マングース導入はどう批判されるべきかー教訓編
1.初めに
おはようございます。こんにちは。こんばんは。IWAOです。前回は、マングースが持ち込まれ経緯と世界での動向について書き、マングースの導入は、当時のグローバルスタンダードだったことについて書きました。今回は、マングース導入をどのように批判するのか、マングース導入から何が、学べるのかについて書いていきます。
このブログを読む前に考えてほしいことがあります。下の写真は、皆既日食の写真です。これを平安時代に生きている貴族に対して、あなたはどのように説明しますか?

(*2025/8/21修正)
*今回のみ、内容の修正・加筆をしています。(*2025/8/21修正)
2.渡瀨庄三郎とは何者か?
マングースを導入した人物は、渡瀬庄三郎(1862〜1929)です。1862年東京生まれ、1884年に札幌農業大学を卒業した後、アメリカのジョンズ・ホプキンス大学へ留学、1890年にポスドクを取得、その後は、クラーク大学(1890〜1892)、シカゴ大学(1892〜1899)で教鞭をとり、日本へ帰国した後、東京帝国大学理科大学・理学部教授を務めました。

渡瀬氏は、マングースの導入以外でも生物の研究において多くの実績を残した人物になります。今後の話に繋がる所もあるため、実績について紹介させていただきます。

②動物の移入
渡瀨氏が日本へ持ち込んだ生物は、マングースが最も有名ですが、他にも「ウシガエル」や「アメリカザリガニ」もその代表として挙げられます。ただし、ウシガエルとアメザリ、マングースでは移入した目的が全く違います。マングースは、天敵利用による「防除」を目的としたのに対し、ウシガエルとアメザリは、「養殖」、つまり、「産業上での利用」を目的とした点です。
渡瀨氏は、1910年あたりを境にして生物の研究を加速させることを説いており、その大きな理由は、「国力の増強」です。日清・日露戦争により、日本は植民地を持つようになり、日本は異なる土地へ足を踏み入れることは必然です。渡瀨氏に限らず、日本と中国、朝鮮半島の生物では日本のものと比べれば、土地柄も含めて違いがあることは気づいていました。それ故、日本の動植物をただただ持ち込んだだけでは、病気や気候でダメになってしまいます。列強各国は、この研究が十分に行われていたことを指摘しており、植民地経営と生物学、つまり、帝国主義と生物学は提携する必要があることを説いています。



渡瀨氏は、植民地経営での生物学の活用に加えて注目した点があり、それは、「動植物の輸入と活用」です。海外の動物を日本へ持ち込み、日本国内で繁殖させることを説いています。その一例がウシガエルで、そのエサとしてアメリカザリガニも同時期に輸入されています。農家の副業として食用利用を目的としていました。


ただ、渡瀨氏が興味を持ち導入しようとしたのは、ウシガエルだけではありません。1915年には北米へ出かけ、毛皮を得るために養狐産業を視察、ジャコウウシを移入して樺太などで養殖することを提案しています。その上、マングースが増えた場合、毛皮を利用することもありうると説いていました。つまり、ウシガエルとアメリカザリガニの導入は、渡瀨氏の思い付きで行ったわけではなく、国力の増強という当時の日本に求められていたことを行っていたと見えます。(*2025/8/21修正)
③渡瀨線の発見
そもそも生物の分布は、回遊や渡りをするなどの移動能力の高さを別にして、大陸移動、島嶼化、海洋、山脈の発達などで決まることが多く、大陸間や島嶼を超えた移動はまずないです。それ故、生物の分布は、大陸や島々で断絶・分断されることが多く、別の大陸や島々で生物相が違うことが多いです。そのような分断は、日本国内でも起こっています。代表的な例だと北海道と本州で生物相が違うブラキストン線です。本州ではツキノワグマや二ホンジカがいるのに対し、北海道ではエゾジカ、ヒグマのように両者で系統関係が異なります。
また、本土と琉球諸島のシマヨシノボリでも形態的に違いがあります。うぱさんが、本土(三重県)で採取したシマヨシノボリは、体全体の線が細く、目に入る線が1本で流れが緩やかな所から急な所まで広くいるのに対し、琉球諸島(石垣島)の個体群は、体全体の線が太く、青っぽい、そして目に入る線が2本になり、流れが緩やかな所にいる傾向にあると教えてくれました。同じ種と言われても地理が異なると形態などにも大きな違いが表れるということです。
※写真の個体はオスとメスで多少雌雄の違いがあります。

全体的に青いです。


線が一本一本太いです。

線が一本一本細いです。
つまり、生物に地理的な分断があることを渡瀨氏は発見したということになり、屋久島・種子島と奄美諸島の間にあるトカラ海峡を境にした線となり、そこを渡瀨線と言います。

(*筆者作成)
④ホタルイカの発見
ホタルイカの和名を付け、ホタルイカの発光器についての論文を書いています。ホタルイカの学名は、「Watasenia scintillans」、ホタルイカ属ホタルイカとなっています。石川千代松氏の献名によるものです。種の上位に位置する属に渡瀨と書かれていることから、ホタルイカ研究の功績の大きさが分かります。
*石川千代松氏は、琵琶湖の環境という面で非常に大事なものを残しました。詳細は、こちらをご覧ください。(*2025/8/21修正)
⑤天然記念物の制定と指定
1919年に史蹟名勝天然記念物法が発布され、渡瀨氏は、その保存協会での法律案・保存要目等の議論へ加わります。発布後は、自らまたは専門家を推薦し、いくつかの種や場所が天然記念物へ指定されました。日本犬の保存運動の一環として行われ、渡瀨氏によって天然記念物に指定されたものとして秋田犬が代表的です。
渡瀨氏は、晩年、生物や自然の保護に対する発言や活動が目立つようになっています。その一つの業績として、この天然記念物の制定と指定に関わったと言えます。「自然界の復讐事業」において、生物や自然が人類へ恩恵をもたらしていること、それらが荒廃し、絶滅の危機にあることは、人類社会と国家の損失をもたらすことになると説いています。しかし、それらを保存し、回復させることは、最終的に人類社会へ恩恵を与えることになるとも説いています。




3.マングース駆除はどう見られたのか?
マングースが奄美大島で根絶された時は、大ニュースとなりました。これまで根絶が成功した事例は、面積の小さい小島ばかりで、奄美大島での根絶は、島嶼での根絶実施の中で世界最大規模の成功事例となったからです。つまり、日本が環境問題において、世界に誇るべき偉業を成し遂げたということです。(*2025/8/21修正)
ただ、マングース根絶に対するニュースに対して、決して喜ぶ人ばかりではなかったのも事実です。「人の都合で持ち込まれて殺されたマングースは可哀想」、「人間は勝手すぎる」…などとマングースは被害者だと見る意見はかなり多く、私も強く共感します。
*下の動画で、どのようにマングースを駆除したのか、しているのか、詳細が分かるので、是非、ご覧ください。
しかし、マングースの駆除において違和感を持たざるを得ない反応も多かったです。「ド素人の教授」や「この教授は頭がおかしい」や「渡瀨は戦犯」などとマングース導入をはじめとした渡瀨氏を中傷する内容が多かったのも事実です。(*2025/8/21修正)




これらの意見には、正しいものがありますが、同時に間違いも多いです。マングース導入が行われた時代を考えれば、渡瀨氏が間違った行いをしたとしても無理はないです。むしろ、マングース導入を断念、中止するという判断は極めて難しかったと言わざるを得ません。これらの間違いを正しつつマングース導入の誤解を解き、何が学べるのかをまとめます。マングースのブログで行いたかったことです。
4.マングース導入に対する世間の誤解
マングース導入に対する大きな誤解について以下の3点で説明させていた
だきます。

①生態系・自然に対する理解の違い
まず、自然とはなんでしょうか?イメージする光景としては、富士山やヒマラヤ山脈、白神山地のような山奥や森林の中、川や海の中、そして、深海の中、そして、どのように生まれたのか神秘を感じざるを得ない生物との出会いを思い浮かべる人が多いと思います。これらの自然というのは、「人の生活する空間」とは完全に切り離された異世界と思われます。では、水田、里山、草地、生け垣…のような人が手を加えた環境は、完全に人工物でしょうか。決してそういうものではなく、人が環境を創出することによってそこへ進出する生物もいます。つまり、二次的環境も自然の一つであるということです。自然とは何か?を考えた場合、時代と共にその認識も大きく変わります。

(*2025/8/21修正)

(*2025/8/21修正)
労働に全てを捧げることが美徳とされた価値観から仕事とプライベートの両立を大事にするように時代と共に価値観が変わる空間でしょうか。え方にも当てはまるということです。自然に対する認識が時代によって違うというのは、最近のことだけでなく、マングースが導入された明治~大正においても同じです。渡瀨氏は、自然に対して、「人為の力」や「自然を征服」という言葉を用いており、人の力で自然を支配するという考えを持っていました。



また、渡瀨氏の天然記念物の制定と指定のような保護政策も現代の自然環境の保全と共通する所は大きいですが、根底で違いも大きいです。現代の環境保全の考えの前提は、人類が過去に自然を搾取し続け自然を劣化・破壊させた反省と生存の基盤と生産資源というかけがえのない「人類全体で共通」の財産を守り、未来へつなげること、つまり、「持続性」が根幹にあります。一方の渡瀨氏の保護の目的は、自然の「恩恵を受け」、「国家の損失を防ぐ」ためであり、共通しつつも「利用のための保護」が大前提にあると見えます。史料の中では、野生生物の中には人類のためになるものがおり、彼らを積極的に利用していくことが必要なことに加え、海外の生き物を日本へ持ち込み、養殖させることが必要だとも説いています。その考えのもと、ウシガエルが持ち込まれたのではないかと考えられます。また、マングースについても増えすぎた場合、毛皮を利用すればいいとも考えていました。
渡瀬氏が生きていた時代は、日清日露〜第一次世界大戦と日本の国際的地位が上がっていく時代で、「植民地を得る」時代でもありました。つまり、日本とは気候や生物相が違う土地が手に入ることを意味します。植民地を得ることに対し、渡瀨氏は、生物のことをよく知ることで、国益いかに国益につないでいくのかを考えていたことが分かります。
当時の自然というものに対しての認識は、人が征服し、その恩恵を受けることが目的としていました。現在のように「資源」、「持続性」を前提とした考えのもとで自然を見ていたのかと言われたら、疑わしいです。恩恵を受けるということは共通しますが、その土台の部分が現代と違っており、恩恵を受けるための「保護」と「海外の生物導入と養殖」は、決して矛盾しません。それ故、ウシガエルの輸入が行われたと思いますし、マングースでコントロールできると考えたのではないかと思われます。
②???に対しての脅威を本当に理解していたのか?
ここまで読まれた方なら、察していると思います。そして、マングース導入においての最大の問題点です。「外来種」の脅威を理解していたのか?という点です。結論は、「当時の生物・自然環境への理解を無視した不適切な暴論」です。実際、導入した前後の時期で、マングース導入に批判はありました。その代表的な批判は、当時の動物学者であった中川久知氏によるものです。中川氏は、自身の論文「猥りに外國より鳥獸を輸入するは危險なり」において、本来、その場にいなかった生物を持ち込むことで、それまで作られていた生物の関係性を破壊し、結果的には持ち込まない方がよかった結果になると最初に指摘しています。この論文は、マングースを代表に世界で生態系を破壊している生物について紹介する内容です。(*2025/8/21修正)
マングースについては、ジャマイカで導入した当初は、ネズミを捕食したからよかったものの時間が経てば、ネズミの数が減った分、在来の生物、家畜、農作物へこれまで向いていた捕食圧が向くということを指摘した内容となっています。これを代表に渡瀨氏がマングースを含む外来種の危険性を理解しつつも強行した愚策だと批判されています。

しかし、外来種を持ち込んだことを批判した中川氏が外来種とそれによる生態系の破壊という問題を理解していたとは言い難いです。マングースの記述についての最後の一文で最終的に「生態系は安定するようになった」と記述しています。中川氏だけでなく、当時の生物に関する文献においても外来種を持ち込んでも個体数が安定したとの記述があります。(*2025/8/21修正)


数が安定したから、生態系は安定するのでしょうか?単純に個体数の上限にいっただけでしかない場合もありえます。例えると、バスやギルが侵入されたしてもどこかで頭打ちになり、増えなくなっただけの状態であるのと同じことです。この間に在来の魚や昆虫が食われ、それを食べる上位捕食者である鳥が餌場・繁殖場としてのとして利用しなくなり、いなくなる(*ヒナが食われる)ことが起こります。生物の数や種数が減り、または絶滅を引き起こし、生物間の関係性は単純化・弱体化したことで、生態系が貧相化します。つまり、当時の批判者に外来種の導入が、具体的な生態系の貧相化や破壊ということまで理解ができたのか、想像できたのか?ということです。

中川氏によるマングース批判には、元となる文献があり、米国農務省の出版物『Yearbook of the Department of Agriculture for 1898(米国農務省1898 年年報)』にてPalmer氏が「The danger of introducing noxious animals and birds(導入された有害な哺乳類や鳥類の脅威)」です。この文献では、マングースをはじめとした外来種の危険性とその対策について説明されています。ただ、中川氏はその文献の全てではなく、一部のみを訳したまでで、それはマングースにおいても同じでした。マングースの章においては、導入が検討された地域では強烈な反対で実現しなかったこと、Palmer氏の文献の全体の総括として「立法行為の必要性」で、法によってマングースを含む外来種を規制することの必要性についての部分の訳はなかったです。つまり、マングースの導入を批判した当事者は、異変が発生する事までしか認識できず、外来種そのものの危険性の理解、管理や規制が必要であることを理解していたとは言えないことが示されたということです。(*2025/8/21修正)
現在では一般的な「外来種」という言葉と彼らの存在が生態系に影響を与え大きな脅威であることが認知されるきっかけは、チャールズ・S・エルトンの『侵略の生態学』という著作です。これは、1958年に出版され、日本語翻訳が1971年に出されました。外来種が何者で、何が問題かが一般化される時代は、マングースの導入した時代よりもずっと遅かったということです。
マングース導入をはじめとした外来種を持ち込みの最大の問題点は、生態系の破壊と農産業、健康に対する被害です。しかし、マングース導入を行った当時の日本は、外来種を持ち込むことによる異変に気づくまでが限界であり、外来種による生態系の破壊という具体的な被害まで発生することを渡瀨氏をはじめとした日本の有識者が理解していたとは言えないと思います。まして、外来種問題が世間に幅広く出回るようになるにも時期が開きすぎています。
渡瀨氏は、Palmer氏の文献を入手し、読んでいた可能性が高いと指摘されています。ただし、当時の日本の外来種に対する理解度を考えれば、渡瀨氏が、マングース導入によって生態系の破壊が起こることまでの理解は及ばなかったのではないかと思われます。
③科学の限界ー生物的防除の限界を知っていたのか?
害虫・害獣対策と言った場合、何をイメージしますか?まず、多くの人が考えるものは「農薬」でしょう。ただ、マングース導入時で一般的な害虫対策は、「生物的防除」、天敵を導入し、害虫や害獣を抑え込むというものです。マングースを導入していた当時は、生物的防除が日本だけでなく、世界においても最も行われていました。渡瀨氏も、マングースの導入を行う講演の際に、生物的防除が世界最先端だと紹介していました。
(*生物的防除は、中国でも古くから行われています。)

生物的防除で注目される出来事が、この時代にありました。それは、1880年代に行われたベタリアテントウによるイセリアカイガラムシの防除です。アメリカで大発生したイセリアカイガラムシは、果樹園で柑橘類につき、被害を発生させました。燻製などのこれまでの対策では、一切駆除できなかったこの害虫を駆除するためにイセリアカイガラムシの調査を行い、生態や生活史を解明し思いついたのが、生物的防除で、その天敵を原産地であるオーストラリアから導入する事でした。本来は、寄生虫の導入を想定したいたもののより強力な捕食者であるベタリアテントウを発見し、テスト後放飼した結果、イセリアカイガラムシ「のみ」の捕食が行われ、柑橘類の生産が回復しました。この成功をきっかけに生物的防除がより積極的に行われていくようになりました。日本でも同じ理由で、ベタリアテントウは導入されています。ただし、ベタリアテントウの導入について指揮して功績を作ったライリー氏は、「再体験できないレベルでの大成功」と振り返っており、天敵導入だけで害虫対策を行ってはいけないとも考えていました。つまり、ベタリアテントウの成功は、例外的な大成功だったということです。
ベタリアテントウを代表にウチワサボテン(*オーストラリア)などを例に生物的防除での成功例はありますが、そのほとんどは、「どういう生態をしているのか」や「対象種を確実に狙う生物か」を時代での限界がありつつも慎重に調査した上で導入が行われています。また、成功させた当事者も生物的防除で全てが解決するわけではないと気づいていました。しかし、アメリカ(*特にハワイやカリフォルニア)では、生物的防除が主流となりつつも場当たり的な導入が行われるようになり、結果的に導入しなかった方が良かったという結果を作ることになる例も多かったです。(*成功は1~3割程度の統計があります。)
その一例にマングースがありますが、オオヒキガエル、ヤマヒタチオビ、カダヤシなどが挙げられます。また、生物的防除について、『侵略の生態学』の著者であるエルトン氏は、これまでの生物の歴史を破壊したと強く批判しています。


日本もマングース以外でも生物的防除を行っており、失敗しているものも多いです。ソウギョの場合、野尻湖で導入した結果、水草の野生絶滅を引き起こすというとんでもない結果になっており、カダヤシは、1916年に日本に初めて導入され、徳島県で特定外来生物法が制定されるまでの期間、養殖されていました。また、今考えれば頭がおかしい以外の言葉がないですが、「太平洋の島々にニホンイタチを放しネズミをコントロールする」ことが計画されていたほどです。(*2025/8/21修正)
(*ニホンイタチは、過去に詳細を書いているので、是非、ご覧ください。)

生物的防除のデメリットとは何でしょう。それは、「外来種の導入による生態系の破壊」です。生物的防除が積極的に行われていたその時代生物的防除のデメリット、つまり、外来種の定着が理解できたのでしょうか。外来種のリスクに加えて理解すべき点があります。それは、「生態系」と「生物の生態」です。生態系は、生物間または生物と環境の関係性、生物の生態は、どのような生活史をしているのか、自然分布では、何を食べ、どのような気候で生き、どう繁殖するのかを防除の対象となる生物に加え、導入する生物でも知らなければなりません。それを知った上での生物の導入は、リスク評価をした上で行わなければなりません。
では、渡瀨氏の時代、そのリスク評価ができたのかというと、かなり厳しかったと思われます。まず、哺乳類の研究も専門的に行う「哺乳類学会」は、1919年に世界で初めて誕生したのはアメリカで、1923年に日本でも誕生しました。年代的に見れば、日本は最先端にあり、マングースよりも時代は後になります。日本の哺乳類学会を最初に作ったのも渡瀨庄三郎氏です。まして、動物生態学が誕生したのが、1927年とされており、この時にエルトンが、「食物連鎖」「生態的地」「個体数ピラミッド」という生態系の基礎となる概念が生み出されました。そもそもマングースが導入された時代は、「生態学」そのものがまだ生まれたか生まれてないかの境目の時代であったため、マングース導入のリスクを評価するどころか、考慮するとは極めて難しかったと言えます。
・①~③のまとめ
ここで、冒頭で出たクイズの答え合わせです。平安貴族に対し、皆既日食が、月や太陽が被っただけの現象でしかなく何も不吉なことは起こらないと言って安心さることができるのでしょうか?答えは、「できない」であり、皆既日食という現象を理解するには、地球が丸いこと、太陽と月の公転…などとその土台として理解しなければならないことがあるからです。その理解がない平安時代の貴族に皆既日食の説明をした所で、徒労に終わるだけでしかないと考えられます。現代の知識を持って渡瀨氏にマングースの持ち込みをしてはいけないと批判して果たして、渡瀨氏は、理解できたのでしょうか?やはり厳しかったと思います。その前提となる自然への認識、外来種、そして、生物的防除でできることとその限界がまだわかっていない時期にマングースが持ち込まれたからです。(*2025/8/21修正)
マングースが持ち込まれた少し後のお1916年にカダヤシがミジンコの防除を目的に、1978年にソウギョが外来植物の防除を目的に導入されています。目的に違いがありますが、ブラックバスが食用として1925年に日本へ持ち込まれています。そして、日本の生物的防除の目的とした生物の多くが、マングースより後に持ち込まれています。まして、外来種を法的に規制しなければならないとのPalmer氏の指摘が、日本で実現するのに2005年の特定外来生物法ができるまでにおよそ100年の月日がかかりました。世界的な流れ、そして、外来生物への認識や日本の特定外来生物法の制定までの流れを見た場合、分かっていないことが多かったため、マングースの導入を現代の知識として積み重なった外来種の問題点や生物的防除の限界を理由に渡瀨氏を批判するのことは、私は不適切だと思います。つまり、現代の知識を基に渡瀨氏を批判するなら、まず、カダヤシやブラックバスの導入こそ、外来種などを理由に批判されないことがおかしいということです。(*2025/8/21修正)

(*2025/8/21修正)
5.まとめーマングース導入から何を学ぶのか?
以上、マングースがどのように持ち込まれ、何故、避けられなかったという内容になります。前編ではマングースの導入が、そして、後半ではマングースを含めた生物的防除が世界的に行われていたことを書きました。それに加え、生態系について、外来種のリスクも分かってない時代でした。そのような時代であったからこそ、マングースの導入を避けることは難しかったと思います。ただ、わからなかったから仕方ないで終わらせていい話でもないです。マングース導入から学べる点はあり、それは、主に以下の3つになると思います。

①生物を野に放さない・適切な管理を行う
マングース導入は、外来種を放して生態系を破壊しただけでした。よって、外来種を自然には放してはいけないことは、すぐに理解できると思います。しかし、外来種を自然に離さないという教訓が、今の日本では活きていません。今の日本では、外来種が放されまくっています。2005年の特定外来生物法ができ、一般人の持ち込みが禁止されているにも関わらず、20年経った今でもブラックバスが、釣り目的の娯楽のために法を犯して放流され続け、在来種を食い尽くしています。何度かガサガサに同行させてもらったけんやさんが、初めて出会ったアジメドジョウの場所でコクチバスが密放流され、アジメドジョウをはじめとした多くの在来種が餌食になりました。その駆除のために多くの人手が必要となり、労力もかかったと聞いています。はっきり言いますが、人のために(*間違っていたとはいえ)導入されたマングースよりも明らかに間違いが分かっているのに下らない娯楽のために放流されるブラックバスの放流の方が、下劣です。マングースから何を学べば、こんなことができるのか、不思議でなりません。

名前の由来は味の良さからです。

アジメドジョウを栄養に卵を作ります。
コクチバスは、何故殺されなければいけないのですか?
https://youtu.be/rFobcdDH69o?si=xQpOHp2nEhFp08FK&t=730
そして、ネコも外来種として大問題で、「世界最悪」です。奄美大島にノネコがおり、マングースの穴埋めをするようになっています。そして、「マングースより猫の方が脅威だ」とマングース駆除を行った当事者が語っています。そのネコの駆除もブラックバスと同様に日本で妨害されています。ネコを飼育しつつ外来種問題を引き起こさないためにはどうすべきか、その解決策はあります。
先程、引用させてもらった中川氏の論文においても外来種としてのネコについての記述があり、在来の生物の絶滅を引き起こした事例が紹介されています。ネコは、100年前から脅威的な外来種として認識されていたことを示します。


*Rickyさんのこちらの動画とブログで、ネコが外来種として何故、どのように問題化、詳細が説明されています。外来種問題が引き起こすことすべてが、ネコで引き起こされます。それは、何か、是非、ご覧ください。非常に分かりやすいです。特に、初めて知った人にこそ見てほしい動画です。
今、日本列島にオオカミを再導入する活動があります。その目的は、シカ・イノシシによる獣害対策です。絶滅した二ホンオオカミの代わりに大陸のオオカミを導入し、二ホンオオカミの代わりを担わせるというものです。私もアンケートを取り、どう考えるのかを確認しました。その結果、8割近くが反対と私が考えていた以上に反対が多く、驚きました。
(*アンケートに答えてくださった方々、本当にありがとうございました。)

私もオオカミ再導入には明確に「反対」です。ニホンオオカミは、更新世のオオカミと最終氷期に入ってきたものとの交雑で生まれたもので、大陸のものと同じとは言いづらく、亜種以上の違いがあると考えられるからです。イエローストーンのオオカミは、大陸の中での事例であり、大陸と島国である日本では、イエローストーンと同じ事をすればいい訳ではない上、大陸と日本で渡りをするコウノトリのような再導入とは話が全く違うと思います。
オオカミは人や家畜を「絶対に」襲わないと繰り返しますが、再導入を行ったイエローストーンでは、家畜への被害が実際に発生しています。まして、イカやイノシシは「今が異常」に増えており、その原因は猟師不足、温暖化による積雪量の減少などとオオカミの絶滅以外の原因が複合的に絡まっています。その上、シカは個体数の増減が極端に推移するため、個体数管理が非常に難しいです。まして、大型の哺乳類が特定の生物のみを捕食することはほぼないため、マングースの二の舞を繰り返すだけと思われます。

ブラックバスの密放流、ノネコの脅威、オオカミ再導入を考えれば、マングースの導入が何をもたらしたのか、それを学んだ上での行動とは言えないと思います。外来種の何が問題なのか、何をしてはいけないのか、その教訓が十分に学ばれてない、啓発されてないことの表れだと思います。
②科学技術の限界を知るー科学は決して魔法ではない
生物的防除として持ち込まれたマングースの結果は地獄です。生物的防除の中には成果を出した例もあるものの、失敗が多く目立つ結果が多いと思われます。生物的防除以外の方法による害虫・害獣の防除の方法は、農薬などの化学的防除がありますが、生物的防除が上手くいかないから化学的防除で対処すればいいとはなりません。農薬によっては、毒性や残留性、そして、拡散力が高いものもあります。まして、毒性が低いからといって大量に使えばただの毒です。このような話は、害虫・害獣防除に限った話ではないです。太陽光発電も『成長の限界』では、最高のエネルギーと評されていましたが、設置場所を間違えれば、ただの環境破壊以外の何物でもないです。奈良の大仏も造営当時は、金色で塗られていたものの水銀を混ぜて作業をしており、健康リスクがあると指摘されるほどです。太陽光発電が出てきた当時、設置場所に注意しなければならないこと、大仏造営時、水銀の危険性を理解していたのでしょうか?
生物的・化学的防除どちらも実際に使わなければデメリットやできることの範囲はは分からないことが多いです。その上、副作用が分かるまで時間がかかるものも少なくないです。科学技術はたちが悪いもので、本来の想定と比べれば、できることも限られていることも少なくないです。つまり、科学技術は決して何でもできて解決できる魔法では決してありません。何ができるのか、どういうものなのかを理解した上で扱わなければ、取り返しのつかない失敗をするということです。まして、新しい技術や一つの技術に依存しすぎること、信奉しすぎることも危険です。
③??を残さないーマングース導入で何を体験したか?
マングースを導入した時代では、自然への認識、分かることとできること、そして、常識は大きく違いました。それ故、現代と同じ土俵で批評することは難しく、結果で考えることが基準になると思います。しかし、マングース導入で現代を生きる私たちが経験したことがあります。それは、「過去の負債、または、ツケを処理した」ことです。マングースが導入されたことで、直接でも間接でもあれ、その駆除のために「私たちの税金」が使われ、マングースを駆除するために多くの人が汗水を流し、悲しみを背負いました。そもそもマングースを導入しなければ、税金と労力は払われなくて済みました。しかし、今の私たちは、将来の世代に負債を残そうとしており、その負債もマングースよりも大きなものばかりです。それが、今現在起こっている地球環境問題になると思われます。CO2濃度は上昇し続け温暖化が起こり、川や海からプラスチックゴミが流され、自然環境が破壊されつづけ、生態系や自然が劣化し続けています。これが続けば、地球を食いつぶし、住みにくい世界になってしまいます。
*下記の文献では、マングースの駆除を行った獣医師が、泣きながらマングースを殺処分したとの話が載っています。(*2025/8/21修正)

https://www.data.jma.go.jp/ghg/kanshi/ghgp/co2_trend.html#:~:text=%E6%B8%A9%E5%AE%A4%E5%8A%B9%E6%9E%9C%E3%82%AC%E3%82%B9%E4%B8%96%E7%95%8C%E8%B3%87%E6%96%99,298%20%E2%80%93%20304)%E3%82%92%E5%8F%82%E7%85%A7%E3%80%82


海展で展示されていたものです。
しかし、マングース導入時より、この現状が続けばどうなるのかは分かることは多くなりました。このままではマングースどころではない被害を生みます。マングース導入で私たちはその駆除のために苦労し、苦労し続けています。だからこそ、将来世代に苦労をさせない、生きにくい世界にしないために何ができるのか、しなければならないのかを考え、行動しなければならないことが、マングース導入から学ぶことであり、未来へ責任を持つことが必要です。未来に何ができるのか、経験したことから学ぶことがあります。現在と過去の環境問題、引き起こしている単位を比べれば、違いはありますが、地球レベルでも地域レベルでも「過去のツケを未来に負担させてはいけない」ということが、マングース導入という歴史からの教訓だと思います。
以上になります。ここまで読んで下さり、本当にありがとうございました。次回もお楽しみに。
6.謝辞
今回のブログを作成するにあたって、うぱさん、サメ社会学者Rickyさん、マーシーさん、京都花園協会水族館さんの協力を貰いました。作成までに時間がかかってしまいましたが、ご協力がなければ、作成できないものばかりでした。本当にありがとうございました。
7.参考・引用文献
・渡瀨庄三郎 「自然界の復讐事業」 『科学を基礎とした文化生活第1篇』 1~6頁 1922年
・渡瀨庄三郎 「動物と人生」 『学生(2)6』 24~33頁 1922年
・渡瀨庄三郎 「マングースに就て」 『沖縄教育(49)』3~7頁 不二出版 1910年
・丘浅治郞 『進化論講話』 1904年

