【更新!】村野藤吾作品がまもなく大量に消えると聞いて! 〜東京建築祭2025①〜
「東京から、ひとを感じる、まちを知る」というキャッチコピーで昨年から始まった『東京建築祭』も、今年で2回目(2025/05/17-25)。東京にある新旧さまざまな建物を眺めながら味わいながら、建物そのものだけでなくそこに関わった人々の想いを感じていくというイベント。昨年の参加人数はのべ6.5万人だったそうだが、今年はほぼ倍増の11万人越え。素晴らしい。実行委員長の倉方俊輔さんを始めとする、『東京建築祭』関係者の熱い情熱が結実した結果だと思う。
建物ファンとしては、本当に感謝である!
どんなに感謝しても尽きないほど、感謝である!

各イベント会場で配られた
さて、
そんな今年の東京建築祭2025について。
仕事の合間を縫っていくつか覗いてきた。まさに、普段私が仕事をしているような街の真ん中で、ちょっとした時間でも楽しめるのがそもそも建築の魅力だったりするのだが、東京建築祭では、普段だと絶対に入れないような場所に入れたり、普段だと絶対に話を聞けないような関係者が特別にガイドをしてくれたり、とても楽しいイベントが数多くあった。
ただし、人気イベントは抽選があったりするので、参加したいすべてのイベントに参加できる訳じゃない。なので、そのうち、スケジュールや抽選の末に私が参加してきた、いくつかのイベントについて書く。
明治生命館
ここは普段でも一般見学が可能だが、何度見ても感動するのがこの建物だ。なんと言ってもこの建物は、「重要文化財」なのに大部分がいまだに「現役」である。その生々しい迫力たるや、もう最高である。

2階部分は、普段でも一般公開されているので見学できる
その象徴とも言えるのが、「2階の廻廊」から覗くことのできる「巨大な吹き抜け」である。ここからはいつも、重要文化財の中で普通に仕事をしてる人たちの姿を見ることができる。そのため、今回もそうだが、係の人が見学者に向かって必ず言う。
「2階部分の撮影は自由ですが、(働いている人たちのいる)1階にカメラを向けることだけはご遠慮ください」

この下に「お客様相談センター」があって、普通に働いている人たちがいるが、
そっちは映らないように撮影
この「豪華すぎる吹き抜け」を見るだけでも、この建物に来る価値がある。迫力あふれる天井彫刻、そして、吹き抜け空間のための明り取り、天井から吊るされた数々の照明器具、そんな吹き抜けを取り囲む2階の廻廊と手すり、そして、それらすべてを貫き通す白亜の柱たち…まあ、すべてが豪華絢爛に輝いている。何度見ても圧倒的な空間だ!

永遠にここを歩き続けたくなる
右側にある吹き抜け部の天井彫刻は「アカンサスの葉」
さらに、この2階廻廊には、とんでもなく素晴らしい部屋がいくつも並んでいて、そのほとんどすべてを見ることが出来るのだが、時間がなくなるので今日は省略する。このあたりは建築祭じゃない普段の日々でも見られる。

2階には、こういう会議室がいくつかある
どの部屋も往時のままの風情

照明器具、カーテンレールなどすべての調度品が素晴らしいのだが
とくに暖炉を埋め込んだ壁のデザインが素敵!

地下の厨房から料理を運ぶ配膳用のエレベータ
ただし、今回の東京建築祭では特別に、この建物の7階にある「講堂」がこのイベントのためだけに公開された。もちろん、普段は非公開である。

7〜8階抜き抜けになっている大講堂は、普段は非公開
この「7階講堂」がまた素晴らしかった。実はこの講堂、創建時の姿に復元されたものだが、その復元度合いが半端ない。もちろん、元の講堂がどうなってたかなんて知るよしもないのだが、真新しい構造体のすべてが現代とはまったく違う意匠で作られているということの違和感が楽しすぎる。そして、きっとこれらすべてがオリジナルを完全再現したんだろうと想像させてくれる。とくに豪華な照明器具を吊るしている天井の「中心飾り」のデザインがとにかくゴージャスで美しい!あとは、21世紀の産物と思われる「非常口のランプ」。コレも、あえて明治の世界線に合わせてデザインされていて、面白い。

照明も美しいのだが、その背景となる天井の中心飾りがまた最高!
まるで豪華な日時計のようだ

非常口ランプのデザインを決めた人、ステキ!
フォントも含め、素晴らしい
第一生命日比谷ファースト
この日の仕事場が近かったこともあって、「明治生命館」とともに訪れた。歴史的に言うと、第二次世界大戦後にGHQが置かれたことでも有名なこの建物に、その後高層ビルが追加された。このビルでは今回の建築祭のために、皇居側1Fロビーで資料類の展示をしているが、最初の本社ビルが建てられた時の映像と、一体化工事をした時の映像、どちらも貴重&面白いアーカイブとして公開されいた。

(1993年竣工/設計:清水建設 一級建築士事務所、ケビン・ローチ)
1938年竣工の日比谷第一生命館(設計:渡辺仁、松本與作)と、
1933年竣工の農林中央金庫有楽町ビル(設計:渡辺仁)を部分保存しながら
1993年に完成したDNタワー21をリノベーション。

パネルと映像で同社ビルの歴史を紹介

ら奥へと向かう2台のエスカレーターと
その上部に影を落とす天井の十字がいい!
グランドプリンスホテル新高輪
『【グランドプリンスホテル新高輪】建築史家と村野藤吾の名作ホテルを見学、和食ランチ付き』というガイドツアーのコースだ。

品川駅から登っていく柘榴坂の右手、
かつて高輪ゴルフセンターがあった場所に同ホテルの敷地が広がる。
つまり、私の大好きな村野藤吾さんの作品が多数残る「グランドプリンスホテル新高輪」を、京都工芸繊維大学の笠原一人さんのガイドで回るという夢のようなツアーだ。

京都工芸繊維大学 建築学科准教授
(近代建築史・近代建築保存再生学)
「村野は、ボーッとしてたら見逃します。気をつけてて下さい!」
そんな言葉に象徴される、村野研究の第一人者・笠原一人さんによるキレッキレの村野解説が楽しかった。
集合場所だった本館のメインバー「あさま」から、笠原さんの解説は熱かった!

メインバー「あさま」
今回のツアーの集合場所にして、最初の解説場所となった
「ほら。椅子やテーブルなど、家具の足元を見て下さい。先っぽが必ず尖ってるでしょ?これは、バレエの爪先立ちと同じ要領で、こうすることで重量を軽く見せているんです!村野がよくやるやり方です」
「同じことは、天井の端っこの処理にも見られます。少しだけ間隔を開けて照明を仕込んでいるでしょ?こうやって天井の端をくっつけないことで、天井の重量を軽く見せているんです」

メインバー「あさま」
天井の照明は、ちょっぴりゴッホが入ってるかも
「天井の照明も特徴的ですよね?この不思議な花はFRPで出来ています。FRPは当時としてはかなり斬新な素材でした。ですが村野は新しい素材でもどんどん使ってきます。」

メインバー「あさま」
かつて入口だった場所にあるゲートの飾り(エンタブラチュア?)
「店の奥にあるゲートのような飾りは、昔はあっち側がお店の入口だった頃の名残なんです。あのゲートにはヨーロッパの古典的建築の様式がしっかりと入ってる。こういうのがちゃんと作れちゃうのが村野なんです。モダンと古典の共存、これも、村野の特徴のひとつです!」
それにしても「あさま」は、村野感全開の素敵すぎるバーだった。調度のひとつひとつが気持ちのいい優しさで包まれてて、上品なカラーリングと言い、まあ、最高だ。とくに、あの美しい曲線のカウンターには是非、次回は営業時間中に訪ねてみたい。
そんなバー「あさま」から本館正面玄関を経て屋外に出ると目の前に、巨大な円筒形の建物が見えてくる。このホテルの名物ホール「飛天の間」のエントランス部だ。昔、FNS歌謡祭や芸能人カップルの披露宴がよくここから中継されていた。テレビ黄金時代の象徴とも言うべきホールのエントランスのためだけに巨大な円筒形の建物を村野は、本館正面玄関の真ん前に建ててしまった。

飛天専用 エントランス部
本館正面玄関の真ん前にどでーんとこの巨大な円筒がある!
内部は「エントランスホール うずしお」。
村野の代表作のひとつ「日生劇場」とも比類される「飛天の間」は、残念ながら今回は使用中だったため公開されなかったが、そのエントランスの円筒形の建物の周囲を笠原さんは回りながら解説する。円筒形の建物にまるで花弁のように張り付いたタイルの塊を指さして笠原さんは言う。

飛天専用 エントランス部
写真の白タイルの集合体が笠原さんの言う「花弁のように張り付いたタイルの塊」だ
「ほら、ようく見て下さい。実は、この大きな花弁のような飾り一枚一枚が、まさに花びらのようにほんのわずか膨らんでいるのがわかりますか?このわずか1cmほどの膨らみのためだけに村野は、端っこの膨らんだタイルを他のタイトルとは別に特注してるんです。ここまでやる人は村野ぐらいしかいません」

飛天専用 エントランス部の屋根が
本館1階のエントランス部の屋根と合流している箇所
「ほら、このエントランスの屋根も端っこだけ隙間を開けてるでしょ?もうわかるでしょ?こうすることで村野は天井の重量を軽く見せているんです」
ちなみに、今回は観ることが出来なかった「飛天の間」だが、過去に一度だけ、この会場で開かれたイベントのスタッフとして入ったことがある。まあ、ゴージャスという言葉を3D展開したらこんな風景になるんだろうな、というとても巨大で華麗で上質な空間だった。幅広のヴォールト天井と人生で見た最大サイズのシャンデリアが、とにかく印象的だった。

飛天専用 エントランス部の右手に、白いモノリスが見えてくる
そんな巨大な円筒形の建物から右手に折れると、木々の間から白亜の美しい壁が見えてくる。「客室棟」だ。まずは、細長く建つ側面に回って見上げてみる。

側面から見上げたところ
この建造物、ざっくり言えば角張った建築物のはずだが、その端々まで行き届いた様々な工夫によって、ほとんどすべての角(かど)が隠されている。例えば、青空の中で誇り高くそびえる白い塔の足元は、タイル張りの有機的な飾りによって覆い隠されており、塔はまるで地面から生えている白い植物か何かのように見える。側面中央にある出口の簡易ポーチの屋根の、洒落たフランス人のヒゲみたいな側面も可愛いが、その屋根から地面に伸びる傾いた2本の柱がエンタシスなことにもまた驚く。

客室にひとつずつあるベランダ
とにかくまあ、美しい!
続いて「客室棟」を正面から眺める。片側に500個、両側合わせて1000個あると説明された、特徴的な白いバルコニーがまず印象的だ。、レース模様のような美しい飾りがまず目を引くが、もうひとつ忘れてならないのが、バルコニー底面の飾りだ。この部分がそのまま下の階の屋根にもなる大切なところだ。そんなベランダを解説した直後に、笠原さんがさらに強調する。
「ほら。この建物には、とゆ(雨樋)がないでしょ?ベランダのすぐ脇を見て下さい。全部、白いカバーで隠しっちゃってるんです。村野はこの建物をどうしても真っ白にしたかったんです!」
「この客室棟全体の外壁は当時のままのタイルが貼り付いてて、だから、いまだに真っ白なままなんです。これは凄いことです!」
地味ながら最高に楽しめたのが「客室棟地階の廊下」だ。想像以上に狭いその廊下を歩きながら、笠原がその意味を熱く語る。なぜこの廊下だけ異常に狭いのか?それには理由がある。というのも、村野がこの廊下の両側にある客室前に「不思議なもの」を作ってしまったからだ。

「客室前の不思議なもの」を解説する笠原さん
「普通のホテルで、客室のドアの前は廊下ですよね?でも、村野は客室のドア前に、まるで昭和の民家のような<門扉>や<前庭>のようなものを作っちゃったんです。すべて村野のオリジナルデザインです。この不思議な形の間接照明もです。ただ、この門扉や前庭のような空間はあまり評判が良くなかったのか、その後、他の客室ではすべて取り外されて、今残っているのは、この地階の廊下部分だけなんです。だからココに来ました!」
確かにこの廊下の構造は、とても村野を感じる。しかし、機能という面では時代と少しズレてしまっていたのかもいれない。でも、私は個人的に好きだ、この無駄な贅沢!

プールサイドから客室棟を見上げる笠原さんとツアーの皆さん

プールサイドから見上げる本館の大屋根
中央に小さく笠原さん
中庭のプールのあたりから見た客室棟がとても美しかった。あと、振り返ると、村野らしく優しくも複雑な屋根デザインの本館が見える。笠原さんは言う。
「最近はPM2.5のせいで、こんな綺麗な緑青の色は出ない。どうしても黒っぽくなっちゃう」
そんな、村野とは関係ないが、ちょっと気になるトリビアもまじえながら。

1972年に村野藤吾が改修
このプールの敷地を抜けると突如風景が変わって、1911年に片山東熊が竹田宮邸として建て、1972年に村野が改装した「貴賓館」が見えてくる。いきなりネオ・バロック様式(内装はおもに、フランス・ルネサンス様式!)である。まったくの別世界だ。片山東熊設計、村野藤吾改修と言えば、国宝「迎賓館赤坂離宮」のコンビでもある。当然この「貴賓館」でも時代を超えた素晴らしいコラボぶりを見せてもらった。ただ、笠原さんも語っていたが、村野はオリジナルの良さを丁寧に残すタイプなので、この貴賓館で彼の痕跡を探すのはちょっと難しい。

階段踊り場にある海をイメージしたステンドグラスの前で
シャンデリアを見上げる笠原さん

2階「桐の間」
古い写真を見ると片山東熊時代はもうちょっと黒っぽい配色だったようにも見えた

2階「麝香の間」
改修時に村野がデザインしたと説明を受けた排気口

2階「福の間」
現在は、教会として使えるようになっている

2階「福の間」
調度のひとつひとつが凄み!
この貴賓館、さすが旧宮家のお屋敷である。建物全体としての完成度もそうだが、素材の組み合わせ方やちょっとした飾りにも凄みを感じる。
最後に、鐘楼や日本庭園の木々の間を抜けて、網笠門をくぐると、村野藤吾数奇の粋を集めた茶室「恵庵」にたどり着く。とても小さな玄関から入っていく。

日本庭園内に建つ茶室「恵庵」(設計:村野藤吾)
どこまでも薄い屋根が村野好み
「村野は東京は早稲田の建築学部の出身ですが、『建築は大阪で学んだ』と言ってました。とくに大阪の材木商・泉岡宗介から『玄関は質素に中は豪華に』などたくさんのことを学んだ、と言ってます。」

村野好みのお庭に面した「曙の間」
床の間が2つあるので、欄間の部分で部屋を2分割することができる
また、長押がないので部屋全体が軽く見える
「この天井の照明は、蛍光灯を使ってます。蛍光灯は当時、発売されたばかりの素材で明るすぎるし誰も使いたがらなかった。でも、村野は新しい素材もどんどん使っていく人です。明るすぎるならと和紙を挟んで程よい光を作ってしまった。それがこの部屋の天井照明です」

「曙の間」の中央の洞床。

「曙の間」の中央の床の間の下手にある付書院と違い棚
どちらも村野の趣味がいっぱい
「書院造りなら床の間の上手に違い棚、下手に付書院と決まっています。でも、村野は下手に付書院を作ったけど足元は地袋じゃなくてカーテンだし、そのさらに下手に違い棚があって、しかも、見たこともない形をしています。そしてそもそも、床の間を丸いフレームが囲んでいて、しかもそこには障子まであります。」

廊下にある棚
茶室としてはありえないジグザグ構造をしている
「廊下の棚もよく見て下さい。雁行と言って斜めにギザギザな棚をあえて作っています。こんなの普通はありえません」

「曙の間」の障子の桟も村野好み
「障子の桟の配置も自由自在です」

「月の間」にある枡床
「表千家の『残月亭』を写した茶室「月の間」も、写したあとに自在に崩しています。枡床(正方形の床の間)の奥に、見たこともない形でさらに床が作られています!」

「曙の間」の天井あたりの壁の角に
村野の遊び心を発見した笠原さん
まあ、こんな感じで、笠原さんの村野解説がずっと続いて、最後にはこの恵庵の大広間「曙の間」で素敵なお部屋とお庭を眺めながら、ツアーの皆さんとお食事をいただいて解散となった。最高である。
今回、笠原さんの案内で回った新高輪の村野ワールドの中でもとくにこの「恵庵」は、村野藤吾が先人たちの伝統を<写して崩す>、まさに<数奇>の限りを尽くして作っており、どこもかしこもが美しく、そして楽しい。だから、まるで隠れミッキーのように、隠れムラノが溢れていた。確かにココは、今回のツアーの最後に訪れるにふさわしい場所だった。
ただ、この解散場所となった「恵庵」で笠原さんから、ツアーの最後に衝撃的な話を聞いた。この日、急ぎ足ながらたっぷりと堪能した村野の作品群、つまり、このグランドプリンスホテル新高輪のほぼすべての建物群が、「(仮称)品川駅西口地区B-1-2地区新築計画」という再開発プロジェクトのために来年にも、「貴賓館」と「恵庵」だけを残して、そのすべて取り壊されるという。愕然とした。
そんな訳で、とても幸せな気持ちと、とても残念な気持ちとを同時に体験した一日だった。えーっと、今だに私は、この地にある村野ワールドがまもなく消えるという話を信じることが出来ない。

2025-06-05
追伸:
そんな東京建築祭2025で「グランドプリンスホテル新高輪」を訪ねてから、ちょうど1年。東京建築祭2026を目前に控えた今日、たまたま品川を訪問したついでに「グランドプリンスホテル新高輪」を覗いた。
品川駅前の歩道橋から見る風景は、旧「SHINAGAWA GOOS」敷地の工事が1年前よりもさらに進んだという印象だったが、柘榴坂を登ったところにある「グランドプリンスホテル新高輪」の方は、1年前と変わらない風景が残っていた。

旧「SHINAGAWA GOOS」越しのグランドプリンスホテル新高輪





昨年は、2026年度の営業終了が発表されていたが、果たしていつまで営業を続けるんだろう?
ちなみに、
こんな記事も見かけた。
■品川駅西口地区の再開発 〜「飛天の間」の行方(石渡ゆきこ)2026-03-12
グランドプリンスホテル新高輪、そして「飛天の間」は、周囲の中低層の住宅地の街並みに馴染むように建てられました。この景観が良いから、高輪に住んでいるいう方もいらっしゃいます。そんな皆様が中心となった、住民団体「飛天の間を愛する会」が今回、声をあげてくださいました。「愛する会」の皆様は、再開発反対などの事業者を困らせる注文でなくて、事業者と共に未来にこの地の景観を繋げていきたいそうです。
私は付近住民ではないが、「飛天の間」は解体前に一度、是非とも公開して貰いたいと思うのだが⋯
2026-05-09
追伸2:
前回の「追伸」からちょうど一週間で、嬉しいニュースが発表された!
■グランドプリンスホテル新高輪、27年4月以降も営業 再開発を精査(日本経済新聞)
西武ホールディングス(HD)は14日、グランドプリンスホテル新高輪(東京・港)の営業を2027年4月以降も継続すると明らかにした。従来は再開発のため26年度中に営業を終えるとしていた。建設費の高騰などを受け計画を精査する。
同ホテルの客室と「飛天」などの宴会場、レストランなどの営業を続ける。営業終了時期は未定。再開発計画自体は維持する。
昨年の東京建築祭2025の『【グランドプリンスホテル新高輪】建築史家と村野藤吾の名作ホテルを見学、和食ランチ付き』では、解説の笠原一人さんから、以下のような衝撃のコメントを聞いたばかりだった。
このグランドプリンスホテル新高輪のほぼすべての建物群が、「(仮称)品川駅西口地区B-1-2地区新築計画」という再開発プロジェクトのために来年にも、「貴賓館」と「恵庵」だけを残して、そのすべて取り壊される
実際、そういうプランも発表されいたが、少なくともしばらくの間は、ホテルの客室、飛天などの宴会場、レストランの営業は続くことが発表された。ひとまず、ホッとした。

そんな今日、ちょうど東京建築祭2026が開幕した!
今年も早速、ガイドツアーのひとつにお邪魔してきた。
2026-05-16
