vol.2|J.CHAPELの物語 「天幕を広げよ」
J.CHAPELが始まるまでの歩みの中
みことばがどのように道を照らしてきたのかを
J.CHAPELの物語としてシリーズでお分かちしたいと思います。
ここに記しているのは、出来事の記録ではありません。
その時々に与えられ、私たちを導いてきた
みことばの意味をたどる、静かな物語です。
2. 天幕を広げよ
GET BACK TO HIM
― 失われていた民を、主がご自身のもとへ取り戻される ―
あなたの天幕の場所を広くし、
あなたのすまいの幕を張りひろげ、
惜しむことなく、あなたの綱を長くし、
あなたの杭を強固にせよ。
. . . . .
あなたは右に左にひろがり、
あなたの子孫はもろもろの国を獲、
荒れすたれた町々をも住民で満たすからだ。
― イザヤ書54章 ―
ここで命じられているのは、
満ちてから広げることではありません。
まだ空いている状態で、
まだ失われたままの場所が残っている段階で、
「広げよ」と語られています。
人の感覚からすれば、
それは不安を伴う言葉です。
なにもないのに広げてしまっても良いのか。
自分の手を見るとき
そこに不安しか出てきません。
広げることだけではなく
そこに杭を打つことは更に躊躇してしまいます。
しかし、主が語られた理由は、とてもはっきりしています。
荒れすたれた町々をも住民で満たす
― イザヤ書54章 ―
満たすのは、人ではありません。
集めるのも、人ではありません。
主ご自身が、満たされる
と、約束されています。
人の栄誉のためではありません。
この回復は、
人の努力によって作り出されるものではなく、
失われていた民を、
主がご自身のもとへと連れ戻される御業です。
だからこそ、
先に「天幕を広げよ」と語られました。
それは、
成功を見越した拡張ではなく、
主がすでに取り戻そうとしておられる現実に、
心と場を開いておくことでした。
イザヤ書54章で、主はさらにこう語られます。
恐れてはならない。
あなたは恥じることがない。
― イザヤ書54章 ―
ここで扱われているのは、
外側の荒廃だけではありません。
恐れ。
恥。
過去の記憶。
失われた関係。
それらすべてが、
「将来を決定する力を持たない」と、
主ご自身が宣言されます。
聖書が語る回復とは、
状況が整うことにとどまりません。
失われていた存在が、
もう一度、主のもとへと迎え入れられ、
関係が結び直されること。
それが、
「GET BACK TO HIM」
主のもとへ取り戻される回復です。
天幕を広げるとは、
何かを成し遂げる準備ではありません。
主が戻してこられる場所を、
信頼をもって待ち受けること。
この命令は、
失われた民を決して見捨てない
主の心そのものを映しています。
星を見上げ、
天幕を広げたその先に、主はこう約束されました。
「わたしの契約は、動かない。」
次回、
vol.3|J.CHAPELの物語「契約は動かない。」
<J.CHAPELの歩みの物語>
・vol.0:J.CHAPELの物語 「みことばに導かれて歩む道」
・vol.1:J.CHAPELの物語 「空の星を見上げなさい。」
・vol.2|J.CHAPELの物語 「天幕を広げよ」
・vol.3|J.CHAPELの物語 「契約は動かない」
・vol.4|J.CHAPELの物語 「すべては主の賛美の中にある」
・vol.5|J.CHAPELの物語 「杖を高く掲げなさい」
・vol.6|J.CHAPELの物語 「主は来られる。王となられる。」
・vol.7|J.CHAPELの物語 「吠えたける獅子の勝利の声」
・vol.8|J.CHAPELの物語 「涙の種から、喜びの束へ」
・vol.9|J.CHAPELの物語 「主が建てられるのでなければ」
・vol.10|J.CHAPELの物語 「キリストにあってひとつとなる」
