはいけない。



白山下駅跡に辿り着く。金名線の廃線としてはここまでだが、サイクリングロードとしては道の駅瀬女へと続く。朝食にパンを食べてからここまでなにも食べておらずそして健全に腹が減っている。ここではごはんを食べるところもないので瀬女へと向かう。

サイクルステーションが併設されているが、ただのがらんどうの建物だ
ところがである。廃線跡を転用したサイクリングロードはアップダウンも少なく線形もよいのだが、廃線跡でなくなった途端、アップダウンとカーブが続出する。瀬女までそんなに長い距離ではないが綿ヶ滝で削られた脚をさらに容赦なく削りにかかる。這う這うの体で道の駅瀬女に到着する。



言い忘れていたが、僕は「ソフトクリームを見たら食べずにはいられない症候群(soft serve ice cream deficiency)」という病気である。
北陸鉄道小松線
さて。昼飯も食ったしソフトクリームも食べた。あとは帰るだけだが、同じ道を帰ってもつまらない。鳥越まで戻り、そこで国道360号に乗る。小松に向かい、輪行して帰宅する算段とした。ついでに北陸鉄道小松線の廃線跡を巡ろう。
道の里一向一揆の里を過ぎると上りに差し掛かる。鳥越から小松へ向かうときの唯一の上り区間である。

長い下りを快調に飛ばして小松市内へ入る。途中で針路を変え、小松線の終着駅であった鵜川遊泉寺駅跡に向かう。

古代桜の案内板にその名前が出てくるのみである


小松線の廃線跡はほとんどこの下に飲み込まれてしまったようだ

跡形もない



左には小松工業高校

ここまで国道360号に並走してきたが、ここで分かれる

小松線に関してはこれといった発見もなく小松駅に到着。輪行して細呂木に帰る。行きの乗車時間は一時間であったが、帰りの乗車時間は三十分だった。
本日の(自転車での)走行距離:55.54km
本日の(自転車での)走行時間:3時間15分
本日の(自転車での)獲得標高:304m
