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【連載小説】LOVERS #2 分かり合うための共同生活

画家のさくらは懇意にしているミュージシャン、音村理恩リオンとつかの間の食事を楽しんでいた。しかし、作品への価値観の違いから仲違いする。リオンは謝罪するも、許してもらえない。その様子を見ていたバンドメンバー・麗華は、二人を成長させる目的で、自宅兼音楽スタジオで同居することを提案する。




第二話:共同生活、それぞれの思い(2026.8.30更新)

<さくら>

 なぜこんなことになってしまったのか。私たちは結局、麗華ちゃん、拓海さん、智篤さんの三人が暮らす、住居兼音楽スタジオでしばらくのあいだ共同生活することになってしまった。

 過去には何度か、合宿のような形で二、三日は寝泊まりしたことがある。しかし、生活するとなると話は別だ。こうなったら、一日でも早くここでの暮らしを終えられるよう努力しなければ……。

 そこまで考えて、ふと疑問が浮かぶ。

(実は私はこうなることを、心のどこかで望んでいたのではないだろうか……。)

 リオンくんは私よりもずっと芸術肌で、時々何を考えているか分からないような行動や発言をする。でもそれが彼の音楽を作っているし、そこからインスピレーションをもらって絵を描くことも多いから、天才とはそういうものなのだと、これまではあまり深く考えないようにしてきた。

 しかし本音を言えば、彼の神秘性に触れてみたいという思いも少なからず抱いている。彼を深く知ることが出来たら今よりもっといい絵が描けるという、根拠なき確信があるからかもしれない。

 果たしてこれは恋心なのか……。自分でもよく分からない。こんな中途半端な氣持ちのまま関係を続けてもいいのかも分からない。悩んでいた矢先に飛び込んできたのが共同生活の話。偶然とは思えなかった。

 激しく抵抗すれば拒むことも出来ただろう。けれど、私は敢えてこの状況を拒まずに受け容れてみようと決めた。彼との関係を前に進めるために。



<リオン>

 あの調子じゃ、麗華姉さんには何を言っても無駄だろう。抵抗するだけエネルギーの無駄。今日のところはおとなしく、姉さんの言葉を受け容れようと決める。幸いにして、時々ここで寝泊まりする時のために置きっぱなしの寝間着がある。これ以上何か言われるのも面倒だから、さっさとそれに着替えて寝る準備を始める。

 それを見た姉さんが言う。
「悪いけど、寝る場所は二人で話し合って。ちなみに、リビングのソファは自由に使って構わないから」

「寝る場所……」

 おれは一人じゃないとうまく眠れないたちだ。きょうだい同士ならなんとか我慢できるが、そうでなくても同じ建物内に誰かが一緒にいるだけで氣になってしまう。慣れるまではしばらく寝不足を覚悟しなければならないだろう。

「リオンくんがソファを使いなよ。私はどこでも眠れる。床の上だって構わないし」
 氣を利かせたつもりか、さくらが呑気なことを言った。

「女の子を床で寝かせた、なんて言ったら、あとで兄さんたちにボコボコにされちゃうよ。そうなるくらいならいっそ、おれが床で寝たほうがマシだね」

「え、だけど……」
 意見がまとまらないのを見たからか、智篤兄さんが笑いながら言う。

「……共同生活してみろと提案したのはこっちだからな。リオンが嫌でなければ、僕らと同じ部屋で寝るのはどうだ? さくらの方はレイちゃんと一緒。それなら問題はあるまい?」

 提案を受けたおれたちは顔を見合わせた。確かに、どちらかが床で寝るよりはずっとそのほうが良さそうではある。さくらもそう感じたようだ。

「皆さんにはご迷惑を掛けてしまいますが、ご提案の通り、男女で寝室を分けていただけると助かります」

「氣にすることはない。それが最適解だ」
 智篤兄さんはそういうなり、拓海兄さんと協力して寝具の移動を始めた。


***


 寝床問題はなんとか解決した。だが、なんとも胸のあたりがモヤモヤする。こんな調子じゃ、布団に入ったところでうまく寝付けないだろう。観念したおれは、リビングのソファに腰掛けているさくらに声を掛けることにした。本当の氣持ちを聞いてみようと思ったのだ。

「なぁ、さくら。ホントにここでしばらく暮らす氣? 今からでも帰らせてもらえるように、三人に頼み込んでみるのはどう? おれたちが和解するための場所は何もここでなくたっていいと思うんだけど……」

「…………」
 さくらは黙り込み、それから辺りを見回した。
「……ここじゃ話しづらいわ。ベランダに出て、そこで話しましょう」



***


 三人に一声掛けたおれたちは、素足のまま二階のベランダに出た。満月の下。秋の虫の音がそこかしこから聞こえる。そういえば、暦は中秋の名月の頃か。

 空を見上げていると、さくらが戸惑いながら口を開く。
「……さっきの答えだけど、そりゃあ私だって自分の部屋のベッドで眠りたいと思ってる。期限を決めずに共同生活するなんて無理、とも思う。私には一人の時間が必要だし。でも……」

「でも?」

「私はリオンくんの作る曲が好きだし、音楽と真摯に向き合えるところに尊敬の念を抱いている。だから、自分と一つ、意見が合わないからと言って喧嘩別れするのは嫌だなって……。さっきカッとなって店を立ち去ってしまったこと、後悔していたの。でも、リオンくんがチャンスをくれた。だから、ちょっとだけ……。私も勇氣を出して与えられたこの機会を活かしたいと思ったの」

「なんでそんなに……おれと一緒に仕事したいの……?」
 ここが一番知りたいところだ。

 しかし、さくらは「ここで生活するのは、それを知るためでもあるわ」と答えた。

「ここで生活を共にして、やっぱり考え方が合わないと悟ったら……。その時には別々の道を歩んでいくことになると思う。それも含めての、共同生活」

「……分かり合えない可能性もあると分かってるくせに一緒に生活してみようなんて、無謀じゃないか」

「そうかもしれない……。でも、やる前から出来ないと決めつけるべきじゃないわ。それを教えてくれたのは、ほかでもない、リオンくんたちよ」

 そう言われてしまってはぐうの音も出なかった。出会った頃のさくらは全く自信がなく、いつも下を向いていた。それを見るのが辛くて、さくらのために曲を作ったこともあった。

 あれから一年半。さくらは確実に成長している。しかも、おれたちとの関わりを機に。

「……確かに、さくらの言うとおりだな。分かった。おれも腹を括ることにする。だけどそれは、おれ自身のためだ」

「ええ、もちろんよ。私だって、自分の成長のためにこうすることを選んでるもの」

「良かった。そこだけは意見が一致して」
 おれの言葉に、さくらはようやくにこりと笑った。

「……寝ましょうか。もう遅いわ」

「そうしよう……。おやすみ」

「おやすみなさい」
 挨拶を交わしたおれたちは、それぞれの寝る部屋へ向かった。


***


 兄さんたちの寝室に入ると、おれを待っていたかのように間接照明がついていた。

「話は済んだようだな。うまくまとまったか?」
 智篤兄さんが声を掛けてきた。

「うん、一応。おれもさくらも、ここで長期の共同生活は無理だと思ってる。でも、互いに分かり合いたいとも思ってるから努力しようってことになった」

 ――それ、なんだかサザンクロスを再結成した頃の智篤を思い出すなぁ……。

 拓海兄さんが手話を使ってそう言った。手の動きを読み取った智篤兄さんは頷き、昔話を始める。



「……ねじ曲がっちまった僕の心を救うため、そして病のせいで残りの命が短くなっていた拓海と過ごす時間を一秒でも長く取るため……。レイちゃんと拓海が、家族のように三人で暮らさないかと提案してきたときには激しく抵抗したものだ。でも、拓海が暮らしてた狭いアパートの一室で生活を共にするようになって、考えが変わった。

 ……僕が、世界は腐ってると思っていたのは、くもった眼鏡越しに見ていたから。誰のことも信じられなかったのは、僕が僕自身を信じていなかったから。彼らと共に過ごす中で、そして拓海を病で失いかけてようやくそのことに氣付いた。いや、教えられたというべきか。

 おかげさまで、今では自然体で生きることが出来ている。共同生活も続いている。端から見ればあり得ないと思われるような環境だが、僕はこの生活スタイルが氣にいってる。だからリオンも、ここでの生活を通して何か一つでも得るものがあればいいと僕は思ってる」

 かつて彼らが仲違いをし、恨み合っていた話は聞いたことがあった。しかし、そこからどういう経緯で今のような仲良しになったのか、ちゃんと聞いたのは初めてだった。

(そうか……。だから姉さんはおれたちに共同生活を勧めたのか……。)

「昔の智篤兄さんがどんな価値観だったのか、興味あるな。今のおれと似てたってこと?」
 尋ねると、兄さんは苦笑した。

「そうだな……。素直じゃないところや、プライドが高すぎて周りの意見を受け容れられないところなんかは似ているよ。ま、僕は嫌いじゃないけど、さくらと分かりあいたいってんなら、ちょっとは譲らないと難しいだろうな」

「…………」
 おれが黙り込むのを見たからか、今度は拓海兄さんが笑った。

 ――確かに、自分を貫くのは大事だよ。でもな、愛ある世界で生きたいと願うなら、相手の考えも尊重しないといけない。自分の考えが、もしかしたら行き過ぎているかもしれないと考えてみてみることも必要だ。

……俺だって、智篤と麗華に考え方を変えられた人間さ。もうやり残したことはない、この世とはおさらばしてもいいと思って、あの世の入り口まで行った。でも、三人で……。そう、三人で世界征服という名の世界平和を成していないじゃないかと懇願されて、もうちょっとだけ生きてみようと思い直したのさ。生還の代償に声を失うことにはなっちまったが、なんだかんだ言って俺は、この人生の延長戦を楽しんでいるよ。

 拓海兄さんの話は、美談過ぎて受け容れがたかった。

「世界平和を目指す……。それはそれで立派な精神だと思ってるよ。おれだって、それを実現させられたらいい、とも思う……。だけど……。だけど、そのこだわりのせいで貧乏暮らしになったんじゃ、そもそも生きてけない。音楽活動どころじゃなくなるじゃん……。おれは、そうなるのはごめんだね。やったことに対して成果が伴わなけりゃ、何のためにやってるのかも分からなくなっちまうし」

「ならば、そう言ったお前に問おう。なぜ今日、ここに残ることを決めた? 多少は強引な提案だったかもしれない。でも、拒むことは出来たはずだ」

「……逃げたところで、おれには行く先がないからな」

 みんなと一緒にいる方が落ち着くというのももちろんある。が、おれは結局のところ、一人でやってく自信がないのだ。何しろこれまで、バンドの中のキーボーディストという立ち位置しか経験したことがないのだから。また、おれだけが歌えないのも、実はコンプレックスだったりする。

 きょうだいで「ブラックボックス」と言う名のバンドを組んでたときは、歌のうまいセナがボーカルで、おれが電子鍵盤キーボード、兄貴がエレキを担当することで、得意を活かしつつも互いの欠点を補いあっていた。なのに、この頃は兄貴も歌うようになって、若干の焦りと戸惑いを感じている。まるで、おれだけが成長していないような氣がするからだ。

「……そういえば、兄さんたちは最初、歌に関しては麗華姉さんに頼りっきりだったけど、それぞれに伝えたい想いが湧いてきたときに初めて歌えるようになったって、前に言ってたよな? 最初から歌声には自信があったの? それとも訓練して歌えるように?」

「拓海はどうか知らないけど、僕の方は歌声には自信の欠片もなかったし、歌を口ずさむことにすら抵抗があったよ。そう……リオンとおんなじさ。前に教えてくれたこと、僕は覚えてるよ」

「……マジかよ?」

「マジだよ」
 智篤兄さんはにやりと笑った。
「多分リオンが逃げずにここに残ったのは、無意識のうちに歌えない自分を克服したいと思ってるからじゃないかな? 僕はそう感じたよ」

「…………」

 ――俺もそう思う。
 拓海兄さんも手話でそう言った。

 ――楽器の技術を向上させるだけなら、一人でも出来る。だが、そこに思いを込めて演奏したり、歌ったりするためには、「届けたい誰か」が絶対に要る。これは俺の経験上、断言できる。リオンは一人で練習するのが好きかもしれない。でも、そこに思いを乗っけたいなら、ここでの暮らしはきっと役に立つはずだ。……うまくいけば、歌えるようにだってなるかもしれない。

「おれが……歌う……」
 正直な話、そんな自分の姿を想像することが出来なかった。しかし、二人が迷いなくそう言うのを聞いて、ほんの少しだけ希望が見えた氣がした。

「さぁ、そろそろ寝よう。今日はなんだか疲れたよ……」
 智篤兄さんは一方的に話を終わりにし、間接照明を消した。窓のない真っ暗な部屋で横になる。おれは程なくして眠りに落ちた。


続きはこちら(#3)から読めます


「LOVERS」について

本作品は、2025年8月からnoteで連載していた、いろうたの長編小説です。このたび、紹介動画の作成を機に、主人公を「さくら」と「リオン」に絞って再編成しました。内容は1年前に投稿したものとほぼ同じですが、芸術家の葛藤と成長がより伝わりやすい構成になっています。


2分でわかる「LOVERS」紹介動画はこちら

動画制作:いろうた  / ピアノ演奏:京泉


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