質問箱にきた「迷惑系」の人に関する質問のまとめ
質問箱にいくつかの質問が届いたので、ここで一度思考をまとめておきたい。
ただ、今回寄せられた質問のほとんどはある一人の「特定のユーザー」に関するものだったので、まずはその経緯から話す必要がある。
少し前に僕は、2ちゃんねるの「荒らし」や、X・YouTubeで言うところの「迷惑系」のような振る舞いをしている人物と、コメント欄を通じて対話をした。その時の顛末は過去の記事に書いた通りだ。(※やり取りの合計が3万字を超えているので、全部は読まなくて大丈夫)
彼とは相互フォローでも何でもないが、今でも彼は僕の記事をときどき引用しては意見を述べている。引用通知が来れば「何を言っているんだろう?」と見に行くこともあるが、いかんせん彼の執筆スピードが速すぎてすべては追えていない。僕の記事を絶賛していることもあれば、ダメ出しされていることもある。一言で言えば、そういう奇妙な関係性だ。
そんな彼の質問箱が、数日前にかなり荒れていた。
彼の態度や発言に憤った人々が、「パーソナリティ障害ではないか」「認知機能に問題があるのでは」といった言葉を投げつけていた。
私はあなたの意見には反対だが、それを主張する権利は命がけで守る
前提として、僕のスタンスはこの言葉に集約される。
仮に彼が社会で生きづらさを抱えていたり、コミュニケーションに課題を抱えていたりするのなら、向けられるべきは「排斥(無視・集団攻撃)」ではなく「援助」であるべきだ。
もっとも、僕自身は彼のコミュニケーション能力に何ら欠陥を感じていない。言葉選びの中に人を煽る意図は感じるが、それは障害ではなく、「知性に基づいた選択」だ。何を伝え、どう見られたいかという意図と性格の問題である。
しかし、周りのユーザーたちの見解は違った。彼を「言葉の通じない怪物」と定義し、討伐や無視の計画が練られ始めていた。
「こんな奴は、みんなでスルー(無視)だ」という空気が漂っていた。僕には、それが酷く格好悪く思えた。
正攻法で対話し、理詰めで倒せるはずだと今でも思っている。
映画『プレデター』でシュワルツェネッガーは、正体不明の宇宙人に対して「血が流せるなら、殺せる(If it bleeds, we can kill it)」という脳筋の論理性を見せた。『からくりサーカス』の梁剣峰(リャン・チェンフォン)師父は、「どんなに素早い攻撃も、空気に触れずには行えない……動く時に必ず空気は割れ、震えるものだ。」と説いた。

それと同じだ。言葉と論理が理解できる人間である限り、言葉によって「快・不快」を与えることは可能なのだ。
だから僕は彼の質問箱に自分の名前を添えて投稿した。
「彼も言葉が通じます。論理的かつ妥当な批判を送り続ければいつか倒せます。しかし、無視にせよ攻撃にせよ、一人のユーザーを集団で寄ってたかって追い詰める行為はいかがなものか」と。
完全に『グラップラー刃牙』の柴千春ポジションである。

前置きが長くなったが、この一連の流れがあった上で、今度は僕の質問箱に「迷惑系の倒し方」についての質問が投げ込まれることになった。
彼に対して、僕はそこまでの脅威も物語性も感じていない。だからこそ「全員でスルーするのが最適解」という安易なアイデアには乗れない、と回答した。
すると、最初の質問者とは別と思われる人物から、さらに詰問のような再質問が届いた。
長文のやり取りを要約すると、論点は以下の4点だ。
「モンスター」という表現の妥当性について
「影響度が低い」と言いながら、ジァン=サマー自身は彼から強い影響を受けているのではないかという指摘
「迷惑系」の人物が高度な理解力を持っているとする論拠の提示
「集団排斥は良くない」と言いながら、ジァン=サマー自身も通報を呼びかけていた矛盾についての指摘
これらに対し、僕は以下のように回答した。
1への回答: 「モンスター」と表現すること自体は意味としては通じるが、文脈上「全noteユーザーに被害を及ぼすラスボス」のように大げさに読めてしまう。実際の彼の影響範囲はごく局所的(ザコ敵の領域)であり、過大な物語化は妥当ではない。
2への回答: 「マクロ(プラットフォーム全体約200万人への影響は0.0001%)」と「ミクロ(個人間で関心を持ち発言すること)」は両立する。全体への影響が低いことと、個人が反応することは矛盾しない。
3への回答: 過去の対話ログ(一次資料)が明確な証拠である。
4への回答: 感情的な集団排斥(私刑)と、ルールに基づく「規約違反の報告(通報)」は別物である。僕がコメントしたのは限定的な3名の当事者のみであり、集団リンチ運動には該当しない。
僕としては、すべての問いに対して論理的かつ誠意を持って回答したつもりだ。
しかし、相手に届いたのかはわからない。最後まで「それってあなたの主観ですよね」「論点ずらしだ」「回答になっていないが如何でしょうか」という詰問が繰り返された。
結局のところ、こういう議論の正否は、第三者である読者がそれぞれジャッジすればいいと思っている。
ただ、やり取りを読み返してみて、一つだけ気になっていることがある。 この質疑応答は「質問者側にとって非常に不利益な見え方」になってしまっている。
僕としては筋の通った回答を返したつもりだが、それを「主観だ」「論点ずらしだ」「如何でしょうか」を繰り返す態度は、相当に失礼で、対話を拒否しているように映ってしまうのではないだろうか。
質問箱は匿名なのだから、質問者の現実の名誉が傷つくことはない。しかし、このような不毛で失礼なログがネット上に残り続けることは、巡り巡って質問者自身の「魂や誇り」を傷つけているのではないかと、心配している。
もし質問してくれた方がこの記事を読んでいて、この質問自体をすべて消してほしいという希望があれば、質問箱でもどこでもいいので連絡をほしい。消去に応じる。
また、これは読者全員に問いかけたいのだけれど、僕の回答にまだ不十分な点や不整合があれば、指摘をしてほしい。
三大、会ってみたい女性について
今井レイラ、鹿乃つの、あと一人は誰だろう。
白坂リサか、洞口朋子あたりだと思う。
今回の質問箱のやり取りを見ていて、ふと彼女たちのことが浮かんだ。全員に共通する「ある種の特徴」がある気がしている。
彼女たちに会って何かを議論したいわけでも、意見を変えさせたいわけでもない。 強いて言えば、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の主人公グレースと異星人ロッキーのように、言葉と一語一語の意味を丁寧に愚直にすり合わせてみたいだけなのかもしれない。
そして最後に、「迷惑系」と呼ばれる人々に対する、もう一つの、そして最高の倒し方を書いておきたい。
それは、「全員で、圧倒的に面白いものを書く」ことだ。
誰にも文句を言わせないほど面白く、褒めるしかないようなテキストを誰もが書き続ける。それが、どんな批判も嘲笑も寄せ付けない最強の防壁になる。「みんなで無視しよう」という陰湿な集団排斥よりも、遥かに明るく、健康的だ。
誰だって、元々は誰かを楽しませたくて言葉を紡ぎ始めたはずだ。
君を“退屈”から救いに来たんだ!
正直、こんな炎上しがちな質問箱に質問をするのは気が引けるのではないかとおもう。 けれど、泣きながらでも全力で答えるので、皆さんからのご質問をお待ちしています。
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