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帝国ホテルのエレベーターには必ずあの花が一輪!〜東京建築祭2025②〜

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帝国ホテル東京

今回は「東京建築祭2025」のガイドツアーのひとつ、『【帝国ホテル東京】日本最高峰のホテル、村野藤吾の茶室「東光庵」へ』というツアーに行ってきた。

「帝国ホテル 東京」新本館(1970年竣工)
右奥に見えるのが帝国ホテルタワー(1983年竣工)

ところで、帝国ホテルと言えば、建築の世界ではこの数年、ちょうど話題の中心にいる。というのも、2021年に建築家・田根 剛さん(ATTA- Atelier Tsuyoshi Tane Architects)のデザイン案を採用して2036 年完成目標の新本館の建設に向けて、まさに今動いている真っ最中だからだ。

さてそんな「帝国ホテル東京・本館」内のスポットの数々を巡りながら、途中、ホテル内にある茶室「東光庵」も拝見することが出来て、最後にはレストラン「インペリアル・バイキング・サール」でビュッフェランチ(帝国ホテル的には「ブッフェランチ」)を食べるというコース。

ちなみに、東光庵は新高輪の「恵庵」と同様、私の大好きな村野藤吾が設計したお茶室。なんて幸せなツアー。ありがとう、東京建築祭、too!

帝国ホテル 新本館1階
「バンケットロビー」

今回のツアーの集合場所でもあった

さて、そんなコースの集合場所は本館のちょうど裏口あたりにある「バンケットロビー」。ここで建築祭スタッフの方からのご挨拶に続いて、帝国ホテルのホテルマン・山田さんと、同じくレストラン部担当の福田さんが紹介された。ツアー参加者への本日の解説は、おもにこのお二人がしてくれるという。期待が高まる。

今回のツアーの解説役
帝国ホテルのホテルマン・山田さん(左)と、
同レストラン担当の福田さん(右)

「皆さんにお話したいことを全部話してたら、予定時間の何倍もかかっちゃいます。なので残念ですが、ダイジェスト版で行きますね」とか言いながら、お二人とも、どの場所でも時間オーバーするぐらいにたっぷりと語ってくれた。

まずは、帝国ホテルの二代目本館、通称「ライト館」を建てたフランク・ロイド・ライトの面影を今に残す、格調高いクラシカルなバー「オールドインペリアルバー」から、本格的なツアーが始まった。

帝国ホテル 新本館中2階
「オールドインペリアルバー」

店内向かって右側にある格調高いカウンター。

本館中二階(なかにかい)にあるこのお店。壁には「ライト館」当時の大谷石製のレリーフや壁画なんかも残っている。また、ライト館の象徴のひとつと言ってもいい「六角形」のモチーフが椅子やテーブル、排気口の形に使われていたり、貫禄をまぶした歴史と貴賓がそのままインテリアになったようなバーである。

帝国ホテル 新本館中2階
「オールドインペリアルバー」

店内向かって左側にあるテーブルとソファ
帝国ホテル 新本館中2階
「オールドインペリアルバー」

店内最奥にある「ライト館」当時の大谷石製のレリーフと壁画
帝国ホテル 新本館中2階
「オールドインペリアルバー」

「ライト館」のモチーフだった<六角形>のチェア

最初にまず、ライト館時代のエピソードから。

ライト館の開館日は「大正12年年9月1日」。「皆さん、この日付を聞いて何か思い当たることはありませんか?」という山田さんの質問にツアー客の一人が「関東大震災?」と答えると、ホテルマンが続けた。

「正解です。この日、大震災のために周辺の建物のほとんどすべてが崩れたり、燃えたりしました。ですが、帝国ホテルのライト館だけが、ほんの少し損傷したものの空っぽの日比谷に建っていたことで、とても話題になったそうです」

そう言いながら、当時の写真を見せてくれた。確かに瓦礫だらけの日比谷あたりにライト館だけがポツンと建っている。そんな話から、ホテル披露宴の話に展開した。

そんな関東大震災のせいで、日比谷大神宮をはじめとする都内の多くの神社が焼失。そのために、予定していた披露宴を開けなくなったカップルが多数いた。そこで、帝国ホテルでは施設内に神社を設置、挙式と披露宴を組み合わせた結婚式を提案。すると、多くのカップルが同ホテルに押し寄せ、これが我が国独特の「ホテルウェディング」の発祥になったという話。

また、このお店「オールドインペリアルバー」の話も。

帝国ホテル 新本館中2階
「オールドインペリアルバー」

見学中、お店は準備中だったけど、
カウンター内で黙々と作業してたバーテンダーさん(?)の仕草が
めちゃくちゃカッコ良かった!

1990年、ホテル開業100周年の時にこの店で作った「ティンカーベル」というオリジナルカクテルがあった。これをある外国人の客に出したところ、その客が「私が誰だか知ってて、このカクテルを出したのですか?」と聞き返してきた。その人物が誰あろう、世界的アニメーター、マーク・デイヴィスさん(ディズニー所属)だった。彼は、ディズニープリンセス、中でも「ティンカーベル」の生みの親として知られている人物。そんな彼がこの時、手近な紙にサラサラっと描いてくれたというティンカーベルの落書き、そして、その後に改めて送られてきたティンカーベルの素敵なイラスト。これらがちゃんとお店に残っている。まるで、ちょっとした短編小説のような逸話だ。

マーク・デイヴィスさんが描いた落書きを
かなりテキトーに再現してみた私の模写
(ここまでテキトーなら、ディズニー社の著作権部も怒るまいw)

他にもこんな話が。1922年に世界的物理学者アインシュタインがこのホテルに泊まった時の話。アインシュタインが「運がよければ、これは価値のあるものになるでしょう」との言葉を添えて、一人のベルボーイにチップ代わりに一枚のメモを渡した。このメモには95年後の2017年、とあるオークション会場で2億円の値段がついたという。

こうした話を、山田さんと福田さんが競うように語る。二人ともとても楽しそうだ。

このお店で、シラフのまま帝国ホテルのちょっといい話をいくつも聞いてから、お店の前の小さなロビーに移動して、展示されていたライト館関連の資料の数々を見た。つまり、ライト館の精巧な模型をはじめ、同館で使われていた家具や調度品など、貴重な写真や資料の数々を見ながら2人のホテルマンが解説してくれた。

帝国ホテル 新本館中2階
「オールドインペリアルバー前ロビー」

展示されていたロイド館時代のいろいろ
帝国ホテル 新本館中2階
「オールドインペリアルバー前ロビー」

展示してあった「ロイド館の石膏模型レプリカ」
ライトが帰国時に親交のあった建築家武田五一に贈った石膏模型を基に、
京都工芸繊維大学の技術で3Dプリントしたレプリカだそう
こんなところにも武田五一!

ここから左折して、みゆき通りに沿った廊下を歩きながら、ホテルマンの解説が続く。ライト館の建設当時、このホテルの外壁レンガを焼くためだけに会社(帝国ホテル煉瓦製作所)が作られたこと。ちなみに、この会社の技術顧問として雇われたのが、愛知県常滑の陶工さんだった伊奈長三郎という人で、この人がのちに陶器の会社を作る。その会社がのちに「伊奈製陶」と名前を変える。そう、現在のINAXだ。

そして、外壁の話と言えば、もうひとつ。

それは、現在の新本館(1970年開業)の外壁について。新本館の設計者は高橋貞太郎(「聖徳記念絵画館」や「学士会館」の設計で知られる)だった。街との調和を考えた高橋は、外壁の素材に何を使うべきか悩んだ末に、みゆき通りを挟んでお隣りに建つ「日生劇場」(1963年竣工)の設計者である建築家の村野藤吾に相談した。すると村野は「俺、いい石、持ってるよ」と言ってインド砂岩を推薦し、高橋はそれを採用したという。村野ファンには、たまらない話だ。

帝国ホテル 新本館中2階
「みゆき通り沿いの廊下から見える日生劇場」

村野藤吾さんが設計した日生劇場の岡山県産の花崗岩である「万成石」を貼っている
帝国ホテル 新本館中2階
「みゆき通り沿い帝国ホテルの外壁」

村野藤吾さんの推薦で外壁に
インド産砂岩(ホワイトサンドストーン)を5000枚貼ったそう

続いて、中二階の廻廊部分を歩きながら巨大な吹き抜け空間を見下ろす。この空間、このホテルを訪ねたことがある人なら誰でも一度は目にしたことがあるはずだ。正門玄関から入った途端、左手に見えてくるあの広々としたカフェ「ランデヴーラウンジ」だ。店内北側の壁には、色とりどりのガラスブロックを大量に貼り付けることで描かれた彫刻家・多田美波さんの大作「黎明」が壁一面を覆っている。水平線で分割された夜明けの空と海のような風景。ホテルマン山田さんは誇り高い表情で語った。

「我々は『光の壁』と呼んでいます」

帝国ホテル 新本館1階
「ランデヴーラウンジ」

中二階の廻廊から見下ろした風景。
天井から降り注ぐような柱も、とても印象的!

そんな『光の壁』から伸びるフロア一面には、上品な絨毯が敷き詰められている。その絨毯は、北から南に向かって<紺碧の海の色>から<黄土色の砂色>までのグラデーションになっている。この風景は、この中二階の廻廊から見下ろした時の感動のためだけにあるようにさえ見える。そんな壮観な景色。

個人的には、ここから見下ろす「ランデヴーラウンジ」の奥にある「メインロビー」の、正面玄関から入った時の「シャンデリア(ゴールデンローズ)」と「ロビー装花」越しの景観が好きだ。ここでも、天井から降り注ぐような柱がとても気持ちのいいリズムを刻んでる。

帝国ホテル 新本館1階
「メインロービー」

正面玄関から入った時のシャンデリア「ゴールデンローズ」と「ロビー装花」
左奥に「ランデヴーラウンジ」、右奥にフロントがある
(※この写真は別日の撮影です)
帝国ホテル 新本館1階
「中二階から見下ろしたメインロービー」

「ゴールデンローズ」と「ロビー装花」
(※この写真は別日の撮影です)

そんな「ロビー装花」を中二階から見下ろしつつ、メインエレベーターで本館4階まで上がると、宴会フロアに繋がる廊下が見えてくる。帝国ホテル本館の宴会フロアは2〜4階まで続き、4階には定員35〜70名ほどの小宴会場が左右に並ぶ。そんな廊下を進んでいくと、ホテルマンの山田さんが突然言った。

「気づきました?こんなところに『東光庵』があるんです」

確かに、「橘」「桂」「柏」と言った漢字一文字の名前の宴会場が並ぶ中に、いきなり「東光庵」の3文字が縦に並んでいる。藪から棒に、面白い。一同が「おおっ!」と声を出した。

帝国ホテル 新本館4階
「宴会フロア廊下」

左手に「東光庵」の文字が見える。
頭を下げてくれているのは、解説をしてくれた「東光庵担当のお姐さん」

さらに、その看板に導かれるように左折すると、そこに不思議な空間が現れる。50平米にも満たない。入るといきなり小石を敷き詰めた路地が広がり、右手に二畳ほどの小上がりがあって、その右奥には源氏襖が2枚。この小上がりには、細めに切ったチーズケーキのような直角三角形の机のようなものがついていて、「おきらくに」と書いた行灯が載っている。さらに、二畳小上がりの奥手には、素材を変えた2種類の木製ベンチがくっついている。この小上がりと2種類のベンチのあたりがたぶん「腰掛待合」的な空間だと思われる。

帝国ホテル 新本館4階「東光庵」
「路地庭」や「待合」のあたり?

このあたり、茶道の正式な「路地庭」空間や「腰掛待合」が、様々なアイデアとともに独自解釈されコンクリート建築の中に再構成されているように見える。例えば、小上がりから奥へと続く飛び石は、そのまま大開口の窓ガラスを飛び越えて屋外の4階空中庭園へと繋がっている。また、分岐した飛び石とともに途中から右手に曲がれば、奥にある2つの茶室へと繋がっている。そう、大きな窓ガラスで区切られてはいるが、窓の内側にある「内露地」空間と「外露地」空間とがしっかり繋がっている。

そう。このあたりの独自解釈には、この茶室の設計者である村野藤吾の作風が色濃い。茶道の大切なアイテムをそれぞれ丁寧に写し取りながら、自在に崩しつつ再構築しているように見える。まさに、村野ワールド全開である。

山田さんが解説する。

「(新本館の建設時に)このホテルが完全なコンクリート建築になっても、外国から来られたお客様が日本の心をちゃんと味わえるようにと、この茶室には設計者の村野藤吾さんがいろいろ腐心されたと聞いています」

なお、窓の外に見える枯山水庭園の中に建つ石灯籠は、ライト館時代のものを再利用したという。ただし、証拠はなくて、ホテル内で代々そう言い伝えられているだけです、と注釈がついた。

帝国ホテル 新本館4階
「東光庵」

石庭の中の石灯籠
ネットで見つけた別時期のお庭がまったく違ってて驚いた!

さて、そんな石灯籠を左手に見ながら、窓ガラスの手前で右に折れると、ここからは窓際の路地が続き、2つの茶室に向かうことができる。案内役はここから、「東光庵」担当のお姐さんに交代した。

お姐さんの説明によると、「東光庵」には三千家に対応した3つの茶室がある。それぞれ、裏千家のための「東光庵」、表千家のための「月歩の間」、武者小路千家のための「松濤の間」。この日は、「松濤の間」だけ準備中で見学できなかったが、残りの二つの茶室を拝見することができた。ちなみに「松濤の間」は路地の入口にあった二畳小上がりの源氏襖の奥にあったそうだ。

さて、まずは表千家の「月歩の間」から。

こちらは、表千家にある書院形式の茶室「残月亭」をベースに村野藤吾が設計したもの。「残月亭」とは、安土桃山時代、千利休の聚楽屋敷にあった茶室の写し(再現して作ったもの)として知られている。奇しくも、ちょうど前日にグランドプリンスホテル新高輪で見た恵庵の「月の間」も、同じ村野が「残月亭」をベースに設計した茶室だった。枡床(正方形の床の間)などのディテールが、いろいろ違って面白い。

あと、この部屋の照明も印象的だ。こちらの部屋は障子越しに外光がしっかりと入ってくるせいか、あるいは、そもそも「月」をイメージしているせいか、天井の照明がとても控えめで、天井の各所に様々な種類のスリットがあって、そこから光がポロッとこぼれ落ちてくるような仕掛けになっている。とくに天井四隅の角を落とした照明は、いかにも村野!

ちなみに、「月歩の間」という茶室の名前は、残月亭とアポロ11号(竣工の前年1969年に月着陸を達成)が由来になってるそう。かつて、残月亭で月を見上げたという豊臣秀吉がふらふらと歩き出して、そのまま宇宙飛行士と一緒に月面を歩いていく姿を想像してしまった。

帝国ホテル新本館4階「東光庵」
表千家「月歩の間」
右奥に枡床が見える

続いて、裏千家の「東光庵」へ。

同じ千利休が最晩年に聚楽屋敷に作ったという四畳半座敷「又隠(ゆういん)」の写し。面白いのはこの部屋、大開口の窓ガラスのすぐ横にあるのに、茶室の窓自体はそれほど大きくなくて、灯りは天井からの照明に頼っている。このあたりは大開口の窓ガラスからの光を簾越しに大量に取り入れている「月歩の間」とは対照的。

そして、こちら「東光庵」の天井照明は、竹を組んだ網代天井の奥に、<和紙越しの蛍光灯>といういかにも村野好みの光天井が用意されている。そして、入口はおなじみの「躙口(にじりぐち)」とともに、立ったまま入れる「貴人口(きにんぐち)」が用意されている。

帝国ホテル新本館4階「東光庵」
裏千家「東光庵」
網代天井越しの照明のおかげで明るい

さて、そんなお茶室を拝見したのち、ツアーはこの日最後の目的地に向かうのだが、ほんの少しまだ時間に余裕があるということで、山田さんと福田さんの2人がアドリブで「ちょっとだけ、ここも覗いてみましょうか?」と、本館4階にある「チャペル」も見せてくれた。

帝国ホテル 新本館4階
「チャペル前廊下の飾り」

これは新本館建設時に作られた飾りだが
「ロイド館」のエッセンスを今に伝えている
帝国ホテル 新本館4階
「チャペルイースト」

カップルが永遠の誓いをする祭壇部分はリフォーム

祭壇付近だけが1〜2階の吹き抜け構造になっているが、この部分は2000年頃に直上の部屋を壊して、増築したものらしい。このリフォームのおかげでステンドグラスも大きくなり、祭壇がとても豪華に見える。

同ホテルが婚礼をもっとも受け付けた年には年間1200件も受け付けたそうで、20分に1組の割合だったそう。そんなハードスケジュールで挙式を執り行うため、チャペルなど結婚式関連施設の導線にはこだわっていて、別の式の花嫁さん同士がぶつからないように、様々な工夫がしてある。

そして、ツアー最後の目的地へ。エレベーターを新本館の最上階17階で降りると、目の前の広々としたガラス越しに日比谷公園、その奥には皇居の深い緑が広がる。このフロアに席数160席の大きなレストランががある。ブフェレストラン「インペリアル・バイキング・サール」。

帝国ホテル 新本館17階
「インペリアル・バイキング・サール」

店の前にある窓ガラスを使った看板
越しに見えるのは東京ミッドタウン日比谷だ。

ここで、ホテルマンの山田さん&福田さんとは丁寧な挨拶とともにお別れ。ここからは、また新たなホテルマン(ギャルソンさん?)がツアーのテーブルに来て、いろいろ教えてくれた。この日はまさに帝国ホテル従業員たちによる帝国ホテル愛アピール駅伝の様相を呈していた。

まずは、このお店の説明から!

今から半世紀前の1957年。新館オープンとともにアピールする新しいレストランを模索していた帝国ホテルの当時の犬丸徹三社長がコペンハーゲンを訪ねた時に、魚介類や肉料理など、好きな料理を自由に食べるスカンジナビアの伝統料理 「スモーガスボード」に出会う。その「好きなものを好きなだけ食べる」というスタイルに着目した犬丸は、早速、ホテル・リッツ・パリで研修中だった村上信夫 (のちの第11代料理長)に研究を命じ、翌年(1958 年)、日本初のビュッフェレストラン「インペリアルバイキング」が誕生したという。そう、このレストランは「ビュッフェ」スタイルの正真正銘の元祖とも呼ぶべきお店だ。

帝国ホテル 新本館17階
「インペリアル・バイキング・サール」

同店名物のローストビーフ
当然のことながら、美味!
帝国ホテル 新本館17階
「インペリアル・バイキング・サール」
2種のパン
ちなみに「ブフェ」という表記は誤植ではない。
ビュッフェ形式オリジナルのお店ならではの、こだわりのようだ。
帝国ホテル 新本館17階
「インペリアル・バイキング・サール」

フルーツ盛り合わせ

ちなみに「バイキング」というネーミングは、この頃大人気だった海賊映画 『バイキング』から来ているそうで、「北欧」×「海賊」の豪快なイメージから採用されたという。確か、社員公募だったそう。

他にも、このギャルソンさんからこのレストランの魅力やトリビアなんかを教わりつつ、ツアーのみんなでビュッフェ料理をいただいた。当然だが、めちゃくちゃ美味!

そんな最高の食事会とともに終わったこのツアー、いろんな意味でお腹いっぱいになった。大満足である。

ところで、帝国ホテル本館のエレベーターには、必ず一輪挿しのバラの花があるのをご存知だろうか。

この話もこの日のエレベーターの中でホテルマンから聞いたのだが、帝国ホテルではエレベーターを「お客さまをお迎えする一番小さな客室」と考え、お客さまに客室で過ごすようなくつろぎの時間をご提供できるようと、このサービスを続けているそうだ。しかし、エレベーター内のバラを常に美しい状態に保つのは実に大変で、スタッフが1日に2回の水やりとメンテナンスを行っているそうだ。

いかにも帝国ホテルな、いい話だ。

おまけ:フランク・ロイド・ライトが設計した2代目帝国ホテル、通称「ロイド館」を再現した、こんな動画がある。この動画、大好き!

③に続く

2025-07-12


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